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【第二章】嫁々パニック

【第二話】食事をしながら——(スキア・談)

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 貧相な朝食の間にルスが自分達の事を色々と教えてくれた。『会話』と言えるやり取りをしながら食事(と言うのも烏滸がましいが)をする機会が滅多に無いらしく、ついテンションが上がってしまったっぽい。とは言っても、ルスは別に騒がしいタイプじゃないから、『ちょっと口数が多いな』くらいなものだったが。

(多少は言葉を理解してはいるみたいだが、まだ獣人化も出来ないリアンじゃ『会話』にはならないもんな)

 話の内容としては、ルスが今は十八歳・リアンが一歳である事。異世界からスカウトされてこの世界に来た移住者であり、ヒーラーである事。一年前からこの世界で生活している事。ギルドから仕事を紹介してもらってはいるが、あまり収入が得られなくて食料を買う余裕も無かったからこんな感じの食事内容になってしまった事などを、訊いてもいないのに教えてくれた。一部知っている内容と多少の違いはあったが、まぁ今後の生活に支障はないだろう。

 勝手に得たルスの“記憶”の一部を振り返ってみても、確かに毎食レタス・林檎・肉くらいしか食べていない。ひとまず肉と野菜と果物を食べておけば死なないだろうという魂胆が感じられるが、どう考えたってこれでは栄養不足だろ。成長期であるリアンも居るんだし、昨日の一件のおかげで収入面の改善は出来るだろうから、この先はもっとちゃんと栄養を考えて食事を用意してやらんと——

(ってぇぇ!何真っ当な事を考えてんだ、僕は!)

 …… いやいや、こ、これは必要な優しさだ。上げて堕とす。その目的の為にもたっぷり優しくしてやるんだ。散々甘えさせ、贅沢をさせて金を使う癖もつけさせよう。今までずっと極貧生活だった分、『贅沢』という蜜の甘さにはそう簡単には抗えないはずだ。思いのまま欲しい物が手に入ると言う快楽に慣れていけば目の前の物を手に入れる為には何だってする様になるだろう。人間も魔物も獣人も、所詮は欲深い生き物なのだからな。

「それにしても、異世界からの移住者ねぇ…… 」
「うん。最初の三ヶ月は教育期間を設けてくれて、この世界の事を勉強したりもしてたんだよ」
「異世界への転移魔法陣をそんなふうに使うとは…… 」

 ——以前の僕は、“魔王”となった魔物に取り憑く前に、人間の魔法使いに取り憑いていた。

 僕との契約により無尽蔵に使える魔力を得たことで、初代・魔塔主となった者だ。そして今話題に上がった“異世界への転移魔法陣”は当時の魔塔主と僕が創りあげた物である。その者と共に異世界から様々な生命を連れ去って来ては、彼と共に新しい魔法開発の為の実験材料にしたり、何の意味も無く水責めにしたり焼いてみたり、バラバラにして遊んだりもした。その行為が当時の王族達にバレてしまい、魔塔主が死刑になった時は『流石にやり過ぎたなぁ』と多少は後悔したもんだ。
 もうアレでは遊べそうに無いからと連行直前に見限って、奴から僕が離れたせいで魔塔主は、下っ端の魔法使い以下に成り下がった。元々、僕がいなければその程度の実力の奴だったんだ。だからこそ契約した。ちょっと強くなった程度ですぐその力に溺れて堕落していったが、連行されて行く姿は惨めなものだったな。力自慢の騎士達に取り押さえられて身動きも取れず、涙どころか涎まで垂らして泣き叫んでいた彼の姿を思い出しては、その後何度も何度も達成感を味わっていたのだが…… 不思議と今は、胸の奥がモヤッとする。全然楽しくない。むしろ『何であんな姿を楽しいと思って見る事が出来ていたんだ?』とまで考えてしまい、僕は慌ててかぶりを振った。

「どうしたの?」
 思考の海に嵌っていた僕を不思議に思ったのか、食事の手を止めてルスが問い掛けてきた。
「ん?あ、いや、何でも無いよ。——それにしても、よくまぁ異世界への転移魔法陣を再起動にまで漕ぎ着けたな。アレは半端な腕で扱うには危険過ぎるからと二代目の魔塔主が封印したはずなのに。それにアレは、充分な魔力を用意出来ないまま起動させれば代償が必要になるのに…… 」
 口元にそっと手を当てて、『僕との契約者でもなければ無理なはずだが』と考えていると、ルスがこちらにキラキラと眩しい瞳を向けてきた。

