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本編

【第10話】他者を経由しての告白は迷惑だ(楓清一・談)

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 幼馴染を好きになる。

 ——そんなの、よくある普通の話だ。気心が知れていて自分を無駄に飾る必要が無く、でも兄妹とかじゃないから倫理的にも問題無い。新鮮味には欠けるかもしれないが、あらゆる面で理想的な相手だといえよう。

 いつから好きだったのかなんて、もう全然思い出せない。物心ついた時には既に充の事しか見ていなかった。


『きよくんは大人になったらだれとけっこんするの?』
 保育園に通っていた頃、そんな質問をされた事があった。
『んー…… みつるくんとかなぁ』
 床にぺたんと座り、ミニカーを綺麗に並べながら正直に答えた。
 深い意味の無い、ちょっと覚えたての言葉を使ってみたといった程度の質問だったと思う。
『えーみつるくん男の子だよ?きよくんも男の子だから、男の子どうしじゃけっこんできないんだよ。ヘンなのー』

 変なの?どうして?
 他の子と何か嫌だよ、よくわからない子とお父さんお母さんになるとか、想像するだけで気持ち悪い。
 否定された意味も、理由も、あの時はイマイチ理解出来なかったが、自分が誰をどう思っているのかは『人には言っちゃいけない事』なんだという事だけは、子供心に深く感じた。



 思春期になり、自覚を持って『誰かを好きになる』ことがあり得る時期がきても、やっぱり心の中心にいるのは充だけだった。相手が同性だってことは、別に俺にとっては問題では無かった。

 恋愛対象が男性のみだって訳ではない。
 心は女性だとか、そういったものもない。
 ただ、充しか好きじゃ無かっただけだったから、自分の事をオカシイとは思わなかった。思わなかったが、誰にも言いはしなかった。保育園でのやり取り以来、この感情は他人にとって“異常”であるという事を、徐々にではあったが、きちんと理解していったからだ。

 想いが成就する事は無い。
 でもその代わり、自分が充の一番の存在であろう。
 嫌われない様に、頼ってもらえる様に、誰よりも安心出来る存在であり続けよう。

 器用な方じゃ無いのに、充にとって有益となりそうな能力を身に付ける努力は怠らなかった。いつか『お前とだったら全部やってくれて楽そうだから』なんて理由でもいいから、一緒に暮らせないかなとか……そんな事を夢見て。



 中学も後半に差し掛かり、急に『モテたい!』とか『一緒に筋トレしよう!』とか言い出した時は意味がわからないと思いながらも、充の望みならばどんな事でも叶えてあげたい一心で聞き入れたが

 ——この仕打ちは、いったい何なんだ。

「『お願いだから、ある女性と付き合って欲しい』って、俺が頼んだらお前はどうする?」
「——え?」
 二の句が続かず、自分の顔から表情が消える。

 フザケルナ。
 アリエナイ。
 キモチワルイ。
 絶対に——嫌だ。

 そう叫びたい気持ちはあるのに、声が出ない。上目遣いでこちらを見る充がとても満足気な顔をしているせいで、余計にどうしていいのかわからない。
 出しっ放しになっているシャワーの音だけが浴室内に響き、体や床に残る泡を勝手に洗い流していく。このままでいるわけにもいかず、無言のままレバーを捻り、お湯を止めると、俺は「……それは、流石に無理だ」とだけ呟いた。
 湯気で曇った鏡に微かに映る自分の顔は蒼白で、至福の時から一気に谷底へと叩き落とされた気分だ。

 何故、今このタイミングでそれを言う?

 と訊きたいけど、真意を聞くのが怖い。きっと、放課後に何かあったんだ。それ以外に考えられなかった。
「そうか。そうだよな、うん」
 ニッコリと微笑み、充が頷く。
「んじゃ出るか、清一の部屋行こうぜ」
 欲しい答えを得られたのか、充は俺とは違って至って普通の態度だ。
「あ、あぁ…… 」
 扉を開けて、充が風呂場を出る。脱衣場にある洗濯機の上に置いてあったバスタオルで充は体を拭き始めたが、俺は室内で呆然としたままだった。

