吸血鬼のいる街

北岡元

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吸血鬼のいる街

吸血鬼退治

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 白金龍一は昔から何だって出来た。テストは常に80点以上だったし、運動会でもリレーのアンカーを走った。クラスでは何かと仲のいい人間がたくさんいるし、毎年増える。誰とも仲良くなれるが、信頼のない人間には平気で嘘をつく癖あり。飯の好き嫌いが多く、カラオケは少々下手くそ。正義感というよりは直感で自分の行く道を左右する。普段はひょうきんだが時に頼もしい父と、口うるさいが真面目で料理上手な母、それからコーギー犬のマロンと暮らしている。

 小学4年生のある日、彼の掌から5機のドローンが飛び出してきた。それらは自分の思い通りに操作出来た。そう認識した時、白金龍一は死を悟った。眼前の吸血鬼に首を取られ、今にも犬歯を突き刺されそうな瞬間、それがサテライト・メビウスとの出会いであった。この世には邪悪なる吸血鬼が存在していて、白金龍一は吸血鬼から血を吸われる1秒前までいったのだから、正しい情報である。

 世間は彼を信じようとしなかった。なぜなら、龍一の目に映るドローンは、彼らには見ることも聞くことも出来なかった。次第に誰も彼を相手しなくなり、彼は小学校を卒業するまでいじめられることとなる。

「あれだ、コペルくん。あの黒ずくめだ」

 公園の一角にある桜道、その中でも一際大きな桜の木の木陰、3人は引っ付いてそこにいた。そして、龍一の指さす先には全身を黒ずくめの人が歩いている。目元以外の全身が黒い布に覆われていて、何となく宗教人っぽい感じである。

「あれが吸血鬼なのか……?」

 星子は引っ付かれているのが不服なのかずっともぞもぞしている。

「そう、あれが吸血鬼……。もう4人も殺してんのよ、あの女」
「女? 2人は顔を見たことがあるのか?」
「ああ、俺も星子も、1回戦って殺されかけてるからな」

 3人は彼女……、吸血鬼の後を追いながら話を続ける。

「待てよ。太陽エネルギーを撃てるんだから圧勝だろ」

 アイスクリームを舐めるコペルを横目に、星子は呆れ顔である。

「馬鹿ね。あっち側……、つまり吸血鬼たちも私たちと同じ超能力を使えるのよ」
「嘘だろ」
「コペルくん、あなたは夢を見たと説明したわね、吸血鬼の夢を見たと。それこそが彼女の能力よ」
「話が見えてきたな……。俺の夢に現れる吸血鬼は女だからな……」

 つまりは、幻覚を見せる能力。それが吸血鬼の能力。いや、あの吸血鬼の能力。その推理を確信に変えるべく、コペルは龍一に尋ねた。

「幻覚を見せる能力ということ……か?」
 龍一は話が早いって感じの顔で答えた。
「いや、違う」
「違うのか」

 なんか恥ずかしいな。コペルは帽子を深く被った。

「コペルくん、違うわよ」

 2人して言わなくてもいいだろう。まだ初心者だぞ、こっちは。コペルは歩みを早めた。

「違う、コペル! それは俺じゃねえ、幻覚だ!」

 言葉の意味を理解するより早く、黒ずくめはコペルの襟を掴んで、叫んだ。

「気づくのが遅いわ! ホワイト・キャスター!」

 瞬間、コペルは桜道を抜け、公園の立ち入り禁止区域、池の周りの柵の内側にいた。いや、とっくに抜けてたが幻覚が解けたのだ。そして、目の前には黒ずくめの女が首筋を口元に引き寄せる!

