上 下
29 / 62
【第三章】発想の出所は……

【第三話】番報告(スキア・談)

しおりを挟む
 予想通り、ルスの作った朝食は前回と同じく、焼いただけの肉と千切ったレタスのサラダなどといった具合だった。でもまぁ今回は切ったトマトをレタスにのせて、追加でクルトンとチーズをトッピングしてあったから前よりも少しは上達…… したと思っておこう。世の中には何度練習しても焦げた塊しか作れない程に壊滅的な料理の腕前の者もいるらしいので、ルスはまだマシな方と言えるな。

 ルスが焼いた肉とレタスにマヨネーズベースの特製ソースをかけてからパンで挟み、サンドイッチに改造したあたりでシュバルツが今日も朝食を食べに来た時はぶん殴りたい気持ちになったが、家主であるルスが何とも思っていないみたいだったので、結局また今回も四人での食事となった。シュバルツから聞いた話だと、本当ならマリアンヌもこの朝食の席に参加したいらしいのだが、このタイミングでは山猫亭のモーニングセットの提供時間と被っている為、『仲間はずれだなんて酷いわっ!その時間は仕事だから、アタシだけ行けないじゃないの!』と言ってガチ泣きしていたそうだ。

『嫁候補の機嫌を取る為にも、こっちで食事をするよりは山猫亭を手伝った方が喜ばれるんじゃないのか?』

 シュバルツがマリアンヌを堕とせるとは思えないから、どうせ意味の無い発言だと気が付いてはいても、此処に存在するだけで邪魔過ぎて、どうしたって言いたくなる。だがもうとっくにシュバルツもそう提案したそうなのだが、『貴族育ちの御坊ちゃまが突然来ても、忙しい中ご丁寧に面倒見てあげる気なんか無いわよ』と一蹴されたそうだ。


 変な組み合わせでの無駄に騒がしい食事が終わった後。早速僕とルスがリアンを保育所まで送って行こうとすると、『今日はボクに任せてくれないか?』とシュバルツに提案され、流れで送迎を頼む事となった。悪いからと二、三度ルスは断ったのだが、『義弟を送って行くくらい任せてくれ!』と義兄面してリアンを抱き上げた時は顔面に回し蹴りでもかまそうかと思ったのだが、結局は半ば強引に押し切られて今に至る。

「大丈夫、かな。シュバルツはリアンの保育所の場所とか、ちゃんとわかるんだろうか?」

「問題無いだろ。ソワレ此処は小さな町だから、保育所はまだ一箇所しか無いしな。それに、念の為ヤタを同行させただろう?もしシュバルツが馬鹿をやって変な奴に絡まれても、あの子が対応してくれるさ。一羽だけでこの町くらいなら制圧出来るくらいには強いから心配ない」
「流石は八咫烏だね!」
「確かに器用な子ではあるけど、“神の使い”を自称できる程じゃないぞ」
 ヤタの技量に安心したのか、先程までは心配していそうなルスの表情がすっかり元通りのアホ面になった。


 ダイニングテーブルに並ぶ、空っぽになった食器を片付けるのを手伝う。すると僕よりも一歩先にキッチンに到着していたルスが、「そういえば——」と何かに気が付いて急に振り返った。
「今日のヤタはお洒落さんだったね。前にスキアが呼んだ時は、白くって丸い飾りなんて頭につけていなかったのに」
 汚れている食器をキッチンの洗い場に置きながらルスが首を傾げる。僕はそんな彼女の注意力の低さに呆れ、ため息をついた。
「アレは洒落た飾りじゃなくって、ユキだろ」
「…… ユキ?え?あの二羽、いつの間にお友達になったんだろう?」

「ヤタとユキは、友達じゃなくって番だぞ?」
「…… 。——つ、番⁉︎」

 一瞬『番』の意味が思い出せなかったみたいだったが、次の瞬間には目を見張っていた。どうやらルスは、ユキからその事を知らされていなかったみたいだ。
「え。全然サイズも種族も違うけど、大丈夫なのかな」
 無垢なルスの事だ。交尾時の心配をしているとは思えないから、きっと深い考えの無い単純な疑問だろう。
「ヤタだって考えあっての行動だろうから、心配はいらないだろ」
「そっかぁ。番になったんだ、あの子達」
 リアンの送迎の件の時以上に不安そうな顔をし、ルスがそっと視線を落とした。単純そうなシュバルツとは違って、まだルスはヤタの本性をよく知らないせいだろうか。

