騎士団長は恋と忠義が区別できない

エピローグ

その後の彼ら

「戻ったぞ！」
　サビィルが大声をあげながら、テラスでお茶を楽しんでいたレイナード達に向かい飛んできた。久しぶりに一同と会えた喜びに破顔し、「待たせたなぁ寂しかったじゃろう？」と言いながらクルクルと上空を旋回している。
「あぁ、おかえりサビィル。お疲れ様。向こうはどうだった？」
　スッと腕を軽く持ち上げ、カイルがサビィルへと差し出す。その腕に留まると、彼は主人あるじの肩に移動し、一息ついた。

「なかなか面白かったぞ！シドの世界は不思議で溢れておったわ」

　カイルの発案により、サビィルは今さっきまでレイナードの生まれ故郷・カルサールへと出向していた。レイナードを帰還させる為に作った魔法具を転用し、彼の生まれ故郷の現状を見てきてくれと頼んでいたのだ。
　元の世界へ帰る事が出来なくても、その後どうなったのかは気にはなるだろうと思っての事だった。
『儂も久しぶりに旅行が出来て、満足じゃわい』
　サビィルに同行していたアルも遅れてテラスに到着し、ソファーで紅茶を飲んでいたレイナードの頭へと留まった。
「では、早速報告しようか」
　翼を器用に嘴に近づけ、サビィルがゴホンッと咳払いをしてみせる。
「まず最初に、私とアル様が到着した時点でカルサールではもう千年近い歳月が経過していた。ので、あのタイミングでもしシドが帰還していても、彼を知る者は既にもう居なかっただろうな」
「……では、帰れなくなったのは結果的には良かったんだな」
「そうなる」と、サビィルが少し悲しげな顔で頷いた。
　何も知らずにレイナードを返還してしまい、一人きりにさせずに済んだ事には安堵したが、飛ばされた時点でもう旧知の仲の者達には二度と逢え無い状況に追い込まれた彼を思うと、サビィルやカイル達は複雑な気持ちになった。

「それで、今のカルサールだが……」
　気持ちを一新し、サビィルが言葉を続けた。
「カルサールはレイナードの暮らしていた頃以降、ずっと平和で、当時から続く血脈の王族も存続しつづけていたぞ」
「そうか！それは……かなり嬉しいな」
　レイナードは報告に喜び、顔を綻ばせた。長年命懸けで守り抜いた国が長い歳月が経過したらしい今でも平和に過ごせている事が、心底嬉しい。
　嬉し過ぎて少し眦に涙が浮かんだが、人前だからと、嬉し泣きしてしまうのをレイナードはグッと堪えた。

「それでな、ここからが面白い話なんだが——」
　クックックと、サビィルが肩を揺らしながら、暗い雰囲気から一転して楽しそうに笑い始めた。
『あぁ、そうだなアレは流石に……のう』
　アルも笑いを堪え、体を震わせている。
「いったい何なの？もったいぶらないで教えて、サビィル」
　カイルの膝に座り、クッキーを頬張っていたイレイラが先を促した。
「折角カルサールに来たのだからとレイナードの事を色々調べたんだが、出るわ出るわで、収集しきれなかったぞ！」
「……俺の事？」
　特に思い当たる事が無く、レイナードが眉を寄せた。
『なんでもな、英雄シドは、人間では無かったそうじゃ』
「は⁈」
　レイナードだけで無く、カイル夫婦やロシェルまでもが驚きに声をあげた。家族になるからなのか、四人とも綺麗なハモリだった。
「神が遣わした軍神や戦乙女として、語り継がれておったぞ」
「シドは男性よ？軍神まではわかるとして、戦乙女って……なぜ？」
　訝しげな顔でロシェルが、アルとサビィルに向かい問いかけた。
「気になるじゃろ？わかるぞー、私も気になって散々調べ尽くしたからな！」
　うんうんとサビィル達が頷き、色々な事を二人が好き勝手に語り出した。

　要約すると、こうだ——
　レイナードがシュウと共にロシェル達の世界へ召還される瞬間を、偶然見ていた者が森に居たらしい。彼に会おうと領地へ訪れていた、戦友だった者の一人だ。
　光に包まれ、魔法陣に吸い込まれていった彼の姿を見て、その場ではただ驚いただけだったらしい。だがその後、レイナードが完全に行方不明になった為、魔法の無い世界だった事もあってか、不可思議な消え方をした彼は『地上での任務が終わり、天界に還ったのではないか』と噂され始めたそうだ。
　突然現れ、突然消えたシド・レイナード。
　若輩者とは思えぬ驚異の昇進っぷりや、他の追随を許さぬ剣術の腕前、ガタイの良さ、数々の戦績などが全て『人間業じゃなかった』と言われ、歳月の流れと共に『人間では無かった』と変化していったそうだ。
　彼には彼の人生がきちんとあり、決して突然降って湧いた存在などでは無かったのだが、家族が全て戦死していたせいか少年期の彼を知る者が殆どおらず、『突然現れた』事になった。
　それらの流れで“終戦の英雄”が“神が遣わした軍神”に変化していったまでは、まだロシェル達にも理解出来た。

