46 / 62
【第四章】歩み
【第七話】異世界への移住④(スキア・談)
しおりを挟む
『……ぁ、ぇ…… 』
何が起きたのか理解が追いつかず、呆然と固まっているルスに向かい、いかにもな魔法使いっぽいローブに身を包んだ、吊り目が特徴的な少年は構う事なく話を続ける。
『初めまして。ボクの名前は“ルートラ”。輪廻の輪に引き込まれた貴女を探し出し、やっと悲願のお迎えに…… ゴホッ!——し、失礼、失礼。知らん事を口にして警戒されたらマズイから「勧誘に来た」って言えって言われていたんだったな…… 。勧誘に!勧誘に来たんだ!』
大声になったり小声になったり、また大声で叫んだりと。一人芝居みたいな事しながら、ルートラと名乗った少年は空中に浮いたままルスに話した。
『かん、ゆー…… 』
そんな言葉をルスが知るはずがなく、何それ?と思っていそうな声色で小さく呟くと、ルートラは何度もうんうんと頷き返した。
『そうだよ。貴女が、こんな世界から逃げたい、消えたい、全てを捨てたいと願うのをずっと待っていたんだ』
『…… 』
爽やかな笑顔をルスへ向けたが、彼女は処理落ちしたみたいにリアンの手を握ったまま黙ってしまった。
『いやー。この世界に産まれていた事まではすぐに突き止めていたんだけどね、初代魔塔主の不祥事のせいで異世界への転移魔法陣は禁忌魔法として封印されていたし、仕方なくそれを引っ張り起こしたり、各国の王族供から魔法の使用許可をもぎ取ったりするのとかで苦労しっぱなしでさぁ。いざ使ってみようとしたら“害悪にしかならない不要な存在”しか召喚対象に出来ないっていう制約が魔法陣に根強く紐付けされていたから、それをどうにか“不要な存在の周囲の者も召喚対象者として含む”ってとこまで条件を緩めたり、発動の為にはアホみたいに莫大な量の魔力が必要だったものを異世界のモノを代償として捧げる事で補える様に術式を書き換えたりするので、これまためちゃくちゃ時間かかっちゃって。それ以外にも受け入れ準備をしたり、だけど貴女だけでは目立つから他の移住者も大量に用意したり——ってぇぇ!混乱するから言うなって言われてるのにっ!』
己の口の軽さに気が付いて慌てて両手で口を塞ぐが時遅く。でも、ルートラがちらりとルスを見たが、彼女はやっぱり固まったままで、全く話を理解出来ていなかった。
『おっしゃー!わかってない!って事は、言ってないと同義!ボクは師匠に怒られない!』
ぐっと両手に拳を作って頭上高く掲げる。二、三秒そのままだったが、ルートラは頬を染め、咳払いをしながらそっと腕を下ろす。
『煩かったよね、ごめん』
首を横に振って、ルスが答える。そんな彼女の近くにそっと降りると、ルートラはその場にしゃがみ、ルスと視線の高さを合わせた。
『改めまして。ねぇねぇ、ボクと、貴女が生きるべき世界へ一緒に行きませんか?』
『…… 』
『もちろん貴女であっても例外なく代償は必要だけど、ソレは全て“貴女にとって不用なモノ”だけで賄えるから、安心していいよ』
ニッと笑ったルートラの表情に影が差す。悪意に満ちた影だ。だがその悪意はルスへ向けられたものではなく、彼女を害した者へ向けられた感情であるとすぐにわかった。
部屋の状況、彼女の姿、側で眠る赤ん坊のリアン。ルスの置かれたこの環境が、言葉で語らずとも境遇の全てを物語っているから、ルートラは既に全てを察したのだろう。
『ねぇ、行こう?ボクの師匠が貴女が来るのを待っているんだ』
ルートラがルスへ手を差し出したが、彼女は取ろうとしない。だけど彼は辛抱強くルスへ声を掛ける。
『此処から消えちゃおうよ、ね?』
『…… き、える?』
『うん。此処から助けてあげる。そこの赤ん坊も、一緒にね』
優しい笑みを浮かべる。そんなルートラの顔を少しの間じっと見ていたルスは、黙ったままゆっくり頷いた。
『い、いく。きえる。…… た、たすけ、て…… 』
掠れた声でそう言い、ルスは震える手でルートラの服の袖をぎゅっと掴んだ。
『任せて!これからは素晴らしい人生が待っていると約束するよ!』
ルートラはルスとリアンを両手に抱え、すくっとその場で立ち上がった。彼だってまだ少年だろう体格なのだが、栄養不足で小柄なルスと赤ん坊であるリアンを難なく腕に抱き、宝物でも見付けたみたいに優しく微笑んだ。
『じゃあ行くよ。貴方が居るべき世界へ、逢うべき者が待つ場所へ!』
大きな声でそう叫び、ルートラが歌うような音色で呪文を唱えて異世界への転移魔法陣を起動させた。薄暗かった室内に複雑な術式で組まれた巨大な魔法陣が現れ、赤や青といった複雑な発色をしながら美しく輝く。同時に部屋の中に高く積まれていた段ボールや家具とった物が浮き上がり、魔法陣の中へ吸い込まれていった。
『これらは復興の備品になりそうだから、ついでに貰っていくね』
無言で頷くルスに笑顔を向けると、『そして貴女が、貴女達払う代償は——』とまで言ったルートラの言葉の続きが、魔法陣から噴き出してくる風の音で掻き消える。
