古書店の精霊

月咲やまな

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第四章

【第六話】図書館に行こう②

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 館内はとても静かで、人もまばらだ。
 学期末テストが近いので自習室には沢山の生徒の姿が見えるが、本棚の並ぶスペースの方は柊華が見た限りでは二、三人いるかいないか程度だった。
『目的の本がある場所はわかっているので、このまま三階へ行きましょう。右手の方へ行けばエレベーターがあります』
 声で返事をすると響きそうだったので、柊華は頷くだけにとどめ、指示された方向へと足を向けた。

 ボタンを押し、丁度良く一階で待機中だったエレベーターの中へ柊華が乗り込む。すると、ドアが閉まった途端に、今まで姿を一切見せていなかったセフィルが清明学園の男子生徒用の制服姿で現れ、柊華の体を包むかの様に室内の壁に手をついてきた。
「ひゃあっ!」
 突然いわゆる壁ドン状態に急になり、柊華はトキメキなどといった生温いものを一気に飛び越えて、心臓が止まるかと思った。
 学校でセフィルが姿を見せた事など、教室や保健室などでの一件があった日以来だ。アレだって、現実の空間だったのか、セフィルの創り出した空想の世界だったのか、柊華はどちらかわかっていない。でも、自分にとって実際に起きた出来事である事には変わりないので、その辺はもう曖昧なままにしている。

「…… し、心臓に悪いです。姿を見せてくれる時は、そうと、事前に言ってもらえませんか?」

「あぁ、確かにそうですね。すみません…… つい嬉しくって」
「——嬉しい?何がですか?」
 鞄を胸に抱えたまま、柊華がセフィルの顔を仰ぎ見た。彼は腰を少し屈めてくれているのに、それでも身長差のせいで少し上目遣いになってしまう。
「密室に二人きり…… しかもエレベーターの中で上目遣いなどされたら、もう『この場で今すぐに襲ってくれ』と言っているようなものですよね!」

「誰もそんな事は言っていませんよ⁈」

 柊華が大きな声で即座に否定した。
 いくら相手の事が好きでも、校内にあるエレベーター内でいちゃくつなど勘弁して欲しい!
 そう思った柊華は保健室などでの一件を完全に棚上げし、必死に両手で胸に向かって鞄を押し付け、セフィルから距離を取ろうとした。
(いつ誰が来るとも知れないのに!まさか、既にもう来ないように細工済みだったりするの?でも、だからって——此処ではイヤァァァ!)
 壁ドンと制服姿のセフィルという素敵な組み合わせが目の前だというのに、そこに気が付く余裕も無く、柊華が精一杯力を入れてセフィルを押し続ける。ぷるぷると腕が震え、力の入れ過ぎで瞼は強く閉じられ、への字になっているお口は呼吸が浅くなってみたいで、少し顔が赤い。そんな事をしようが一ミリも距離は開いていないのが残念だ。
 柊華の必死な抵抗が可愛くって愛らしくって、セフィルの顔がついニヤけてしまう。
 彼は柊華を少しからかっていただけなのだが、本気でこのまま喰べてしまいたい衝動が湧き上がってきた。

 この場所のみを隔離してしまえば誰も入れない。つまり、柊華さんを喰べ放題!

 意味不明な論理展開を勝手におこない、セフィルがニヤリと笑った。
 今時では珍しくなってしまった詰襟タイプの制服を身に纏い、髪まで短くしたセフィルが、柊華の頰を両手で覆い、ゆっくり上を向かせる。
「だ、ダメです!そんな、そんな顔しても…… しても!」
 モノクルの奥に見える目が子犬の瞳の様に潤んでいて、少し困り顔をしている。『どうしてダメなの?好きなのに?』と、子どもっぽく訴える眼差しに、柊華の心が揺れた。
「エレベーターは、移動手段です。つまり、人が来ます!え、えっちな事を、する場では無いのです!」
 どんなに心擽る表情だろうとも、見なければ気持ちは揺れない。そう思った柊華は、瞼を再びギュッと閉じて、必死に訴えた。
「それはつまり、誰も来なければ、ただの刺激的な空間に大変身という訳ですよね」

「——何故そうなるの⁈」

 九割以上『どうしたら柊華を抱く事が出来る方向へ物事を進められるか』しか基本的には考えていないセフィルの思考など、彼女には理解出来るはずがなかった。
「でも…… 柊華さんだって、興味とか…… あったりしませんか?」
 そう言って、セフィルは頰に触れていた手をゆっくり下へとおろし始めた。
「セフィッ——」
「…… んー?」
 ちょっと意地の悪い笑みを浮かべ、柊華のラインに沿って、セフィルが制服の上から体を撫でる。控え目な胸や細い腰、二の腕などに優しく触れられ、布越しだというのに体が震えた。
 押し付けて、突っ張っていたままだった腕から力が抜け、ドサッと鞄が足元へと落ちる。
「ごめんなさい!痛かったんじゃないですか?」
 柊華の鞄は教科書や辞書が詰まっていて、投げつければ武器になりそうな程に重い。そんな物がそれなりの高さから勢いよく足に直撃すれば、足の指の骨にヒビくらい入りかねないだろう。幸い柊華の足には落ちずに済んだが、セフィルの足先には直撃していた為、柊華は慌てふためいた。
「あぁ、全然平気です。むしろ、このくらいの痛みで私を止める事など——出来ませんよ?」
 抵抗の為に落としたと受け取ったセフィルは、柊華の耳のそばで囁く様にそう言った。

「ちょっとくらい嫌がってくれた方が、この状況なら寧ろ丁度いいかもしれませんね。痴漢行為を行うみたいで…… 興奮してきませんか?」

 ふふっと笑いながら、セフィルが柊華のスカートの中へ手を入れ始める。太ももを直接体温の無い肌で撫でられ、柊華は脚から力が抜けそうになり、咄嗟にセフィルの腕に掴まった。
「ダメです、ほ、本当に——」
 そう言って、柊華が首を力無く横に振る。
 このままではいつも通り流されてしまう。柊華がそう思い、色々と諦めそうになった瞬間——ポンッと音をたてて、セフィルの魔法で開かなくなっているはずのエレベーターのドアがスーッと開いた。

 開いた扉の前にはロマンスグレーという言葉がぴったりはまる風貌の男性が一人、呆れ顔で立っている。男性は手袋をした手を額に当て、軽く俯きながら、深いため息をついた。

「…… 父さん、ここでは母さんを襲うなと釘を刺していたつもりだったんですが、やっぱりやらかしましたか」

 渋い声でそう言われても、柊華はただキョトンとした顔をする事しか出来なかった。
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