(確かにヤタは、信用に足る様な『良い子』ではないから、この反応も無理はないか)

 ヤタの本質は、僕と相性がいい時点でお察しだ。楽しい事を好み、他者を害する事に罪悪感を抱かず、独占欲が強い。気に入ったモノは、それが物だろうが生き物であろうが関係無くコレクション化する癖があるから、ユキはもう一生ヤタから逃げる事は不可能だろう。
 案の定、ユキの首周りに緩く巻かれた伝書鳥の契約魔法陣には既に、ヤタと僕以外には見えない魔力で編まれたドス黒い鎖が結んであった。互いの魔法陣を繋ぎ、遠くには離れられない様にしたのだろう。あの鎖には触れる事も不可能なので邪魔にはならないが、当然解く事も出来ないから、この先ユキが他の鳥に惚れる何て事態にはならない事を願うばかりだ。

「少なくとも、この先ユキが淋しい思いをする事はないだろうな。ヤタは、えっと…… 大事に、するタイプだから」

 徹底的に甘やかして自分だけに依存させたがる難儀な性格の烏だとはとてもじゃないが言えないから、言葉を濁す。
「そっか。ヤタも優しい子なんだね」
 そうは言いつつもまだちょっと心配そうな顔をしているが、そんな気もそぞろといった様子がムカつく事に可愛いと思えてしまう。悔しい事に、この瞳が僕だけを見たらいいのに…… とも。

「それにしても、僕達の伝書鳥同士が番になるとか、面白い事もあるもんだな」
「そうだね。ワタシ達も夫婦で、あの子達もそうだなんて、なかなかないよね」
 食器を洗いながらルスが控えめに笑う。彼女が洗い終えた食器を拭き、食器棚に片付けながら「ホント、そうだよな」と僕は答えた。

 確かに、僕もそんな事になるとは一切考えてはいなかった。

 ヤタは他の烏達よりも抜きん出て賢い鳥ではあったが、その為他の鳥達を小馬鹿にしていたから、番をつくろうとした事なんて一度もなかった。なのに今回は出逢ってすぐに気に入って番にまでしたのだから、ユキの性格や容姿が余程ツボだったのだろう。
「いいなぁ…… ヤタが羨ましいや」
「ヤタが、か?」
「うん。ユキはワタシに懐いていないからね。あの子と契約をしてからもう一年は経ったけど、いまだにお仕事も頼みにくいくらいだし」
「ルスはユキに気を遣い過ぎだろ」
「そうかな」
「そうだろ。伝書鳥は伝書を運ぶ事を誇りに思っている子が多いから、懐いていないからと気を遣って仕事を頼まないままでいるその判断が、より一層互いの心の距離を引き離しているんじゃないのか?」
 ルスがはっとした顔をする。その可能性があるかもと、今まで一度も、本当に全く全然ちっとも考えていなかったみたいだ。
「一度ちゃんと話し合ってみたらどうだ?『番が出来たお祝いをしたい』とでも言えば、流石に話を聞いてくれるんじゃないのか?」
「そうだね!お祝い、いいね!」
 ルスが嬉しそうにパンッと手を叩く。だけどどうやって祝ったらいいのか全く思い浮かばないのか、すぐに無言のまま完全に固まってしまった。

(…… 祝った経験なんか、あるはずがないもんな)

 ふと、前の世界に居た頃のルスの姿が頭をよぎった。ボサボサ頭で、大人用の大きな服を着た枯れ木の様な姿と、今の彼女の姿が重なって見える。『あんな経験をしてきたんだ、どん底に堕とす前に少しくらい幸せを経験させてやるか』と考え、僕はぽんぽんっとルスの頭を軽く叩くみたいに撫でてやった。