「遅いのはてめぇだぜ! サテライト・メビウス!」

 駆け込んできた龍一の腕から発射された5機のドローン。弾丸を吸血鬼へと発砲するが、吸血鬼は大きく身を翻すと、弾丸は跳ね返ってしまった。

「どうでもいいがよ、コペル。この戦いは命を……人生を賭けて戦えよ」



 コペルは父と母の顔を知らない。物心着く頃には祖母の住む大きな洋館に預けられた。常に日陰を歩んできたコペルは、心の底で刺激……、例えばクラスで急に人気者になるだとか、好きなあの子から告白されるだとか、そういうことを考えるのが癖だった。内気で多くは語れない彼の姿を見て、クラスメイトは関わること自体を止めるべきと思った。孤独に生きる自分に負い目はある、だが行動すればきっといじめにあう。そう思ってコペルは、自身の能力、怪力のスーパー・アドレナリンを大量に分泌する「ゴールデン・ブラッド」を封印して生きてきた。

 祖母・斑木欄月まだらぎらんげつは大昔に呪いを受け、19歳から歳を取らないので、自分は行方不明とし、洋館に誰の関わりも持たずに暮らしている。彼女は言った。この世に吸血鬼はいると。コペル、お前の使命は生きること。お前を守るべく死した両親のために、ひたすらに前を向いて生きることだと。

 邪悪。その言葉に境界線があるのなら……。果たして種族は境界線となりうるだろうか。立場を変えれば彼ら吸血鬼は、大量殺害犯にもただの捕食者にもなりうるのだろうか。何故こんなことを考えているのか分からなかった。目の前の恐怖から逃げるためだと思った。コペルは大きく1歩を踏み出すことが出来ないでいる。命を……、人生を賭けるべきことは果たして「これ」か。今、命を落とした方がずっとずっと気楽だ、と。


 コペルに戦意が無いことを見抜いた吸血鬼は、次こそ止めを刺すべく龍一へと走り出す。
 龍一は5機のドローンを1点に集める集中砲火の戦法を取り続けた。弾筋を見極められれば回避されるだろうが、どうせ1弾ずつでは弾かれるという算段である。

「前の借りもあるしよ、てめぇには容赦しねえ!」

 弾丸は空を切り続ける。吸血鬼は弾の緩急を見極めて大きく飛び上がる!

「やってみなさい。我が能力、ホワイト・キャスターはすでにお前たちを飲み込んで発現したわ!」

 気がつくと3人は鏡張りの大きな部屋の中にいた。部屋の中にも無数に鏡があり、3人はこの部屋の中に閉じ込められた。

「あんたねえ、命賭ける準備くらいぱっ! としなさいよ男でしょ」
「そう言うな星子。俺たちみたいに動機があればそうなるかも知れんが、コペルはまだ決意が出来ないでいるだけさ」

 龍一は鏡1つ1つをドローンたちに見張らせ、動けなかったコペルへと駆け寄る。

「コペル、ここから先はもう強制したりしない。今までは夢見がちなお前の足踏みに過ぎないんだからな。これからの1歩は、本当の1歩は、いつもお前自身が決めなければならない」

 コペルは鏡に映る自分を眺めた。


 いじめられっ子の自分から抜け出せないのは何故だろう。内気だからか。背が低いからか。鼻が低いからか。成績が低いからか。自分の両親に想いを馳せる。今日は昨日よりも長い気がする。今さっき部室にいた。ついさっき学校が終わった。ちょっと前に飯を食べた。少し前に家を出た。なのに1日が長いのは何故だろう。それは、コペルがいつも将来しか考えないからだ。明日のことや今のこと、踏み出す1歩目を常に考えずに過ごしてきたからだ。だから今新鮮な情報たちが、脳みそで処理できないくらいたくさん溢れている。だから今日という一日は、長いのだ。

 コペルは勇気を持つことにした。生きる目標を今、持つことに決めた。それは両親に代わって、自分を精一杯生かすことだ!

「龍一くん、戦うよ……。この鏡の幻覚も、必ず抜け出してあいつをぶちのめす」

 龍一は口角をにやりと上げて応じた。

「コペル、この幻覚には解き方がある。それを教えとくぜ。やつの本当の居場所の影を、太陽エネルギーでぶち抜くか自分で踏むことだ。そうすればこの幻覚は解ける」

 3人は戦闘態勢に入る。サテライト・メビウスを1点に集め、今こそコペルは力を解き放つ!

