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本編

【第1話】分岐点(桜庭充・談)

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『なぁなぁどうしたらモテると思う?』
『さぁなぁ。そういった話には興味無いし、思い付きもしないよ』

 放課後の教室で二人。
 俺は幼馴染である楓清一かえできよかずに疑問をぶつけてみた。
 体が細く、小柄で、黒い髪が少し長めのせいで辛気臭い雰囲気のある清一に訊く質問じゃないのはわかってはいるが、こんな馬鹿な事を訊いても真面目に答えてくれそうなのはコイツだけだったのでつい訊いてしまったのだが…… 予想通り求めている答えは得られなかった。

『なぁ真面目に考えてくれって!』
『…… やっぱ顔だろ、顔』
『や、来世に期待みたいなやつじゃ無くってさ。今の俺でも可能なやつで頼むって』

 清一と同じくチビなうえ、平凡な顔立ちの少しポッチャリ系である俺では、整形でもしない限り顔でモテるとか不可能だ。

 無茶振りすんな!と思いながら清一の机にしがみ付き、ガタガタと揺らす。
 机の上に置いてあった筆入れやらスマホやらを清一がサッと持ち上げて安全を確保すると、清一が、『あ』と短い声をあげた。

『スタイルいい奴って、モテるんじゃないか?』

『いや…… だからさーそれだって無理でしょ。親を恨みたくなるくらいに、俺普通の頭身だぜ?』
『筋肉ある奴って意味だよ。ほら、スポーツやってる奴とか、不思議とモテるだろ?』
 清一の一言に、俺は天啓を受けたような気分になった。

『そうだな!それだ!お前、ホント頭いいな!』

 もうそれしかない!細マッチョとかマジカッコイイかも!痩せたら俺だって、ちょっとはマシになって彼女とかできるんじゃね⁈

『…… 俺の頭がいいかは、まぁ別として。何でいきなりそんな事が気になり始めたんだ?モテたいとか…… 今までそんな素振り無かっただろ』
『だってさ、彼女とか欲しいじゃん!やっぱさ高校入ったら、彼女作ってデートして…… んで、んで…… !』と熱弁する俺に対して、清一が冷たい声で『もういい、黙れこの妄想野郎』と言い放った。
『うわ!その言い方酷くね?ショックだわぁお前にそんな事言われるとか。清一だって欲しいだろ?彼女』

『…… いらない。お前が、みつるがいれば…… 俺は別に…… 』
 歯切れの悪い言葉を呟き、清一が俺から視線を逸らした。

『変な奴。まぁいいや。それよりさ…… 一緒にやんね?』
『は?な、何を…… 』
 清一が警戒心丸出しの顔で、座る椅子ごと後ろにさがった。

『筋トレだよ、筋トレ!』
『…… は?』

『や、俺飽きっぽいしさ。一人でやっても三日で飽きると思うんだよね?んでも清一が一緒ならやれる気がするんだわ』
『…… 俺、運動は苦手だぞ?』
 趣味は読書のテンプレ的インドア派な清一の肩を掴み、俺は輝く瞳で奴の目を覗き込んだ。
『親友だろぉぉ!頼むって!一緒にモテ男になろうぜ!』
『言葉の響きがダサいな』
『うっせ!な?頼むって!』
 パンッと手を合わせ、拝むように頼み込む。
 すると、清一がふぅとため息を零し、ニコッと笑ってくれた。
『わかったよ。充の頼みだしな』
『マジか!ありがとな!持つべきものは気の良い親友ってホントだなー』
『誰の言葉だよ、聞いた事無いわ』
 お互いに笑い合い、『んじゃ早速色々調べてみね?ネットとか、本とか色々探してみようぜ』と清一に声をかけて、椅子から立ち上がる。
『そうだな、わかった』

 清一も頷きながら席を立ち、俺達は一つの目標に向かい歩き始めた——はずだった!はずだったんだよ!


