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第2章

36 走る男

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「ラインハルト王子であらせられますね。」



リリィが濡れ鼠の俺の側に来て膝をつきこうべを垂れた。



その時、短かった楽しい旅が終わりを告げようとしていることに俺は気が付いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「今は違う。」

王子の身分は剥奪されたので今は一般市民だ。ラインハルトだと知れたら周りは俺に石を投げるだろう。民衆の気分が乗ったら殺されても仕方のない存在に成り下がっている。

「恐れながら申し上げます。王子は恩赦によりご身分を回復されました。」

「恩赦?」

「……はい、アレン王子とティアラ様の御結婚です。」

「……そうか。」

意外と早かったな。二人が15才になったと同時にとりおこなわれたようだ。ティアラが幸せになるなら俺は嬉しい。しかし恩赦かぁ……身分が戻ったからといってどうすりぁあいいんだ?もう民衆に石を投げられる事はないのか?

「先程、国中に王子を探すお触れが出ました。特徴がとても似ていたのですぐに気づきました。今までの無礼をお許し下さい。」

未だリリィは俺を見ようとはしない。出来ないというのが正しい。それほど一介の貴族の娘と王族とでは差があるのか。今まで同じ目線で慈愛に満ちた瞳で見てくれていた事を思うと切ない。

「リリィ、顔をあげてくれ。俺は君に救われとても感謝している。」

「とんでもありません。私の方がこの領地を救って下さり、感謝のしようがありません!なのに、私は王子を……」

リリィの溢れ落ちそうな眼からぽたぽたと雨とは違う液体が地面に落ちた。

「死地に送り込もうとしています!」

わぁああ、とリリィがとうとう泣き出した。

アレンが俺を探しているのだ。貴族のリリィがそれに逆らう事は出来ない。心優しいリリィに辛い思いをさせて心が痛む。

「大丈夫だ。恩赦が出たんだろう?殺される訳じゃない。やっと城に戻れて俺は嬉しい。」

リリィは何も悪くないんだと伝えたくて自然と笑ってしまう。

すると突然ライナスに抱き締められた。

「お前があの悪名高い王子だと言うのか?それが本当だと言うのなら、あんな事件を起こした首謀者の息子が城に戻ってどんな目に合うか!お前を渡すわけにはいかない!」

聞き分けのない子供をあやすように背中に手を回しポンポンとたたく。

「ああ、俺がかの有名な悪役王子だ。現にお前らを騙していただろう?」

「騙すなど!お前はこの領地を救ってくれた恩人じゃないか!」

熱い、二人とも熱いなぁ。アレンの元へ連れ戻されても俺は死ぬ気はない。今や俺を殺せるのは寿命くらいだろう。エンが天へ昇ったあの日にくれた加護は俺を一気にレベル10000にした。あまりにもチートで途方もなく今までの修行は何だったのかと呆れたが、かといって返せるものでもなし今に至っている。つまり俺はアレンなんか虫けらのように殺せるくらい強い。それどころか世界征服出来るくらい最強になってしまった。面倒臭いからしないけど。

「ライナス。王子は私達を救ってくださったばかりか、私達に火の粉が及ばぬようにと城へ戻る覚悟を決めておいでのようです。……その思いを無にしては……いけませっん。」

リリィが可愛い顔を涙に濡らしながらライナスを諫めた。

「こんな事が許されていいのか?そんなの許される筈がない!」



――この地が多雨季を終えて1万年弱。砂漠化してからは5000年程たっていた。そして今、久方ぶりの雨季を迎えた大地は蘇ろうとしている。そんな喜びの最中、ライナスの悲痛な叫びが雨のなか響き渡った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「俺と一緒に逃げよう。」

俺は両肩を掴まれ、至近距離でライナスに思い詰めた顔で見つめられていた。

「逃げるって、何処に。」

俺が逃げたらこの国がどんな目に合うか分からねぇぞ?

「……それでも、お前を見捨てる事なんで出来ない。……好きだ。ずっとお前に惹かれていた。お前の気持ちに答えたいんだ。」

え、キモ。お前、ブス専?だから俺とチュウしてたのかよ。練習とか言って騙された。

俺がかなり引いている事も知らず、ライナスは潤んだ瞳で俺の顔に近付いてくる。

え、どうしよう。地の果てまで飛ばしていいかな?可哀想かな?

