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おまけのお話(※ラブコメ成分強めです※)
親がいると、訊かれるアレ
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「ハークさん。孫の顔はいつ見られますか?」
「…… は?」
父が久しぶりにハクの屋敷に突然やって来たと思ったら、玄関ホールでこんな話をされたものだから、彼はその場に立ち止まり、端正な顔が一気にしかめっ面になった。
何なんだ一体、最近やたらと『子供』というワードを四方から聞いている気がする。桜子の口から聞く分には『愛い奴め』で終われるが、親的な立場の人から言われるとハッキリ言って腹が立つ。言われたからって『ハイハイ、ツクリマスヨ』とデキるモノでもないし、そもそもそういった行為をしていないので無理な話だから、余計にうざく感じる。
「デキませんよ、孫なんて」
「は?何故ですか?愛し子を監禁しているのですよね?ならばデキるでしょ」
ハッキリキッパリ言われ、『何故そうなる⁈』とハクが驚きに目を見開いた。
「拉致、監禁ときたら、孕ませるのまでが様式美ですよ?監禁モノの映画とかが好きなクセしてそんな事もご存じないと?ま、まさか…… 不能?精通もしていないとか?」
「してますし、不能じゃありません」と答えたハクの顔はひどく不快そうだ。この類の話は不快でしか無く、早く話題を変えてしまいたい気分だ。
「彼女に教育を一任したのはちょっと間違いでしたかね…… 。私なんて、精通したと同時に睡眠姦を嗜んでいたというのに」
呆れ顔で父の性癖を突然聞かされ、『コイツならヤルな』と納得しつつも知りたい知識ではなかった為、ハクは額を抑えて俯いてしまった。
「いくら奥手そうな君でも、流石にそろそろかと思ってこっそりこの屋敷を改装して子供部屋や診察室まで用意し、こんな僻地からでは息子の嫁が産気づいたら大変だろうとドクターヘリの手配まで優先的に出来る様に手を打っておいた私の気遣いは…… 無駄?」
人の屋敷で勝手になんちゅう改造をしてんだ、この人は。
そう思う気持ちをぐっと堪え、「そうなりますね」とハクが真顔で答える。そもそも嫁でも無い。籍を入れても…… まさか、入っているのか?
「父さん、つかぬことをお伺いしますが」
「はい、何でしょうか」
「まさか、僕達は当人同士の了解もなく入籍済みだったりしますか?」
「当然じゃないですか。この屋敷に彼女を連れて来たその日に、筆跡を真似、それっぽい男女に変装をさせたうえで色々な手続きを全て済ませてありますよ。逃がさない為ならそこまで縛りつけないと駄目でしょう?過去から学んだ私に、死角などありません」
そう言って、丸眼鏡の奥の瞳が輝く。ドヤ顔で言われても、ハクは『ありがとう!父さん最高だね』などという気持ちには微塵もなれなかった。
「勝手な事を…… 」と言い、ハクが深いため息をこぼす。
「だって、君達のペースに任せていたら何もしないで篭ったままになっているでしょう?」
その通りだが、別に桜子を娶りたい訳ではないハクが複雑そうな顔になる。彼女を守りたい、あの子が欲しい、ずっと側に居て——とは思うが、イコールで結婚してしまえばいいという発想は抱いていなかった。そもそも性欲の対象として見ているわけではないので、そういう流れが不自然にすら感じられてしまう。
「そうかもしれませんけど、別に僕は彼女を嫁にしたい訳では…… 」
「でも、他の人相手ではもっと無理ですよね?」
「…… まぁ、そうですけど。でもですよ、愛情とは守り慈しむものでしょう?監禁しているからといって、イコールで性欲とセットで桜子を扱う気など全くありません。彼女の純白を守り抜くのが僕の役目だとも思っていますので」
キリッとした顔で胸を張って言われ、父はちょっと冷めた瞳をハクに向けた。
「…… 痩せ我慢しちゃって」
「我慢じゃありません!あの子は危うく男に襲われそうになった経緯があるのですよ?僕までもが同じ事をしては、保護者失格だと言っているんです」