       ◇


「——ちょ!聞いてくれよぉぉ」
「うるせって」
「聞け!いいから聞け!」

 友人の有田圭吾ありたけいごの肩を掴み、体を揺さぶる。紙パックのストローを咥えていた奴を揺すったせいで中に入る牛乳が少し飛び散り、圭吾に頭を叩かれた。
「飯ぐらい食わせろって」
「だってさ…… 」
 拗ねた顔をする俺に向かい、圭吾は呆れた顔になりながら菓子パンの入る袋を開けて、腹ごしらえを始めた。

 昼休みの教室。
 窓際で二つの机を向かい合わせにして、圭吾と二人で昼メシを広げている。いつもなら、俺——桜庭充さくらばみつると、清一と圭吾との三人で昼メシを食べているのだが、今日は清一が居ない。風邪だとか、家の用事で休みならば俺もこんな不安定になったりなどしないのだが、アイツは……今アイツは!

「絶対に清一の奴、告白されに行ってるって!下駄箱に手紙だぜ?手紙!『二人だけで話したいから、昼休みに校舎裏まで来てね(はーと)』とか!SNS全盛期である昨今にだぞ?」

 圭吾に近づき、小声で告げる。俺まで一緒に手紙を読んでしまった事は、流石に伏せておいた。
「アイツがモテるようになったのなんて、今に始まった事じゃねぇだろ。何キレてんだよお前」
 牛乳をチューチューと飲み、圭吾が心底どうでもよさそうに次のパンを開封する。
 お前食べ過ぎじゃね?と思いながら俺もオニギリにかぶりつくと、圭吾が「自業自得じゃん」とこぼした。

「お前さぁ、高一の時にアイツと何約束したか覚えてるか?」

 圭吾の言葉に、俺は「うっ」と短い唸り声をあげた。
「高一の時『一緒に筋トレしようぜ!』って言ったの、確かお前なんだよなぁ?」
「…… はい、俺です」
「んで、お前は高三になった今、その約束をどうした訳?」
「しゅ…… 週一くらいでは続けています」
「知ってるか?清一はさ、毎晩、二年半ずっと筋トレやってるそうだぞ?」
「…… シッテマス、ハイ」
 気まず過ぎて、カタコトになってしまう。

「毎日真面目に続けててさ、成長期も重なって、一八五センチまで伸びた清一がモテるのは当然だと思いませんか?充君」

 その通り過ぎて何も言えない。
 筋トレを真面目に続け、運動するのに邪魔だと鬱陶しかった髪もバッサリと切り、眼鏡からコンタクトに変えたおかげで、今まで髪と眼鏡の奥に隠されていた端正な顔がバッチリ公開された途端、清一は一気にモテ始めた。

 それに比べ俺はといえば、最初は真面目に筋トレだランニングだと頑張っていたのだが、不純な動機だったせいか途中から飽きてしまい、今では週一で体育館のトレーニングルームに行って少し走るくらいなもんだ。まぁ、何もしないよりはマシだったのか、ポッチャリだった体型はシュッと細くなり、多少は筋肉も得られたのだが…… いかんせん身長がほとんど伸びなかった。
 ただでさえ平凡な顔だっていうのに、努力が足りなかったせいで、イケてない奴が普通の奴になった程度では、清一みたいにモテる様になどなれるはずが無い。無いのだが…… 清一を羨ましい!と思ってしまう気持ちはどうにも出来なかった。

「わかってるけどさぁ。わかってるんだけども、さ!」

 ガンッと勢いよく机に頭突きする。周囲のクラスメイト達が『バカか』と言いたげな顔を向けてきたのだが、もうどうでもよかった。

「まぁ、気持ちはわかるよなぁ。あんな陰キャの代表みたいだった奴がモテるとかズルイぞ!とは俺も思う、うん」
 クラスメイトの小牧琉成こまきりゅうせいが、コーヒー缶を片手に俺達に向かい声をかけてきた。

 側にある誰も使っていない椅子を引っ張り、近くまで持ってきて琉成が圭吾の近くに座る。
「一口寄越せ」と琉成が言うと、圭吾が「ん」と言いながら菓子パンを奴の口に突っ込んだ。
「ズルイよ、マジでズルイ!俺だってモテたいのにさぁ」