「させない!」

 コペルの後方の鏡から吸血鬼が飛び出してくる。コペルよりも一瞬早く認識した龍一はありったけ太陽弾をぶちかます! しかし、彼女は鏡の中へと姿を消してしまった。

「鏡の幻覚はそういうことかよ」

警戒態勢に入る龍一に星子が近寄る。

「龍一、あなたは気づくべきね、どうやらこの空間は幻影なのに太陽光が入ってきてないみたいよ。当てずっぽうじゃ弾が切れるのは時間の問題よ」
「なるほどな……、お前の能力に頼るのは嫌だしな、慎重に行くか」
「待て、龍一くん、幻覚でも具現化しているようなこの空間、そしてこの鏡面の数。これは……、超まずいぜ」
「なにが……っ!?」

 次の瞬間、30面はあろう鏡面全てからナイフが飛び出してきた。3人はガードが遅れ、体中にナイフの雨を受ける。

「出し惜しみしてる場合じゃないわよ、人間。今のでだいぶダメージ入ったわね。さて、第2射はいつになるんでしょうね?」
「お前ら、1点に固まるぞ!首筋への一撃を見逃すな!」

 龍一の声に2人は駆け寄る。円陣のように互いに背中を任せる。

「なるほど、俺たちと1回戦闘したことで、能力を戦力としてどう利用出来るか考えたみたいだな……、星子、どうしようもなくなったら能力で身体を守れ」
「ええ……、でもまだ追い詰められたと決まったわけじゃないわ」

 血まみれの鏡面に映る自分たち。なんとも言えない不安が一瞬で星子と龍一の精神に発生した。
 影を踏もうにもどこにいるか分からない。ドローン5機でぶちかました太陽弾連射で鏡1枚割れる程度では、この局面を突破するのは難しいな……。龍一は頭を働かせる。

「いいや、龍一」

 ただ1人、コペルは目に輝きを失わないでいた。窮地と感じてなどいなかった。何故なら、彼の中にもまた、能力が潜んでいるのだから。

「慎重にするわけにいかない。もっと大胆な一歩こそ、変わらない状況をつき動かせるものだろ」
「コペル……、お前の能力が、この場を乗り切るきっかけになるんだな、頼むぜ……」

 吸血鬼は第2射の準備は終わらせ、彼らの動向を見守っていた。隙を作ったその瞬間、ナイフの雨が彼らを串刺しにするだろう。後は目的を達成して帰るだけだ。
 そして、しばらくしてコペルと呼ばれていた低身長な少年が俯いた一瞬を見逃さなかった。

「行け! 発射ーーー!!」

その瞬間、目の前が血しぶきで溢れた、そして一瞬遅れて……

「身体が……痛いーーーっ!?」

 吹き飛ばされていた。自分の術も、解けている……何故!?
 コペルは龍一のことがもっと羨ましくなっていた。前から嫉妬はかなりあった……、のだが、彼は加えてドローンを出すという変わった超能力を持っていた。対して、このちっぽけなコペルの能力は、そんなに個性的とと言えるものでは無い。だからこそ、誰にも知られないように生きてきた。個性のない自分を反映したようなこの能力を、自分こそ見ないようにして、そうやって、1歩を躊躇してきた。でも、今なら。いや、今から。少しくらいかっこよく見せられる気がした。

「自分の身体能力を極限まで高める……それがコペルの能力なのか……?」

 
 からくりはこうだ。コペルは鏡に映る自分から目を背け、大きく力を振り絞る。自分には龍一のような個性は無いかもしれない。でも、超スピードも超パワーも、ナイフが到達するよりも早く拳を、一瞬だけ映った、鏡に潜む吸血鬼へ届けることだって、自分にはできるのだ。

「龍一くん、君のようになりたい……。俺のゴールデン・ブラッドで……」


 ただ殴る。それだけだ。ただ、それだけのことが出来るのは、間違いなくコペルただ1人だったのである。
 コペルは鏡からぶっ飛んでいく吸血鬼の影を踏んだ。すると鏡の破片が薄れていって、幻覚は解けていった。誰もいない池の柵の中に、景色は戻っていた。