「…… じゃあ、離婚しておきますか?」
「それはやめて下さい!」
二人が無言になり、一瞬時が止まったかのようになった。
少しの間の後、ニヤリと父が笑い、ハクが両手で顔を覆って項垂れる。口ではどうこう言いながらも、桜子が既に自分の嫁であった事実が嬉しかった事はどうやっても隠しきれないみたいだ。
「好き、なのですねぇ」
「悪いですか…… 」
「いえいえ!良い事だと思いますよ。まぁ…… 君の育ち方が特殊ですから、見守る愛に比重がいく気持ちはわかります。だけどそれならそれで、彼女が焦れない程度に接してあげましょうね。お年頃の娘さんに、君という存在は猛毒ですから」
愛玩物として育ったから、男女間の恋愛心理が全く想像が出来ず、出来ないものはしようがないのだろう。参考になるような夫婦愛はもう見せてやる事も出来そうに無く、ハクの父は首の後ろをさすって『この子には悪い事をしてしまったなぁ』と思いながら息を吐いた。『もうちょっとまともに育つ環境をこの子に与えていたのなら、もっと普通の恋をしていただろうに』と思うと、珍しく罪悪感を覚えてしまう。
「猛毒とか…… いくら父さんでも、それは失礼過ぎですよ」
「そうですか?それは失礼しました」
絶対に本心では悪いと思っていない顔をされ、ハクが口元を引き結んだ。
「もう帰って下さい。もてなす気にもなれませんので」
「え、そんなぁ。ここまで来るだけでも大変なのに、ですか?」
「当然ですよね。好き勝手して、言いたい放題言って、それでも尚居座ると言うんですか」
「言うつもりなのですけど…… あー…… その顔は無理そうですね」
ジトッとした目を向けられ、父が少したじろぐ。この程度で怯えるようなタチではないが、息子に嫌われても良いと思う程達観もしていなかった。
「わかりましたよ。じゃあまた機嫌が直った頃合いをみて、改めてお邪魔しますね」
「そうして下さい」
(あ、『もう来るな』とは言わないんですね。…… ふふふ)
そう思うとちょっと嬉しくなる。ツンッとした態度は、遺体となろうが今も尚愛しい彼女譲りだなとも感じ、懐かしさに胸が熱くなる。なので、今日は素直に帰ろうと決め、父は素直に出入り口の方へ足を向けた。
「そう言えば父さん…… 」
「ハイ、何でしょうか」
「白髪、増えました?」
「…… ハイ?」
「髪、少し前までは黒かったですよね?今日は随分と白くなったなぁと思いまして。父さんみたいな性格の人でも、気苦労で白くなるとかあるんですかね」
「今更ですか?今日なんか帽子もかぶっていないから、もっと早くに気が付いてくれるかと思ったのに。あと、コレは地毛であって白髪じゃないですよ!」
私はまだまだ若いですから!と、父が拗ねた顔をする。
「…… え?白銀が、地毛?」
「えぇ、そうです。私はあまり目立ちたくないので髪を黒く染めていただけです。今はカラーコンタクトと眼鏡で二重に隠していますが、瞳の色だって本来は赤なのですよ」
「…… えっと、それは…… つまり」
「ハクと、完全にお揃いですね」
「あ、いや。お揃いとかそういう次元じゃなくって」
「あぁ、ハクと私は正真正銘の親子だという話です。ちなみに君の母親はもちろん、君が“義母”だと思い込んでいる私の妻ですよ。随分前になりますが、あの人が眠っている間に卵子を抜き、代理母出産をさせたので、あの人は真実を知らないままでしたでしょうけどね。ついでに言うと、いくら似ていても君のお嫁さんは私の子供ではありませんからご安心を。先祖を辿れば、もしかしたら血縁があるのかもしれないかな?程度の関係ですよ」
「…… アンタって人は」
父はとんでもない人だとはわかっていたが、認識していたよりも更に上で、ハクはコメントが出来ない。
「愛があれば何をしたっていいんですよ」と、父が小首を傾げるが全然可愛くない。
「んわ訳がないですよね?全く…… 今まで何故隠していたんですか」
「隠してはいないですよ?『私が父だ』と、最初に言ったじゃないですか」