「お前さぁ、何でそんなにモテたいんだ?……彼女とか、めんどくさくね?」
 琉成に餌付けしながら、グチグチと文句を言う俺に圭吾が訊いてきた。

「え?何でって……高校生だし?彼女くらい欲しくね?」

「好きだから、付き合うもんじゃないのか?彼女が欲しいから付き合うって、何か逆じゃね?」
「…… まぁ、そうな」
 もっともな事を言われ、反論出来ない。
 だが、そうは言ってもこればっかりは年頃的な欲求もある訳で…… とは思っても、んな事は恥ずかしくて流石に口には出来なかった。

「…… はぁ」と、ため息をつきながら、清一が教室へと戻って来た。時計を見上げ、時間を確認しながら俺達の元へと迷わず歩く。奴の為に最初から用意してやっていた椅子に清一が座ると、不機嫌顔を隠す事なく鞄を漁り、お弁当箱を取り出した。

「まともに飯食う時間ねぇ…… ったく」

 文句を言いながら、清一が昼ご飯を掻き込む。
「おかえりー。やっぱ告白だったのか?」
 圭吾が訊くと、清一がキッと容赦無く睨み返した。
「図星かよ。いいねぇいいねぇ、おモテになる奴は」
 琉成がそう言うと、清一は彼の事まで睨みつける。
 顔立ちはカッコイイのに、眼力があるせいで、睨むとちょっと怖い。スポーツマン並みに筋肉質の体なうえに長身なもんだから余計にだ。

「…… ズルイ」

 箸を咥えたまま、清一が「は?」と言い、俺の方を見ながら顔を上げた。
「ズルイ!清一ばっかズルイわぁ、俺のことは放置してお前だけモテるとか!」
「…… お前だって、ソレを言わなければなぁ」
 圭吾が呆れ顔で俺を見てくる。
 そんな事はないだろう、平凡を絵に描いたような俺では到底無理だ。自身の残念っぷりに肩を落とし、深いため息をつく俺の頭を、清一がポンポンと叩く様に撫でてきた。

「今からでも遅くないぞ、大丈夫だ」

 優しく微笑まれ、嬉しい気持ちになった。
 普段は本ばっか読んで、あんまり表情筋の動かないコイツが、俺相手だとたまに笑いかけてくれるのがちょっと嬉しい。
「急げよ、昼終わっちまうぞ?」
 琉成の言葉に、清一が「あぁ」と短く答えて、また慌ててお弁当を食べ始める。
 喉元まで、『ところで、告白には何て答えたんだ?』と出かかっていた言葉は、昼メシを食べる邪魔はしない方がいいよなと思い、俺は言わずに飲み込んだのだった。


       ◇


「帰るか、充」
 お互いに部活動には入っていないので、放課後はいつも一緒に帰っている。圭吾や琉成も一緒になる事があるが、今日は二人きりだ。
 インドア派である清一はカラオケだとかゲーセンとかには行きたがらないので、ほとんどは奴の好みに合わせて互いの家とか図書館とか本屋だとかばかりになる。空腹の時にはラーメンとかファストフードなんかも食べに行ったりもするが、だいたいそんな感じだ。

「あぁ、行こうか」
 鞄を持ち、清一の隣に並ぶ。
 一六五センチの俺では、二十センチも自分より高い清一の顔を見て話そうと思うと少し首が痛い。男子高校生にしては低い身長がコンプレックスでしかない俺は、コイツの隣に並ぶ度に、ちょっと胸が痛んでしまう。昔は俺の方が大きかった時期もあったというのに、この差は何だ!牛乳か?牛乳なのか⁈運動や睡眠も大事だというが…… その点は俺だって気を付けていたっていうのに。まさか遺伝子の仕業か?だとしたら親を恨みたい。

 ムカムカしてきたせいか、無意識に歩く速度が速くなる。そんな俺の速度に合わせて清一は廊下を歩いてくれ、『こういう部分もモテる要素なんだろうなぁ』と少し思った。

「なぁ…… 可愛かったか?」
「何がだ?」
「告白してきた子」
「さぁ?俺、興味無いからそういうのよくわかんないし」
 心底興味無さげな声が返ってきた。あまりしたくない話なんだと、声色だけでありありとわかる。