「一人で気負わずに一緒にやろう。ユキの番の相手は、僕の伝書鳥なんだからな」
「ありがとう!スキア」

 今日一番と言える眩しい笑顔を僕に向ける。こんな事くらいで喜ぶとか、本当に単純な奴だ。だけど…… そんな笑顔を可愛いと感じてしまう僕は、もっと単純な男に落ちてしまったのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】本音を言えば婚約破棄したい

野村にれ
恋愛
ペリラール王国。貴族の中で、結婚までは自由恋愛が許される風潮が蔓延っている。 奔放な令嬢もいるが、特に令息は自由恋愛をするものが多い。 互いを想い合う夫婦もいるが、表面上だけ装う仮面夫婦、 お互いに誓約書を作って、割り切った契約結婚も多い。 恋愛結婚をした者もいるが、婚約同士でない場合が多いので、婚約を解消することになり、 後継者から外され、厳しい暮らし、貧しい暮らしをしている。 だからこそ、婚約者と結婚する者が多い。だがうまくいくことは稀である。 婚約破棄はおろか、婚約解消も出来ない、結婚しても希望はないのが、この国である。 そこに生まれてしまったカナン・リッツソード侯爵令嬢も、 自由恋愛を楽しむ婚約者を持っている。ああ、婚約破棄したい。 ※気分転換で書き始めたので、ゆるいお話です。

熟練度カンストの魔剣使い~異世界を剣術スキルだけで一点突破する~

あけちともあき
ファンタジー
天下御免のニートにして、廃人ゲーマーの久保田悠馬。 彼はリアルから卒業してニートとなり、ゲームに没頭する。 ゲームを卒業してリアルに戻っていった親友から送られた魔剣を手に、活躍する悠馬。 ついに彼は剣術スキルをカンストさせる。 その瞬間、謎の表示とともに、悠馬は異世界へ転移していた。 転移したのは、三つの宗教がしのぎを削り、その他の信仰の存在を許さない暗黒の時代。 あろうことか、悠馬はこの世界に来て早々に、処刑されようとする少女を救ってしまい……。 三大宗教最大の宗派を敵に回してしまう。 ムッツリスケベでコミュ障で、イマイチ空気が読めなくてタイミングの悪い男。 しかしてその正体は、世界最強の剣士。 戦士ユーマの冒険が始まる。

One night stand after〜俺様カメラマンと一夜限りの関係のはずが気付けば愛執に捕らわれていました〜

玖羽 望月
恋愛
長森 瑤子(ながもり ようこ) 35才、独身。結婚なんて考えない。でも男は欲しい。だから私は夜の街へ出かける。 ある日、誰にも言ってない秘密が、あの人に知られてしまった……。 「じゃあ……。俺でストレス解消する?」 「は? しませんが」 「なんで? 誰でもいいんだろ?」 誰でもいいわけじゃなかった。 後腐れのない人しか相手にしなかったのに、私はあの人の誘いに惑わされた。 そしてあの人は、可愛げがないと言いながら私を抱いた。 その先にあったものは……。 ヒロインとヒーローの相互視点です。 R18シーンのあるページは*が付きます。 初出はエブリスタ様にて。 本編  2020.4.1〜2021.3.20 番外編 2021.4.24〜2021.5.9 多少の加筆修正はしていますが、話は変わっておりません。 ムーンライトノベルズと同タイトルに変更しました。 関連作品(この作品の登場人物が出てきます) 「【R-18】月の名前〜年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月まで〜」 「天使に出会った日」

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

よいこ魔王さまは平穏に生きたい。

海野イカ
ファンタジー
史上最も嫌われた魔王と名高い第67魔王デスタリオラは、勇者との戦いに敗れた後、気づけば辺境伯の娘として生まれ直していた。おかしな役割を押し付けられたものの『魔王』よりは気楽に生きられそうだと軽く承諾。おいしいものをいっぱい食べて、ヒトとしての暮らしを平穏にエンジョイしようと決意。……したはずが、襲撃やら逃亡やら戦闘やら何かと忙しく過ごす、元魔王お嬢様のおはなし。 (挿絵有の話はタイトルに ✧印つき)

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...