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【第一章】出逢い

【第六話】契約②(とあるイキモノ・談)

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『…… なま、え…… 』
「うん。…… 何て、呼べばいいのかな」

(知るか!そんなの。——あぁもういい、勝手にしろ)

『ア、アンタの好きに呼べばいい。別に僕は“お前”でも“アンタ”でも、“おい”って呼ばれようが、反応はするんだし』
 そもそも持っていないものを教える事なんか出来やしないんだ、これ以上は訊かないで欲しい。そんな気持ちでいたせいか、随分と投げやりな声色になってしまった。
「好き、に…… ?」
『あぁ、好きにしていい』
 僕がそう言うと、“ルス”と名乗った少女の口角が少しあがった。

「…… じゃあ、“スキア”って呼ぼうかな」

 楽しそうに笑顔を浮かべているみたいだが、何処もかしこも血塗れなせいで少し怖い。これではまるで猟奇殺人鬼みたいだ。
『スキア?』
「そう、“スキア”。意味はねぇ、確か…… “影”だったはずだよ。姿は見えないけど、こうやって、影みたいに傍に居てくれているから」

 僕に心臓があれば、ドキッとしていたに違いない。
 まさか僕が、実体を持てぬ時は影に溶け込んで生きるしかない存在であると、ルスはわかっていてこの名前を選んだのだろうか?生き物達が負の感情を抱き始め、それらが少しづつ影の中で蓄積されて、ついぞ意思を持ったイキモノが僕であると、彼女は知って…… ?

 いや、そんなはずは無いか。
 誰にも知られず、契約によりそうと知った契約者達相手も今まで全て、食い潰して生きてきたんだから。

「別の、名前がいい?」
 僕が黙っていたせいか、ルスの声は少し不安げだ。
『いや、大丈夫。…… “スキア”か、良いんじゃないかな』
 その名を口にしていると、じわりと自分に馴染んでいく感じがする。一度も経験の無い、何だかとても…… 不思議な感覚だ。

『じゃ、じゃあ、早速契約を交わそうか』
「あぁ、うん…… 。そうだね」
 返事をし、ルスがゆっくりと頷く。何とかそのくらいは出来るまで回復が進んできたみたいだ。

(マズイな、予想よりも回復が早い)

 早く契約を結ばないと、気が変わって『やっぱりやめる』と言い始めるかもしれないし、僕と契約する事のデメリットを訊かれたりもするかもしれない。だが、名前と同じく、『そんなものは無い』が答えなので焦る必要はないのだが…… 過去の玩具達が自害した人数を考えると、『デメリットなど無い』というのは嘘になるのかもな。

『アンタは、ヒーラーだもんな?』
「うん」
『ヒーラー…… なぁ』
 僕と契約を交わすと、その印となる魔法陣型の“契約印”が憑依先となる者の体に刻まれる。だけど、通常ならば召喚士でもない存在が“何か”と契約をした印がある事などまず無い。歴史的にみても、僕と契約を交わした者くらいしか契約印の刻印者はおらず、それらは残らず全て悪名高い者ばかりだ。

 このまま何も考えずに契約を結ぶと、悪魔との契約者扱いされる可能性もあり得る。

 ルスがヒーラーである以上、いつか神殿から呼び出されて聖水製造に携わる事があるかもしれない。確かアレは、大量の水の中に回復魔法の使える者が全裸で浸かり、魔力を流し込むという羞恥プレイを強要されるイカれた儀式だ。万年童貞の老害神官共にぐるっと周囲を囲まれて、綺麗な娘が何十分も全裸のまま祈りを捧げさせられるだなんて下心しか感じられない。そんなクソみたいな羞恥的儀式の中で契約印を神官共に見られでもしたら、ルスはそのまま火炙りにされてしまうだろう。

(ん?それはそれで面白いかもしれないな)

 ちょっとそんな事を考えたが、真っ白だった修道女風のワンピースを自身の血で真っ赤に染めている姿を見ていると、もっと違う方法で堕とした方が楽しめる気がしてきた。

(そっか。ルスは女性体だ、絶対に見えない場所に刻印を隠せばいいのか)

『ちょっとだけ体に触れるけど、暴れちゃ駄目だぞ?』
 彼女の全身の骨はまだ折れたままだ。なので殆ど体を動かせる状態ではないのだが、一応警告しておく。もっとも、触れるのはほんの一瞬だけだし、麻痺している体では例え強く触れたとしても全くわからないままだろうけど。
 最適な箇所は常に真っ暗な状態なので、体勢を変えさせる必要もなく契約の印を刻み込む。魔法陣が描かれていく少しの間だけその箇所が光を帯びていたが、それもすぐに消え、外部からは一切契約の印を認識する事の出来ない状態に出来た。
『よし。終わったぞ、お疲れ様。そうそう、契約が体に馴染むまでの間は僕の魔力を定期的に与える為に触れないといけないんだ。あと、アンタの持っている能力は徐々に強化されていく感じになるから、今いきなり最上級の回復魔法を使える様になる訳ではないので悪しからず』
「うん、わかった」
『今のこの体の状態を瞬時に治すくらいの魔力は分けてあげよう。だから、近いうちに美味しい物でもご馳走してくれよ』
 意地の悪い声色でそう言うと、ルスは「お手柔らかに」と答えて苦笑いを浮かべたのだった。


『——どうだ?体の状態は大丈夫か?』
 魔法で自己回復を遂げ、ルスはすっかり元気そうに立っている。剣で切り裂かれたスカートの裾や、血塗れで真っ赤になっている服なんかは現状だとまだどうにも出来ないのでそのままだ。
「うん、大丈夫そう。…… ありがとう」
 何処からともなく声のする状況だからか、ルスの視線が彷徨っている。礼を言う対象が見えないというのは対応し難いみたいだ。
『じゃあ次は僕の番だ』
「そうだね。ワタシは、何をしたらいいの?」
『アンタはただ、想像するだけでいい。僕にこうなって欲しいって姿を考えてみて』
「…… なって欲しい、姿?」
 きょとん顔でルスが首を傾げている。驚く程何も浮かんでいないせいで、僕も体を造れない。これから使うのは契約者の想像力に完全依存する魔法なのだが、コイツの場合は言葉で少し補助してやらないと無理そうだ。
『そうだな、傍に居て欲しい者の姿を浮かべてみるのはどうかな。長い期間一緒に居る事になるから、好みの容姿とかもでもいいと思う』
「傍に、か。…… わかった気がする。やってみるね」
『あぁ、頼むよ』
 ルスはその場に膝をつき、すっかり夕日が沈んで暗くなり始めた空に向かって祈りを捧げる様な体勢になった。瞼を閉じ、必死にイメージを固めていってくれる。そんな彼女のイメージ通りに僕は“自分”を形造っていく。周囲にはもう闇ばかりだ。僕は存分に力を発揮し、見事新しい肉体を手に入れた。

 やった!これでまた僕は自由だ!
 影の中に閉じ込められた様な、無様な存在じゃない。
 多くの者の耳へ言の葉の毒を注ぎ込み、今一度、不幸を撒き散らしてやる。

 ——そんな事を考えていたせいで僕は、錠前が閉まる様な小さな音が何処かで鳴った事を、聴き逃した事にも気が付かなかった。
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