「いや、そういうふうに受け取れる言い方はしていなかったですよ?」
「…… そう、でしたか?まぁ良いじゃないですかそんな細かいことは」
実子だった事実が細かい事、だろうか?とは思うも、話がまともに通じる人ではない事も充分過ぎる程わかっているのでハクは黙る事を選んだ。
「じゃあ、今日はこれで。そうそう、スッポンや赤まむし以外にも、お菓子なんかのお土産を沢山キッチンに運ばせておきましたから、三時にでもお二人…… ご夫婦で、お楽しみ下さいね」
「もういいから、早く帰って下さい!」
そう言い返したハクの顔は真っ赤で、照れ隠しなのか声が無駄に大きくなっていた。
◇
「…… お疲れですね。大丈夫ですか?」
桜子の気遣う声が耳に優しい。
父の声なんかとは違って、彼女の温かみのある声をいつまでも聴いていたいのに、どうしてあの人は何度も何度もここへ来て、彼女と僕の時間を邪魔するんだろうか?と、ハクは沈む心の中で考えた。
「平気では、ないですね。ちょっと今まで知らなかった情報を、短時間の間に色々聞かされて受け止め切れていないというか…… まぁそんな感じなので、桜子さんが気に病むことは何も無いですよ」
「そうなんですか?…… でも、お疲れな事に変わりは無いですよね」
「まぁ、そうですね」
苦笑するハクを見て、「んー」と呟きながら、桜子が小首を傾げる。そんな仕草を見られただけでもう、ハクはちょっと気持ちが癒されてきた。
「そうだ!」と言って、桜子がポンッと自らの膝を叩いた。
「膝枕してあげますから、是非お休み下さい」
「…… ひ、膝枕、ですか?」
「はい!膝枕です。なんだったら耳掻きもしてあげましょうか?」
「あ、いや…… 耳は無理です」
桜子の声をただ聴くだけでもこそばゆい気持ちになるというのに、耳に触れられ、しかも覗かれたうえに掃除までされると想像だけで禁忌を前にした気分になり、ハクはキッパリと拒絶した。
「そうですか?残念です…… 前にしてもらった時、とても心地よかったので、私もと思ったんですけど」
しゅんっと桜子が項垂れてしまったが、それでもハクは『仕方ないですね、じゃあ掃除してもいいですよ』とは言わなかった。
「じゃあ、お膝だけでもどうぞ」
ベッドの上に腰掛けている桜子が正座をし、自分の膝をポンポンと叩く。本来ならこれすらも断るべき事案だと頭ではわかってはいるのだが、抗い難い力に魅了され、ハクはゆっくりとした動きでベッドに上がり、素直に彼女の膝へ頭を置いてみた。
(ち、ちちちち、近い!)
添い寝の時に感じる吐息ですら『可愛いなぁ』程度で抑えられたのに、この位置はいつも以上に桜子の体温を感じてしまい、変に気持ちが焦る。こんな事は早々に止めねば。そう思うのに、金縛りにあったみたいになって体が動かない。彼女から離れる事を体が勝手に拒んでいるみたいな感覚だ。
「ハクさ…… ご主人様は、良い香りがしますね」
そっと頭を撫でながら、桜子が小声で言葉をかける。
「いつも色々とありがとうございます。お疲れにも、なりますよね。もっと私を頼って下さっていいんですよ?家事は…… 不思議と色々出来る様な気がしますから」
「記憶が、少しづつ戻っているんですか?」
「いいえ。悪夢はまだ時々見たりしますけど、記憶に関しては微塵も。でも体が覚えている感覚があるんです。何かをしようとすると、頭ではわからなくても自然とそれが出来てしまうというか」
「怖くは、無いですか?思い出せないままという事は」
「いいえ、ちっとも。前に『忘れたものは大事じゃないからだ』と言われた言葉が、腑に落ちているからかもしれませんね」
「そうなんですか?なら…… いいんですけど」
「新しい記憶が沢山あるので、私はそれらだけで充分です。危うくても、真綿に包まれるみたいな、ふわふわとした二人の幸せな記憶だけがいいんです」
和かに、曇り無き目で言われハクの目が見開かれた。
自分はこんなに幸せでいいのだろうか?僕の真っ赤に染まった手では、彼女に触れる事すら出来ないというのに、それでも桜子は僕の側に居てくれるのか…… ?