　だが、“戦乙女”とは一体⁈

　——四人の頭からは疑問符が消え無い。
「シドが現役で戦場で戦っていた当時な、実は同性だというにも関わらず惚れ込んでいた者が多々居たらしい」

（マジか、BLか！やっぱりな、居るよね、うんうん‼︎）

　イレイラが話を聞きながらニマニマと顔を崩したので、カイルは妻の頰をプニッとつついた。
　レイナードの側に仕え、彼を補佐し、戦火で共に戦う。戦友として側に居るだけでなく、彼等は団結してレイナードに悪い虫が付かないようガッチリ脇を固めていた。
　戦時中はそれで丸く収まっていたらしいのだが、平和になってくると、同性に熱を上げ続ける訳にはいかない者達が出てくる。英雄の部下だったからと次々に良縁から婚姻の申し込みがきて、断る理由が無い彼等は次々に結婚していった。
　婚姻と憧れは別モノだと割り切り、レイナードが消えた後でも慕い続けた者達は彼を『実は軍神だったのでは』と言い出した。

　一方で、一時でも同性に対し恋心に近い程の憧れを抱いた事を悔いた者達は『彼は時々、無邪気に笑っている事があった。戦乙女が男性の姿で降臨していたが、あの瞬間は確かに魅惑的な乙女の姿だった。激しい戦火の中、不意に現れる蠱惑的な戦乙女に心を奪われるのは、あの当時必然だった』のだと自己弁護を始め、レイナードが“戦乙女”だったというエピソードが出来上がっていったらしい。

「短期間ではあったが、レイナードが統治していた地域は今聖地扱いされて、転移した地点には教会が建っていたぞ。銅像もあったな、うん」
「ど、銅像に教会……やり過ぎだ！」
　居た堪れない気持ちになり、レイナードは両手で顔を覆い、テーブルに突っ伏した。
『戦乙女バージョンと軍神バージョンとで、体格に差があって面白かったのう。軍神の方は、本来の姿に割と忠実でベースとなる初期作を造った者のこだわりを感じたが、戦乙女の方は煩悩ダダ漏れで笑うしか無かったわい』
　アルが短い手で口元を隠し、肩を揺らして大笑いした。
「あ、そうじゃ。多分私らのせいで、今度は『黒竜の姿で降臨された！』と伝説が追加されるぞ」
「え？カルサールで何したの、サビィル」
　話を聞きながら、イレイラの髪で手遊びを始めていたカイルが、怪訝な顔で訊いた。
『教会の正面にあった銅像に、面白半分で留まっている姿を地元民に見られたのじゃ』
　アルの言葉に、サビィルも頷きながら言葉を続けた。
「竜が居ない世界だからな、大層驚いていたぞ。小さくとも竜だしな、当然だな」
　レイナードが統治を任されていた土地は、元々古代の神話が残る地域だった。天上から神々が降臨しただとか、神の御使が住む森があるといった類の話だ。
　土地柄的に神秘的な事が起こりやすいと思い込まれている場所に黒竜が現れ、しかもレイナードの銅像に留まっていたとなっては、サビィルの予想はまず間違いなく現実となるだろうとレイナードは思った。
「恥ずかし過ぎる……」
　大きな体を小さくしているレイナードの背中を、隣に座るロシェルが優しく撫でた。
「あら、私は素敵だと思うわ。貴方の素晴らしさが後世まで受け継がれているだなんて。貴方が戦争を終わらせた、この平和は貴方のおかげだと千年以上語り継がれるだなんてそうそう無い話だもの」
「そうね、その通りだわ！」
　ロシェルの言葉に、イレイラも同意した。
「そうだね、一つの王族がそれだけ長く統治し続けているって事もにビックリだよ。レイナードの神話効果もあるかもね。軍神が仕え、護った王国だというのはそれだけでも箔がつくから」
　カイルの言葉に、テーブルに突っ伏していたレイナードが少しだけ顔を上げた。
　自分の功績を存分に活用し、祖国が今も平和を継続しているのなら悪い話では無いのかもと納得出来たのだ。
　だが頰が赤い。納得は出来ても、恥ずかしさが消えた訳ではなかった。
「長年戦場を駆け抜けてきたからか、武勇伝も多々あったな。カイルが好きそうな物ばかりだったから誰かに収集させるのも悪く無いかもしれんぞ？」
　スッと目を細め、サビィルが悪戯っ子の空気を漂わせた。
「それは面白いね！適任の神官が居るから、しばらくカルサールに出向してもらって収集させようか」
　サビィルの提案にカイルはパァと目を輝かせた。基本的には側にイレイラが居ればそれでいいカイルだが、父神譲りの好奇心が強い一面が刺激され心が躍る。
「私も読みたいわ！レイナードの活躍談なんてきっと素晴らしいものだかりだもの」
　カイル以上にはしゃぎ、ロシェルが胸元で手を組んでキラキラした瞳をレイナードへと向けた。
「え……いや、別段楽しいものでは無いぞ？敵を追い払った話ばかりだ」
　わざわざ神官を向かわせてまでの逸話など思い当たらず、レイナードは止めようとした。だがしかし、テンションの上がってきた二人は勝手に話を進め、まとめていく。
　カイルの膝でお茶を啜るイレイラに、レイナードは視線をやり助けを求めた。だが返ってきたのは『無理です、諦めて』といった達観した眼差しだった。