「…… つき、あうのか?」

 ボソッと俺が呟くと、清一の足が止まった。
 振り返り、「清一?どうしたんだ?」と問いかける。
「気になるのか?」
「まぁ…… そりゃあ」
「気になるのは、何でだ?」

「だってさ、お前ばっかモテてズルイだろ!」

「別に俺はそんな事どうでもいい。お前との約束を守ってるだけだし」
「モテたくて筋トレしてたんじゃねぇの?」
「んな訳あるか。お前が言い出したからに決まってるだろ?」
 清一の眉間にシワがより、不快そうだ。

「俺は…… お前と居る方が楽しいし、彼女とか面倒くさいから欲しいとか思った事も無い」

「そうなのか?」
「あぁ」
 短い一言だったが、力強く言い切りながら清一が頷いた。
「そうか…… へへへ」
 理由もわからぬまま、何でかちょっと嬉しくなる。
 多分アレだな。コイツが誰とも付き合う気がないのなら、俺にもチャンスがあるかもってやつだ、うん。

「今日は、ウチに来ないか?」

 清一の提案に、俺はパッと顔が明るくなった。
「いいな!この間のゲームの続きもしたいし」
「いや待て。やるなら筋トレだろ?」
「うっ!」
「ほら、行くぞ。キッチリ仕込んでやるからな」
「明日からでも…… よくね?俺続きを…… 」
「モテたいんだろ?」
「モテたいっす!」
 挙手して答えると、清一が声を出して笑ってくれた。

 無愛想な奴の笑い顔って、マジ破壊力あるわー。んな無防備な姿が見られる幼馴染って立場は、やっぱ役得だよな。

 ニマニマと笑いながら俺が清一の顔を見ていると、笑い過ぎたせいでちょっと涙目になりながら、奴が不思議そうな顔を俺に向けてくる。
「どうかしたのか?」
 清一の問いに、俺は「いいや、何でもないよ」と笑顔のまま首を横に振った。


       ◇


 清一の家は俺の住むアパートのすぐ隣にある大きな一軒家だ。同い歳の子供が居る家同士、お隣さんだからとそれこそ俺達は生まれた頃から一緒にいる。互いに忙しい両親を持っているせいもあってか、二人きりで留守番をする事も多かった。
「一旦着替えてからそっち行くわ」
 アパートの敷地前に立ち止まり、清一に声をかけた。
「わかった。ジャージとか動きやすい格好で来いよ」
 俺に向かい指を差し、清一が念を押す。なあなあにしようと考えていると思われたみたいだ。
「大丈夫だって、その為に家寄ってこうと思ったんだしさ。制服のままじゃ動きにくいだろう?」
 紺色の学ランの襟元をトンッと叩いて見せると、「そうだな。悪い」と清一が謝てくれる。
「いいって。俺から言い出したクセに、今までほとんどやってこなかったんだし。清一が疑うのも納得出来るからな」
「週一ではやってたろ」
「それだってさ、お前が引っ張ってってくれて、やっとだったろう?」
「まぁ、そうだな」

「今回こそはその状況を改善するぞ!俺の本気ってやつを、清一にも見せてやる」

 胸を張って、バンッと叩く。鼻息荒く俺が『ドヤッ!』って顔をしていると「どうせなら、やってからその顔しろよ」って言いながら、清一がにこやかに笑ってくれた。

「んじゃ着替えるわ。なんかウチから持って来て欲しい物とかあるか?」
 清一が口元に手をあてて、ちょっと考えるような仕草をする。

「下着…… かな」
「下着?何で?」

「いいから持って来い。後悔するぞ」
 筋トレで下着を持って来いとか意味がわからん。でも真面目な顔で『後悔するぞ』とか言われると、なんかマジでそんな気がしてきた。
「…… わかった」

 汗をかくからとかなのかな。なら、タオルや、着替えの服も一式持ってくか。

 一人納得して頷くと、それぞれの方向へと歩き出す。家の方へ向かって行く清一をチラッと振り返ると、奴はちょっとソワソワした様子だった。
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