「冷えるぞ?ほら」

 そんなことを言いながら、充がタオルで体を拭いてくれる。普段なら絶対にそんな事はしないのに、やけに親切でかえって癪に触った。

「着替えも、手伝ってやろうか?」
「いい、大丈夫だ」

 ニッと笑い、ちょっと悪戯っ子ぽい顔で言われたが、首を横に振って断った。
 水気が取りきれていないのにそのまま服を着て、風呂のお湯を捨てると、揃って二階へ上がっていく。
 部屋に入った途端、充の方から俺の胸にいきなり抱きついてきて、俺は反応に困った。ギュッと力を入れて、筋肉質な胸に顔を埋めてくる。反射的に抱きしめ返したい所ではあるが、俺は肩に手を置くことすら出来なかった。

「断ってくれて…… ホント、心底ホッとしたよ」

 充が少しだけ顔を胸から離し、額をつけて下を向く。
「『わかった』って『お前の頼みなら何でも』って言われていたら…… かなり引いたわ」

「俺を試したのか?でも…… 何で」
「…… 試す?試した事になるのか?なるのか、そうか」

 一人で勝手に納得し、充が俺から離れ、ベッドに腰掛ける。ぽんぽんっとマットを叩き「お前も座ったら?」と声を掛けてきた。
 一瞬どうしようかと迷ったが、無駄に強情っぱりになる気にもなれず、取り敢えずベッドに座る。
 風呂場で昂っていた気持ちはすっかり萎え、考えが纏まらない。せっかく隣には充が居て、ベッドもあるというのに、押し倒したい衝動は流石に起きなかった。

「…… 続きはいいのか?ベッドの上だぞ?」

 充が言うには珍しい台詞に、驚きが隠せない。誘ってくれていると受け取れる発言を聞けたのはとても嬉しいが、状況のせいでやっぱり素直に喜べはしなかった。

「放課後に何があったんだ?そっちの方が、今は聞きたい」

「あぁ…… 。ちょっと話さないかって、誘われたんだ」
「…… まさか、その相手と付き合うのか?」

 だから機嫌が良いのか?今日でこの関係を最後にする気だから、サービスって事なのか?

「飛躍するなよ、違うって。あの子は俺を好きじゃない」
 俺の言葉は即座に否定された。
「居場所を明渡せって言われたんだ。オカシイだろう?」
「…… は?」

 意味が理解出来ない。
 居場所ってのは本物の土地じゃないんだ、明渡せと言われて、ハイどうぞと丸く収まる話じゃないのに、何を考えての発言なんだ。

「俺の言う事だったら清一は何でも聞くから、『私と付き合ってあげて』って頼めってさ」
「よく見てるな、俺の事」

 確かに俺は充の言うことなら何でも叶えようとしてきた。でも露骨な真似はしてこなかった筈だ。筋トレみたいに、目に見えて分かり易いものは別として。

「いいや、見てないよ。清一全然俺の思い通りになんかならないじゃん」

 心外だ。そう思われていたなんて、夢にも思わなかった。

「やめろって言っても、ダメだって言っても、えっちな事に夢中になってたら全然だろ?」
「いや…… まぁ。でも、アレは…… 誰だってそうなんじゃないか?」

 まさか話をそっちの方へ持っていかれるとは思わず、動揺してしまう。

「比較対象が無いから、それはわかんないな。まぁ知りたくも無いけど」
 充はそう言うと、一呼吸開け、拗ねた顔をして言葉を続けた。

「代わりに彼女紹介してやるから、いいでしょって言われたよ。話を呑んでくれるなら『一回くらいしてもいい』とか、あざとい顔で言われて流石に色々怖くなったわー。最初は良い子だなと思ってただけに、あの落差にはもう…… 女性不信になるレベルだったね」

「その言い方だと、断った…… んだよな?」
「いいや、二つ返事で引き受けたよ。だからさっき言ったろう?『お願いだから、ある女性と付き合って欲しい』って」

「んな!お前!いくら彼女が欲しいからって!」

 看過出来ず、大声で叫んだ。
 親友でしかない以上、いつかはあり得る話だと思ってはいても、それは今じゃ無い。充に彼女ができて、俺から離れていく事に対しての覚悟なんか微塵もしていない。そもそもこんな状況下にある時点で、あわよくば俺のモノにとミジンコ程度に期待する事はあっても、離れる心構えなど出来る訳がなかった。

「あぁ、紹介するってやつは断ったよ。圭吾に言われた一言が頭にずっと残っててさ。『好きだから付き合うもんじゃなのか?』って。すんげぇ当たり前の事なのにさ、今の今まで理解出来てなかった自分にマジで呆れるわ」
「それなら、いっそ全部断れよ」

「鼻っ柱を折ってやりたくなったんだよ。可愛けりゃ何でも思い通りになるって思っているのが途中からムカついてきてさ。清一はお前の考えてるような奴じゃないって、突き付けてやろうかなってな」