　話がほぼまとまり、四人と二匹が思い思いにデザートを頬張っている。するとカイルが「あ、そういえば」と言い、みんなの注目を集めた。
「サキュロスの事だけどね」
　聞きたく無い名前に、レイナードは即座に顔をしかめた。
ロシェルも同様に渋い顔をする。最後は丸く収まったからいいものの、経過が酷かったので思い出したくも無い。あの時は真剣で必死だったが、コスプレ合戦としか言いようがないやり取りはロシェルの中ですっかり黒歴史となっている。
「全然こっちへ来ていた時の事を覚えていないらしいよ。森の事も最速で王族と神官に丸投げしたから、もう話し合っておいた」
　レイナード達がボロボロにした森は植樹する事なく、そのままにする事になったらしい。倒れた木だけは処分して欲しいとの事だったそうだが、鬱蒼とした森が随分明るくなって今の方が安全だしいいんじゃね？と、話はアッサリまとまったそうだ。
　魔物を一掃したとはいえ、災害級の破壊行為を簡単に許してくれたバルドニスの方々に対し、レイナードは感謝した。怒りの感情が無いとはいえ、対応の寛容さは本当にありがたかった。
　サキュロスの事は……まぁ自業自得だなとしか思えない。
「記憶を？何故かしら」
「さぁねぇ？」
　首を傾げるロシェルとカイル。イレイラはもしかしたら自分の魔法が原因かな？と思い至り、口を閉ざした。神子におイタをしたかもしれないとなると、バレると立場上マズイのだ。
「まぁ、もうここに彼は来ないでしょうから一安心ですね！」
　無理矢理話をまとめようとするレイナード。イレイラが「そうね！二度と来ないでくれると嬉しいわね！」と同意した。

「サキュロス様といえば——」
　ロシェルがフッと思い出した事があり、話をそらした。
「私ね、この間少しだけお祖父様とお話ししたわ」
「父さんと⁈なんで？どうやって？」
　カイルが驚きを隠せないまま、ロシェルに訊いた。
「何でかはちょっとわからないけど、寝ようとしていたら青い魔法陣に吸い込まれて『カイルの頼みどおりの者を送ったけど、あの子は喜んでいるか？』と訊かれたわ」
　ロシェルの言葉を聞き、カイルが硬直した。父神が言う存在が、シュウとレイナードのどちらを指しているのか判断出来ない。
「『父さんが喜んでいるかはわからないけど、私は嬉しい』と答えたら満足したのか、直ぐにお祖父様の空間から放り出されてしまったから、これ以上は何も話すことは無いのだけど……お祖父様の巨体にはいつか飛び付いてみたいと思ったわ！」
　魔法陣の先で見た祖父神の姿を思い出し、ロシェルが微笑んだ。
　大理石のベンチにゆったりと腰掛ける、三メートルはゆうにありそうな巨大な羊の姿をした祖父の姿はロシェルにとって心トキメクものだった。白くフワフワとした体に体を埋めて思いっきり祖父神に甘える事が出来たら、きっと至福の時をすごせるだろう。
「そ、そっか……」
　レイナードはあくまでもシュウに巻き込まれてこちらの世界に召喚されたとカイルは考えていたが……もしかしたら召喚魔法発動時に『孫の小さな我儘を聞いてくれ』と頼んだ事が原因で彼がこちらに来たのでは？と思うと、背中を冷や汗が流れ落ちた。
　丁度ロシェルには数多くの結婚話が出ていたが、どれに対しても渋い顔をしていて話がまとまっていなかった。

（まさか……父さん、孫の結婚相手として強制的にレイナードを引っ張ってきたんじゃ？）

　ほとんど息子達の前に姿を見せないクセに、無駄に過干渉気味な父の白い巨体を思い出し、カイルがため息を吐く。
「神の姿を見たのか⁈すごいな、ロシェル」
　純粋に感心するレイナード。そんな彼に対し「いつかシドにも会わせたいわ！お祖父様ったら各所にある銅像と全然違って、とっても柔らかそうで大きかったんだもの！」とはしゃぐロシェル。
　無邪気にはしゃぐ若い二人を見ていると、カイルは罪悪感など感じる必要は無いなと思えてきた。
　仲睦まじく笑顔で語り合う姿に安堵する。
　結婚の約束までしておきながら、レイナードがまだロシェルを好きだと言っていない事だけは少し気掛かりだったが、誰がどう見ても相思相愛なのでソコは目を瞑る事にした。

　彼はここに来るべくして来た存在なのだと、自身に言い聞かせながら、カイルが紅茶のカップに手を伸ばす。暮らす人数が増え、随分賑やかになった神殿のテラスでカイルは、この時間が永遠に続けばいいのに……と心から願ったのだった。


【終わり】