「なんだ、何が起こったのだ……」

 吸血鬼はやはり理解出来ずにいた。龍一ですらドローンのレンズで解析して初めて理解したのだから。

「俺のゴールデン・ブラッドは……、体内にスーパー・アドレナリンを分泌し血液に乗せて体内中に拡散させる。スーパー・アドレナリンは正しくは成分じゃなくエネルギーだから、身体中は黄金に発光する……。お前をぶちのめす、俺の能力だ」

 一撃殴ると、吸血鬼は気を失ってしまった。龍一と星子はまたも顔を見合わせる。すごいやつじゃん、ってお互いの目が言っていた。
 両親は今のコペルを見てどう思うのか。頼もしい? 気持ち悪い? コペルは疑問に思う。4人殺したこいつは倒すべきか。太陽の元に、こいつを晒すべきか……。

「龍一」
「なんだ、コペル」
「吸血鬼は、悪なのか?」

 龍一は顔の血を拭って、コペルに吸血鬼のことを話した。

「こいつらは……、もとは人間を襲うやつらじゃなかったみたいだが、最近になって襲うようになったみたいだ。コペルは吸血鬼にリーダーがいることは知ってるか。そのリーダーがお前を洗脳したかったみたいだな。きっと能力者を無力化して、街を乗っ取るためさ」

 そしてこの、目の前で伸びてる吸血鬼は、リーダーに報酬として人間を襲うことを許可され、能力者を幻覚で無力化しようとしていたと、推測した。人類に安全に攻撃を仕掛けるために。

「俺たちは戦わなくてはならない。能力者として、この吸血鬼たちから人間を守るために!」
「させるかーーっ!」

 吸血鬼は突然起き上がり、コペルの首筋を掴んだ。コペルは能力を解いていたので、反応が遅れた。間髪入れず、犬歯がコペルの首筋に突き立てられる!

「両親もお前たちの被害者ってわけか」
「ここで……、ここで死ぬ訳にはいかないのよ……!!」
「コペル!」
「だめ龍一、能力が間に合わないわ!」
「終わりよ……! これで……!!」
「いや、始まりだ。ありがちな俺を変える、新しい旅立ちの……」

 一瞬。それこそがゴールデン・ブラッドである。その一瞬に追いつけないものは、斑木コペルの拳によって裁かれる!

「うらぁぁぁあ!」

 コペルの拳は吸血鬼を捉え、ノーガードの瞬間に龍一が照準を合わせる。

「ぶちかませ! サテライト・メビウス!!」

 太陽エネルギー弾の集中連射に黒い布が焼け、焦げ目から地肌を見せた。そして……。

「灰になった……。」

 その日、コペルは少しだけ自分を知った。自分の能力は、誰にも負けないパワーとスピードがあるのだと。

 龍一は、コペルのスーパー・アドレナリンの輸血に驚いた。たちまち傷が治っていく。誰にもない個性を持った面白いやつだと、龍一は感心した。

 星子は、なんだかクラスの隅っこのやつって隅に置けないわね、とヘンテコなシャレを思いついて笑っていた。本当に、変なやつばっか。



 次の日。3人は部室にいた。コペルの正式な入部を祝っていた。

「コペル、吸血鬼たちとの戦いに巻き込むことは申し訳ないと思ってるが、さすがに2人じゃやばい時もあるからな……。それに」
「ビビっと来たんだろ? 俺にも出来ることをするよ。放っておこうとは思わねえよ」
「じゃ、私もコペルって呼ぶわ。くん抜きで。いいでしょ?」
「ああ」

 きっとここで、自分は変われるんじゃないかとコペルは思った。1歩踏み出すことの意味。それを知ったから。
 この1歩からどんな道を辿ったとしても、きっと今よりも凄いやつになれるだろうと、そう思った。
 もしかしたら、龍一よりも。ね。
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