全てを巻き上げていく程の風の強さに驚いてルスがルートラの服にしがみつき、彼の顔を見上げた。この時、少年の声を完全に聞き取れなかったからルスは今もまだ自分が払った代償が何かを知らないでいるみたいだが、僕はルートラの口の動きを見逃さなかった。
『代償は母親と、君へ悪意を向けた全ての者達の命だ』
——と。
風の音で聞き取れていないと確信し、少年は暗い笑みを浮かべている。
それを知り、嬉しさよりも悔しさが上回った。…… あんなモノ達は、僕がこの手で殺したかったのに。
何が起きたのか理解が追いつかず、呆然と固まっているルスに向かい、いかにもな魔法使いっぽいローブに身を包んだ、吊り目が特徴的な少年は構う事なく話を続ける。
『初めまして。ボクの名前は“ルートラ”。輪廻の輪に引き込まれた貴女を探し出し、やっと悲願のお迎えに…… ゴホッ!——し、失礼、失礼。知らん事を口にして警戒されたらマズイから「勧誘に来た」って言えって言われていたんだったな…… 。勧誘に!勧誘に来たんだ!』
大声になったり小声になったり、また大声で叫んだりと。一人芝居みたいな事しながら、ルートラと名乗った少年は空中に浮いたままルスに話した。
『かん、ゆー…… 』
そんな言葉をルスが知るはずがなく、何それ?と思っていそうな声色で小さく呟くと、ルートラは何度もうんうんと頷き返した。
『そうだよ。貴女が、こんな世界から逃げたい、消えたい、全てを捨てたいと願うのをずっと待っていたんだ』
『…… 』
爽やかな笑顔をルスへ向けたが、彼女は処理落ちしたみたいにリアンの手を握ったまま黙ってしまった。
『いやー。この世界に産まれていた事まではすぐに突き止めていたんだけどね、初代魔塔主の不祥事のせいで異世界への転移魔法陣は禁忌魔法として封印されていたし、仕方なくそれを引っ張り起こしたり、各国の王族供から魔法の使用許可をもぎ取ったりするのとかで苦労しっぱなしでさぁ。いざ使ってみようとしたら“害悪にしかならない不要な存在”しか召喚対象に出来ないっていう制約が魔法陣に根強く紐付けされていたから、それをどうにか“不要な存在の周囲の者も召喚対象者として含む”ってとこまで条件を緩めたり、発動の為にはアホみたいに莫大な量の魔力が必要だったものを異世界のモノを代償として捧げる事で補える様に術式を書き換えたりするので、これまためちゃくちゃ時間かかっちゃって。それ以外にも受け入れ準備をしたり、だけど貴女だけでは目立つから他の移住者も大量に用意したり——ってぇぇ!混乱するから言うなって言われてるのにっ!』
己の口の軽さに気が付いて慌てて両手で口を塞ぐが時遅く。でも、ルートラがちらりとルスを見たが、彼女はやっぱり固まったままで、全く話を理解出来ていなかった。
『おっしゃー!わかってない!って事は、言ってないと同義!ボクは師匠に怒られない!』
ぐっと両手に拳を作って頭上高く掲げる。二、三秒そのままだったが、ルートラは頬を染め、咳払いをしながらそっと腕を下ろす。
『煩かったよね、ごめん』
首を横に振って、ルスが答える。そんな彼女の近くにそっと降りると、ルートラはその場にしゃがみ、ルスと視線の高さを合わせた。
『改めまして。ねぇねぇ、ボクと、貴女が生きるべき世界へ一緒に行きませんか?』
『…… 』
『もちろん貴女であっても例外なく代償は必要だけど、ソレは全て“貴女にとって不用なモノ”だけで賄えるから、安心していいよ』
ニッと笑ったルートラの表情に影が差す。悪意に満ちた影だ。だがその悪意はルスへ向けられたものではなく、彼女を害した者へ向けられた感情であるとすぐにわかった。
部屋の状況、彼女の姿、側で眠る赤ん坊のリアン。ルスの置かれたこの環境が、言葉で語らずとも境遇の全てを物語っているから、ルートラは既に全てを察したのだろう。
『ねぇ、行こう?ボクの師匠が貴女が来るのを待っているんだ』
ルートラがルスへ手を差し出したが、彼女は取ろうとしない。だけど彼は辛抱強くルスへ声を掛ける。
『此処から消えちゃおうよ、ね?』
『…… き、える?』
『うん。此処から助けてあげる。そこの赤ん坊も、一緒にね』
優しい笑みを浮かべる。そんなルートラの顔を少しの間じっと見ていたルスは、黙ったままゆっくり頷いた。
『い、いく。きえる。…… た、たすけ、て…… 』
掠れた声でそう言い、ルスは震える手でルートラの服の袖をぎゅっと掴んだ。
『任せて!これからは素晴らしい人生が待っていると約束するよ!』
ルートラはルスとリアンを両手に抱え、すくっとその場で立ち上がった。彼だってまだ少年だろう体格なのだが、栄養不足で小柄なルスと赤ん坊であるリアンを難なく腕に抱き、宝物でも見付けたみたいに優しく微笑んだ。
『じゃあ行くよ。貴方が居るべき世界へ、逢うべき者が待つ場所へ!』