 充は優しい表情を俺に向けると、そっと頰に触れてきた。
「お前なら絶対に了解しないって思ってたよ」
「充…… 」
 頰に触れる手に、自身の手を重ねて瞼を閉じる。

「改めて言うよ、絶対にその子とも俺は付き合わない。…… 付き合えない」

「わかった。月曜日にでも伝えておくよ」
「俺から言おうか?」
「だーめ。だってお前、前に一度俺経由で告白してきた子のこと、コテンパンに打ちのめしてトラブルになったじゃん」
「だってあれは——…… 」

 随分前に、よりにもよって充経由で告白された事があった。
『付き合って欲しい——んだってさ』と言われた時の、高揚した気分を即座に打ち砕かれた複雑な気持ちは、今でも忘れられずにいる。八つ当たりに近い気持ちのまま本人の所まで断りに行き、そのせいで彼女の友人達をも巻き込んでトラブルになった。
『今度は、きちんと丁寧に対応しような』
 充にそう言われ、それ以降はきちんと丁寧に断る様になった。充経由での告白など、二度と無いように周囲にもクギを刺した。

 俺の事を見ていたのなら、充経由での告白は俺の逆鱗に触れる行為だと知らないはずは無いと思うのだが…… 充側に美味しい餌をチラつかせ、敢えて頼むあたり、自信過剰な策士気取りの女だという事が窺い知れる。

「言いたい事があるなら、直接言ってくれとは伝えてくれるか?答えは一つでも、きちんと相手の気持ちとは、向き合ってから断りたいから」
「そうだな、俺もそう思う。…… きっとさ、今まで清一に告白してきた子達も、皆わかってんだろうな、フラれるって。んでもきちんと断ってもらわんと前に進めないから、敢えて砕けに行くのかもな」
「そう、かもしれないな」

 告白イベントに付き合わされる俺としては、毎度毎度目の前で泣かれて正直たまったもんじゃ無いが、悶々と執着されるよりはマシだと思うしかないのだろう。

「毎度毎度、告白されるお前を見てて『清一ばっかモテてズルイ、許せん!』って思ってたけどさ…… 」
 ドサッと音をたて、充がベットに倒れこむ。照明器具しかない天井を仰ぎ見ながら、充が言葉を続けた。
「今はもう、何に対してあんなムカついてたのかよくわかんねぇや。『彼女が欲しいー』とかも最近全然思わんくなったし、なんかめっちゃスッキリした気分だわ。何なんだろうな?これって」

「そもそも、モテたい動機が不純だったからじゃないのか?」
「あはははは!ホントそれな!」

 声を出して笑う充の横で、ホッと息を吐き出した。不安材料が消え、まだ充の側に居てもいいんだって事が嬉しくて堪らない。

 彼女なんか一生つくらないで欲しい。
 好きな人ができたり、結婚とか、子供だとか。

 ——全部全部全部、このままいつまでも縁遠くあってくれたら…… 俺は、いつまでも充を独占し続けられるのに。

「…… しっかしさ、随分変なタイミングでし始めたな、この話」
 俺も充の隣に倒れ、横向きになり片肘で頭を支えた。呆れた顔を充に向けると、「そうだな」と笑いながらあっさり認める。

「——なんか…… 幸せだなーって、ふと思って」

「幸せ?」
「清一との時間がくすぐったくって、何もしてなくてもなんか楽しくってさ。もっと、もっとって欲張ったら、あんな事言ってたわ」

 なぜそうなる?

 と不思議に感じたが、充なりの流れがあったのだろう。『モテたいから筋トレしよう』と急に言い出した時の事を思い出し、俺は「そうか、お前らしいな」と言葉を返した。

 くすぐったい…… か。

 そう思ってもらえる事が嬉しくって顔がニヤけてしまう。親友相手には感じそうに無い、ちょっと恋人同士みたいな表現に、心が温かくなった。


 日々、充との距離が近くなっていくような気がする。肌を重ねた続けた効果か、軽い邪魔が入ったおかげなのか。どちらが要因かはわからないが、今の関係性は俺にとって好都合だといえよう。

 欲をかいて失敗だけはしないようにしよう。

 そう思うくせに、体が勝手に動き、気が付いた時には充の頰へ軽くキスをしていた。音を出さぬよう気を付けて、『好きだ……』と口を動かす。
 行き場のない、閉じ込めた想いがいつか溢れ出ないよう、この先も気持ちを引き締めねば。
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