「スキアは物知りなんだね!」
「…… 長く生きてりゃ、まぁ」

 ルスは嬉しそうに、ふさっとした大きな尻尾をパタパタとさせている。側に居るリアンも同じように尻尾をパタつかせているが、こっちはきっと、ただ姉を真似ているだけだろう。
「ちなみに、移住者は皆、その『代償』ってやつを払ってこっちに来てるらしいよ。私達の場合は『当時住んでいた部屋にあった物全て』と『君に、最も不要なモノ』を貰うと言われてスカウトを受けたの」
「部屋にあった物…… 」
 “夢”、として見たルスの過去を思い出す。『業者の倉庫か?』ってくらいに同じ物が大量にあったから、あれらは確かに復興資材としてはありがたい代物だったのだろうと理解出来た。だが、『最も不要なモノ』とは一体何だったのだろうか?
「みんな、その時に払った『代償』を使ってこっちへ来て、それの余剰分でこの世界で生きていく為の姿を得たり、魔力を使える様にしてもらったりしたんだよ」

「ふーん。——んで?アンタの『最も不要なモノ』っていうのは、具体的に何を代償としたんだ?」
「わかんない」

 緩く首を横に振るルス達の様子に嘘や隠し事は感じられない。本当に知らされていないようだ。だが、過去の記憶を垣間見た“夢”ではどう見ても人間だったルスが、今は獣耳と尻尾のある獣人の様な外見である理由がわかった。『代償』の余剰分のおかげなのだろう。
「でも、そのおかげで当時は赤ん坊だったリアンをワタシでも面倒を見やすい様にと動物の子供にしてもらったり、姉弟っぽく見えるようにワタシにも尻尾と獣耳をつけて貰えたの。でもワタシは獣化したりとかまでは出来ないから、エセ獣人でしかないんだけどね」

(弟の方に、代償の余剰分を相当多く使ったって事か)

 希少種であるフェンリルへの変貌となると、本当に一体何を代償にしたのやら。ルスが知らない以上僕には確かめる術は無い。だが、知らなくても困らない事でもあるから、まぁいいか。


「——さて、そろそろギルドに行こうかな」
 そう言って、ルスが椅子を立つ。朝食に使った食器を洗い場に下げる為に集める彼女の足元にリアンが飛び降りると、姉の脚や尻尾で甘えるみたいにして遊び始めた。
「昨日あれだけ稼いだんだ、今日くらい休んでも良いんじゃないのか?」
 僕もルスと一緒にキッチンに行き、食器を洗い始めた彼女の横で皿を拭いて棚に片付けていく。
「今日くらいのんびりしていても良いだろ。昨日は二十ゴールドも稼いだから、今月はもう働かなくてもいいくらいだ」

(それよりももっと大事な、今日中にやっておかないといけない事もあるしな)

「瀕死になる程頑張ったんだ。しばらく休んだって、誰も責めたりはしないと思うけどな」
「うーん…… でも、ヒーラーは不足気味だし」
「不足気味ってだけで、『他にはいない』って訳じゃないんだろ?出費は嵩むが回復薬を持って行くって手もあるんだし気負う必要は無いさ。——な?リアンもそう思うよなぁ?」
 構って欲しそうに僕達の足元をウロウロしていたリアンを抱き上げて、「お前だってたまには姉ちゃんと遊びたいだろう?」と声を掛ける。すると言葉の意味がわかっているのかどうなのか、リアンは「わうっ!」と元気に声をあげた。
「リアンも今日は保育所を休みたいってさ」
 義弟の言葉なんかさっぱり理解出来ないのでテキトウな事を言ったが、「仕方ないなぁ」とルスが苦笑いを浮かべた。

 片付ける必要もない程の部屋だが、二人で一緒に掃除でもして、昼前には市場で色々つまみながら食材でも買って来よう。

 心の隙間に、早く入り込める様に。
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