大きな声でそう叫び、ルートラが歌うような音色で呪文を唱えて異世界への転移魔法陣を起動させた。薄暗かった室内に複雑な術式で組まれた巨大な魔法陣が現れ、赤や青といった複雑な発色をしながら美しく輝く。同時に部屋の中に高く積まれていた段ボールや家具とった物が浮き上がり、魔法陣の中へ吸い込まれていった。
『これらは復興の備品になりそうだから、ついでに貰っていくね』
無言で頷くルスに笑顔を向けると、『そして貴女が、貴女達払う代償は——』とまで言ったルートラの言葉の続きが、魔法陣から噴き出してくる風の音で掻き消える。
全てを巻き上げていく程の風の強さに驚いてルスがルートラの服にしがみつき、彼の顔を見上げた。この時、少年の声を完全に聞き取れなかったからルスは今もまだ自分が払った代償が何かを知らないでいるみたいだが、僕はルートラの口の動きを見逃さなかった。
『代償は母親と、君へ悪意を向けた全ての者達の命だ』
——と。
風の音で聞き取れていないと確信し、少年は暗い笑みを浮かべている。
それを知り、嬉しさよりも悔しさが上回った。…… あんなモノ達は、僕がこの手で殺したかったのに。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
大神官様に溺愛されて、幸せいっぱいです!~××がきっかけですが~
如月あこ
恋愛
アリアドネが朝起きると、床に男性のアレが落ちていた。
しかしすぐに、アレではなく、アレによく似た魔獣が部屋に迷い込んだのだろうと結論づける。
瀕死の魔獣を救おうとするが、それは魔獣ではく妖精のいたずらで分離された男性のアレだった。
「これほどまでに、純粋に私の局部を愛してくださる女性が現れるとは。……私の地位や見目ではなく、純粋に局部を……」
「あの、言葉だけ聞くと私とんでもない変態みたいなんですが……」
ちょっと癖のある大神官(28)×平民女(20)の、溺愛物語
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。
ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい
えーー!!
転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!!
ここって、もしかしたら???
18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界
私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの???
カトリーヌって•••、あの、淫乱の•••
マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!!
私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い••••
異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず!
だって[ラノベ]ではそれがお約束!
彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる!
カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。
果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか?
ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか?
そして、彼氏の行方は•••
攻略対象別 オムニバスエロです。
完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。
(攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R18】魔法使いの弟子が師匠に魔法のオナホで疑似挿入されちゃう話
紅茶丸
恋愛
魔法のオナホは、リンクさせた女性に快感だけを伝えます♡ 超高価な素材を使った魔法薬作りに失敗してしまったお弟子さん。強面で大柄な師匠に怒られ、罰としてオナホを使った実験に付き合わされることに───。というコメディ系の短編です。
※エロシーンでは「♡」、濁音喘ぎを使用しています。処女のまま快楽を教え込まれるというシチュエーションです。挿入はありませんがエロはおそらく濃いめです。
キャラクター名がないタイプの小説です。人物描写もあえて少なくしているので、好きな姿で想像してみてください。Ci-enにて先行公開したものを修正して投稿しています。(Ci-enでは縦書きで公開しています。)
ムーンライトノベルズ・pixivでも掲載しています。
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる