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【最終章】本当の夫婦に

【第三話】魔塔主との対話②

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「後になってね、君が憑依対象として選んでいた奴らや、消えた都市の事などを調べてみたんだ」と言って、レアンはどこからともなく、大量の紙束をどんってとスキアの目の前に丸テーブルごと置いた。『何故崩れない⁉︎』と不思議に思うくらいに高く、天井にまで届きそうな程に真っ直ぐ積まれた調査書を前にしてスキアが呆れ顔になる。

「…… アンタは、僕のストーカーにまで堕ちたのか?」

「えぇー。いやいや、そこはせめて『探偵にでもなった?』と言って欲しかったな」
 この様子だと手をつける気は無いなと予想したレアンがクスクスと笑う。そんな彼に対し、スキアが呆れ顔を向けた。
「なんにしても…… 相変わらず暇なんだな」
「まぁ、お互いに時間だけはたっぷりあるからね」
 レアンの思った通り、スキアは報告書の山に手を付けようともしない。だが、明かりに晒されている一枚目以外は全てこのままでも目を通そうと思えば容易く出来る事を彼は知っている為、『折角用意したのに見ないのか?』とは訊かなかった。

 そんな態度のスキアを見ていると、遥か昔に、二人が喧嘩別れをした時の情景がレアンの脳内に浮かんできた。
 いずれは暴走しかねないスキアの“危険な遊び”を止めねばならない日が来るかもと、レアンが自分の鱗を使って創った魔法生物の存在が原因だった。最初の頃は『何故理解してくれないのだ』と激怒していた。だが根が穏やかな彼の怒りは今ではもうすっかり落ち着き、次第に『私の行動の何がいけなかったのだろうか?』と冷静に考えるようになった。

(あの子の怒りの理由がわかれば、和解も可能かもしれない)

 そう至った彼は行動を起こした。“黒竜・リュークェリアス”の巨大な本体を隠して当代の魔塔主となり、部下となった魔法使い達を自由に使える様になった時、まず真っ先に彼が“レアン”として取り組んだのは、『歴代の悪名高い犯罪者達の背景を洗い出す事』と『大昔に突如地図から消えた都市についての調査』だった。
 それ以前も彼は、配下にある竜族や懐いている動物達などを使って調べていたのだが、ヒトの言葉を理解していない者達ばかりだったせいで限界を感じていた。わからない事も多かった中、偶然ヒトの体を得る機会があったおかげで今の立場を得たのだが——

 訊かれてもいないのに、別にそこまで言う必要は無いかと思ったレアンは言葉にせぬままそっと瞼を閉じ、一息吐いた。
「配下達にね、ここまで調べさせてやっと、納得したよ。君は暴走なんかしていなかったんだってね」と言い、レアンが一息つき、淡々と言葉を続ける。
「君が一夜にして呑み込んだ都市の住民達は、歴史的にも邪教に分類される宗教が蔓延していたんだ。国の中枢にまで根深く入り込んでいたから、アレはもう改善なんか到底不可能だっただろうな」

『自分の願いを叶える為に、生贄を捧げよ』

 そんな教義の宗教が蔓延していたその国は、欲望の為に平気で他人を惨殺していた。隣人を、友人を、恋人や家族までも。それでも足りずに他国から誘拐してきた者達をも捧げていた彼らの国は滅亡の一途をたどり、もう“死”以外に救いなど無かっただろう。
「へぇ、知らなかったよ」
 そう答えたスキアは興味なさげに窓の外へ視線をやっている。当時の彼としては、ただの八つ当たりで居心地の良い闇を孕んだ地域をそのまま喰らったに過ぎず、内情などは本当に知らなかったみたいだ。

「個々の憑依対象者だった者達も皆、見事に極悪人ばかりだったんだね。——あぁ、もちろん、“ルス”は別だけど」

 調べさせた結果、名もなき頃のスキアが憑依してきた可能性が高い者達は揃いも揃って悪名高い者達ばかりだった。ハーレム作りに明け暮れていた者、金銀財宝を収集し尽くそうとしていた者、暗殺ギルドのトップだった者や魔王など、報告書には名だたる者達の蛮行と名前が列挙されていた。新しい魔法開発の為だけに惨殺を繰り返していた初代の魔塔主も当然その中の一人だ。

「きちんと調べてみたおかげでさ、『善なる者達の被害がゼロだった』なんて嘘は流石に言えないが、君は、君の根っこは変わっていないなと知る事ができたよ」

 “スキア”は生き物の負の感情から生まれ出た存在だ。そんな彼だ、きっと何も考えずに悪感情の塊みたいな者達を選んで取り憑いてきただけだったのだろう。ただ居心地のいい場所を選んできただけにしても、類は友を呼び、“悪”がよりタチの悪い“害悪”に喰い潰されるというパターンばかりで、結局被害に合った者達の大半は自業自得と言える者ばかりだった。初代・魔塔主により無理矢理異世界から誘拐されてきた者達も犯罪者のみで、当代の魔法使い達が転移魔法陣の書き換えに相当苦労した程に、召喚可能な対象者はしっかり限定されていた。
 例外的に魔王・ブリガンテを憑依対象としてしまった後の人的被害は甚大だったが、魔王の自害から六年も経った今ではもう昔の話である。レアンには終わった事をとやかく言う気は無い様だ。

「結局は、友を信じきれなかった私が悪かったんだと思い至ってね、『これはちゃんと謝らないと』って思ったんだけど、色々考えあぐねた結果、『ただ謝罪の言葉を羅列した程度では君は許してくれないな』って気が付いたんだ」

 わかってるじゃないかと言いたげに、スキアが鼻で笑った。
「だからね、私はまず喧嘩の原因となった魔法生物を回収する事にしたんだ」

「…… もしかしてそれって、“監獄の乙女”の事か?」

 そう口にしたスキアの顔色が酷く悪い。どう考えたって、思い当たる存在が一人しかいないからだ。だが、二人ともその名を口にはしなかった。
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