古書店の精霊

月咲やまな

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第二章

【第三話】始まりの書②

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「ここは何?」
 オイルランプを片手に持ち、ウロウロとあちこちを見て回るテウトの後ろをついて回り、不思議に思う物があるたびに問い掛ける。
「えっと…… 多分ここは、食品保存庫だったみたいですね。中身は流石に空っぽですけど、大きな水瓶がありますし、続き部屋にはかまども…… あー残念。コレはもう使えませんね。壊れています」
「へぇ、こんな場所があったんだ」
 キョロキョロと周囲を見回し、ボソッと呟いた。あの場所から移動するという概念も無かった為、こんなに色々な部屋が此処にあるなんて思ってもみなかった。自分には必要も無いんだから、探そうとも、見てみようともそもそも思わないし。
「他の場所も見てみましょうか」
 簡単に室内を確認し、さっさと移動を始めたテウトを無言で追いかける。
「先代の護人は…… 残念な事に、こちらへはさっぱり来なかったので。何十年も放置されたせいか、廃墟に近くなってしまっていますねぇ」
「そうだね、長いこと誰も来ていない。テウトが初めてだ」
「先代が行動派だったなら、私ではなく先代が発見者になっていたかもしれないのですね。そう思うと…… 怠惰な部分に、むしろ今は感謝したい気分です」
 悪戯っ子みたいな笑顔で振り向かれ、自分も微笑んで応えてみた。先代とやらがどんな人なのか見当もつかないが、初めて逢うならテウトみたいな者がいい。明るくて、素直で。護る者というよりは、護りたくなる幼さが…… 可愛いと思う。


「お!ここは寝室みたいですね。ベットがありますよ」
 奥へと進み、テウトがベットを指差す。埃がすごく、使えるのか不安になるくらい劣化していてボロボロだ。
「…… 大丈夫でしょうかね」
 手で押し込み、テウトが強度を試す。
「お!意外といけそうです。まぁ、ひとまず寝てみて、ダメだったら床で寝るとしましょう」
 腰に手を当てて、うんうんと頷く。自分から見ても『コレは使え無いだろう』と思う程の見た目なのに、この子は気にならないみたいだ。…… 人って案外図太いんだな。
「私は掛布を持って来ますから、セフィル様はここで待っていて下さい!もう遅いですし、お休みになられないと」
 こちらの返事を待つ事なく、テウトが部屋から駆け出して行く。
 アレはずいぶんと元気な人だなと考えながら、ベット以外の家具が使える物なのか自分なりにチェックしてみていると、テウトが息を弾ませながら戻って来た。
「お待たせしました!今ベットを整えますから、もう少々お待ち下さいね」
 持ってきた掛布をこちらに押し付けてきたので、『え?』と思いながらソレを受け取る。
 首に巻いていたストールで口元を隠し、テウトが小さな布を片手に、ベットの上と周囲を掃除し始めた。


「ごほっ!す…… すごいな、埃」
 何度も咳き込みながら埃を払い、乾拭きしていく。ある程度綺麗になると、「ありがとうございました!」と言いながら掛布を受け取り、ソレをベットへかけた。
「さぁどうぞ!お休み下さい」
「…… 」
 どうぞと言われて、困った。休む、寝るというものがわからない。何をどうしたらいいんだ?
「やって見せて」
「…… 何をですか?」
「お休みって、何?」
「おぉ、なるほど!セフィル様の本には書かれていない事なのですね。わかりました、では…… 一緒に寝ましょうか」
 首を軽く傾げ、テウトが照れ臭そうに微笑んだ。
「あぁ」
 何が起こるのかもわからぬまま頷くと、テウトが手を取りベットへと引っ張っていく。
 二人で乗るには少し狭そうだし、強度に不安があるが、先にテウトがあがっても軋まなかったので自分も続いた。
「横になってみて下さい」
 促されるまま横たわり、天井を見上げる。テウトもすぐ隣に寝転ぶと、こちらの首の下に腕を入れてきた。
「枕が無いので、私の腕を使って下さい」
「…… 枕」
 チラッとテウトの首の下にある膨らみを見て、「こっちが枕じゃ無いのか」と呟くと、ボッとテウトの顔が真っ赤に染まった。
「こ、これはただの胸です!胸を枕代わりには…… はず、恥ずかし過ぎてちょっと…… 」
「…… 胸」
 胸に向かい顔を擦り寄せると、テウトが「ひゃあああ!」と叫んだが構わずそのままでいた。
 柔らかくてとても温かい。トクン、トクンと音が聞こえ、その音を聴いていると不思議と気持ちが落ち着いた。
「セ、セフィル様…… あの…… 」
「この音は何?」
「…… この音?あ、えっと、心音のコトでしょうか」
「心音?」
「はい、心臓が動く音です」
 心臓…… コレがそうなのか。そっと自分の胸に手を当ててみたが、そんな音は微塵もしない。布越しに感じる体に温かさも無く、自分がテウトの様な生き物では無いのだと、改めて実感した。
「…… このままで休みたい。いつ休むんだ?」
「これが体を休めている状態です。瞼を閉じて、何も考えないでいれば、そのうち眠れますよ」
「そうなんだ?」
「はい」
 …… テウトの言葉に従い、長い時間ジッとしていたが、何も起きない。
 頭の上からはテウトの規則正しい呼吸音が聞こえ、全く動かないから、コレが寝ているってやつなのかもしれないと思った。
 眠るという事が自分には出来ないのかと思うと少し悲しくなったが、テウトの心音と呼吸音をただ聴いているだけで気持ちが落ち着く。
 暗い空間で一人。
 ただ時間が流れていく中にぽつんと存在しているだけだったのに、今は優しい音と仄かなオイルランプの灯りが部屋を満たしてくれている。
 事象としては些細な事なのに、自分にとっては大きな変化だったからか、胸の奥に温かなものを感じた。
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