「――何してるの?」

俺がアワアワと悩んでいると後ろから声がした。

――アレン。

「この人、俺のだから。触ったら殺すよ?」

ぶるるんと喜びで体が震えた。

「アレン!お前、元気だったか?こんなに大きくなって、でも、ちゃんとお兄ちゃんは可愛い面影見つける事出来るから安心しろ。はぁー、アレンと会えなくて俺、超寂しかった。」

振り向き見上げる程、背の伸びたアレンを見て思わずその胸に飛び込み顔をグリグリ擦り付けた。

「ライ、俺も会いたかった。この2年凄く探した。まさかこんな砂漠の地に居るなんて、ソバカスが出来たらどうするの?」

アレンは俺の涙に濡れた顔を両手で上げさせ、苦しげに眉を寄せた。

「ああ、アレンだ。俺の可愛いアレン。俺の事嫌いだなんて嘘っぱちだよなぁ?」

わーんっ!と大泣きし出した俺の顔に何度もキスを落としながら「嘘なもんか、ちゅ、ライなんか嫌いだ。ちゅ、2年も居なくなって、ちゅ、犯りたくて、犯りたくて、他の男と犯ってるかと思うと胸が張り裂けそうに痛くなって、ちゅ、……今からしよう?」

……あっ、そうだった。こいつそういう意味で俺の事好きっぽかったんだ。引くわ~。

「え、無理。俺、男の子だもん。」

俺が冷静に返すと、アレンも冷静になったようで俺を突き飛ばしやがった。

「……久しぶりのライがあんまり可愛いから絆される所だった、この小悪魔。」

片手で額を押さえオヨヨとなってる。

「お兄様、王様がお呼びです。お迎えに上がりました。」

そして、仕切り直しとばかりにアレンは無表情で俺に手を差し出した。

おい、変り身早ぇな。

その手を見つめ、ふと視線を感じ後ろを振り返ると、今までの事を呆然と見ていたであろうライナスは気まずそうに目を反らした。

アレンのバカ野郎!2年間連れ添ってくれた仲間を失ったじゃねぇか。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


side  残された二人



そしてアレン王子を先に返した彼は次の日、ライナスと目を合わせることもなく今までのお礼をするとさっさと旅立ってしまった。

「――もう、あの方は行ってしまわれました。だから……」

忘れて……沈痛な面持ちでリリィがライナスにしがみつく。その手には力がはいり、まるで離さまいとしているようでもあった。

リリィはライナスがラインハルトに惹かれている事に気が付いていた。それでも、ライナスは自分を選んだのだと信じたかったのだ。例えライナスの視線の先にいつも彼がいたとしても……。いつか、この旅が終われば全てがうまくいくのだと思っていた。

「リリィ様、私は貴方を裏切りました。なのに何故…」

ライナスは自分にしがみつく細い身体に手を回せずにいた。

「私は許します。貴方まで失いたくないのです。」

「何故、許せるのです!」

リリィを裏切り彼を思った自分を許すと言うのか!?

「仕方のない事なのです。あの御方に惹かれる己を律する事はとても難しい。それは身をもって知りました。」

「……うん?……身をもって……?えっ?」

リリィが赤くなり俯いた。

「最後に何かお礼をと申し出た所…その……乳房を揉みたいと……いつも氷のように冷たい瞳が子供のように輝いて見えて断れませんでした。」

「……乳房?……えっ?」

「最初は恐る恐るだったのが最後は遠慮なく痛くなるほどに激しく……その間、貴方の事は1度も考えなかった。揉みしだかれながら、欲望に瞳を潤ませる彼に夢中になってしまったのです。」

今、思い出しているのかリリィの瞳が僅に赤く潤む。

「……激しく……揉み……ぐぅ……」

ライナスは唸りながらリリィを力強く抱き締めた。頭の中がぐちゃぐちゃでどうしたらいいか分からない。

あいつは何だったんだ?天使か……悪魔か……それでも――

「今、私達はこんなにも幸せです。それで良いではないですか。ね、ライナス?」

幼少の頃から大切に想っていたリリィの可愛い笑顔を見て吹っ切れたようにライナスは力強く頷いた。

城に戻ったラインハルトが今後どうなるかは本当のところ分からない。しかし、彼なら大丈夫な気がしてきた。だってラインハルトはアレン王子に溺愛され、リリィの胸を揉みまくって去って行ったのだ。そりゃライナスを避けるはずだ。

「あいつやってくれたな。くくくっ!あーっはっはっは!」

悲しい別れから一転、本来ならドロ沼に突入しかねない事態だったが、しかしライナスとリリィは初めて心を交わした気がしたのだった。二人は互いに見つめ合いそして微笑んだ。


その後、二人が治めるこの領地には雨が降り続きやがて大河が生まれた。そして水の都と呼ばれ末長く繁栄するのはまだ先の話………



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



男は一心不乱に走っていた。何かに追われているのか何度も後ろを振り返っている。

鴨がネギ背負ってたんだ。仕方ないだろ~!

でも、やった。やったぞ。俺、巨乳美少女リリィの胸を遠慮なく揉みまくったぞー!


逃げてる男の顔はとても晴れやかだった。
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