自分の犯した行為に後悔は無いが、純真無垢な桜子の隣に堂々と立てる存在ではない事は自覚している。だけど誰かに桜子の隣を明け渡す気には微塵もなれない。ここまで美しい女性だ、そんな事をしたら確実に彼女は年相応に汚されてしまう事は目に見えている。
そうはさせない。誰にも、誰にも——
せめて僕だけは、この子を汚すような存在にはなるまい。
ゆっくりと目を閉じ、ハクが一人決意を固める。
温かな体温が体に染み渡り、溶けていきそうな心地よさを感じながらふと笑みを浮かべた時、額に柔らかな感触と頭部に形容し難い重みが襲いかかってきた。
「…… え」
何が起きたのかわからず、くわっと目を開ける。すると視界いっぱいに桜子の可愛らしい顔が逆さまに映り、ハクは言葉を失った。
「あ、あはは…… すみません。キス、しちゃいました」
照れ臭そうに言われ、反応に困る。
今さっきした決意がいつまで保つのか——ハクは桜子からキスをされて嬉しい気持ちよりも、不安で胸が苦しくなったのだった。
【終わり】
「…… は?」
父が久しぶりにハクの屋敷に突然やって来たと思ったら、玄関ホールでこんな話をされたものだから、彼はその場に立ち止まり、端正な顔が一気にしかめっ面になった。
何なんだ一体、最近やたらと『子供』というワードを四方から聞いている気がする。桜子の口から聞く分には『愛い奴め』で終われるが、親的な立場の人から言われるとハッキリ言って腹が立つ。言われたからって『ハイハイ、ツクリマスヨ』とデキるモノでもないし、そもそもそういった行為をしていないので無理な話だから、余計にうざく感じる。
「デキませんよ、孫なんて」
「は?何故ですか?愛し子を監禁しているのですよね?ならばデキるでしょ」
ハッキリキッパリ言われ、『何故そうなる⁈』とハクが驚きに目を見開いた。
「拉致、監禁ときたら、孕ませるのまでが様式美ですよ?監禁モノの映画とかが好きなクセしてそんな事もご存じないと?ま、まさか…… 不能?精通もしていないとか?」
「してますし、不能じゃありません」と答えたハクの顔はひどく不快そうだ。この類の話は不快でしか無く、早く話題を変えてしまいたい気分だ。
「彼女に教育を一任したのはちょっと間違いでしたかね…… 。私なんて、精通したと同時に睡眠姦を嗜んでいたというのに」
呆れ顔で父の性癖を突然聞かされ、『コイツならヤルな』と納得しつつも知りたい知識ではなかった為、ハクは額を抑えて俯いてしまった。
「いくら奥手そうな君でも、流石にそろそろかと思ってこっそりこの屋敷を改装して子供部屋や診察室まで用意し、こんな僻地からでは息子の嫁が産気づいたら大変だろうとドクターヘリの手配まで優先的に出来る様に手を打っておいた私の気遣いは…… 無駄?」
人の屋敷で勝手になんちゅう改造をしてんだ、この人は。
そう思う気持ちをぐっと堪え、「そうなりますね」とハクが真顔で答える。そもそも嫁でも無い。籍を入れても…… まさか、入っているのか?
「父さん、つかぬことをお伺いしますが」
「はい、何でしょうか」
「まさか、僕達は当人同士の了解もなく入籍済みだったりしますか?」
「当然じゃないですか。この屋敷に彼女を連れて来たその日に、筆跡を真似、それっぽい男女に変装をさせたうえで色々な手続きを全て済ませてありますよ。逃がさない為ならそこまで縛りつけないと駄目でしょう?過去から学んだ私に、死角などありません」
そう言って、丸眼鏡の奥の瞳が輝く。ドヤ顔で言われても、ハクは『ありがとう!父さん最高だね』などという気持ちには微塵もなれなかった。
「勝手な事を…… 」と言い、ハクが深いため息をこぼす。
「だって、君達のペースに任せていたら何もしないで篭ったままになっているでしょう?」
その通りだが、別に桜子を娶りたい訳ではないハクが複雑そうな顔になる。彼女を守りたい、あの子が欲しい、ずっと側に居て——とは思うが、イコールで結婚してしまえばいいという発想は抱いていなかった。そもそも性欲の対象として見ているわけではないので、そういう流れが不自然にすら感じられてしまう。
「そうかもしれませんけど、別に僕は彼女を嫁にしたい訳では…… 」
「でも、他の人相手ではもっと無理ですよね?」
「…… まぁ、そうですけど。でもですよ、愛情とは守り慈しむものでしょう?監禁しているからといって、イコールで性欲とセットで桜子を扱う気など全くありません。彼女の純白を守り抜くのが僕の役目だとも思っていますので」
キリッとした顔で胸を張って言われ、父はちょっと冷めた瞳をハクに向けた。
「…… 痩せ我慢しちゃって」
「我慢じゃありません!あの子は危うく男に襲われそうになった経緯があるのですよ?僕までもが同じ事をしては、保護者失格だと言っているんです」
「…… じゃあ、離婚しておきますか?」
「それはやめて下さい!」
二人が無言になり、一瞬時が止まったかのようになった。
少しの間の後、ニヤリと父が笑い、ハクが両手で顔を覆って項垂れる。口ではどうこう言いながらも、桜子が既に自分の嫁であった事実が嬉しかった事はどうやっても隠しきれないみたいだ。
「好き、なのですねぇ」
「悪いですか…… 」
「いえいえ!良い事だと思いますよ。まぁ…… 君の育ち方が特殊ですから、見守る愛に比重がいく気持ちはわかります。だけどそれならそれで、彼女が焦れない程度に接してあげましょうね。お年頃の娘さんに、君という存在は猛毒ですから」
愛玩物として育ったから、男女間の恋愛心理が全く想像が出来ず、出来ないものはしようがないのだろう。参考になるような夫婦愛はもう見せてやる事も出来そうに無く、ハクの父は首の後ろをさすって『この子には悪い事をしてしまったなぁ』と思いながら息を吐いた。『もうちょっとまともに育つ環境をこの子に与えていたのなら、もっと普通の恋をしていただろうに』と思うと、珍しく罪悪感を覚えてしまう。
「猛毒とか…… いくら父さんでも、それは失礼過ぎですよ」
「そうですか?それは失礼しました」
絶対に本心では悪いと思っていない顔をされ、ハクが口元を引き結んだ。
「もう帰って下さい。もてなす気にもなれませんので」
「え、そんなぁ。ここまで来るだけでも大変なのに、ですか?」
「当然ですよね。好き勝手して、言いたい放題言って、それでも尚居座ると言うんですか」
「言うつもりなのですけど…… あー…… その顔は無理そうですね」
ジトッとした目を向けられ、父が少したじろぐ。この程度で怯えるようなタチではないが、息子に嫌われても良いと思う程達観もしていなかった。
「わかりましたよ。じゃあまた機嫌が直った頃合いをみて、改めてお邪魔しますね」
「そうして下さい」
(あ、『もう来るな』とは言わないんですね。…… ふふふ)
そう思うとちょっと嬉しくなる。ツンッとした態度は、遺体となろうが今も尚愛しい彼女譲りだなとも感じ、懐かしさに胸が熱くなる。なので、今日は素直に帰ろうと決め、父は素直に出入り口の方へ足を向けた。
「そう言えば父さん…… 」
「ハイ、何でしょうか」
「白髪、増えました?」
「…… ハイ?」
「髪、少し前までは黒かったですよね?今日は随分と白くなったなぁと思いまして。父さんみたいな性格の人でも、気苦労で白くなるとかあるんですかね」
「今更ですか?今日なんか帽子もかぶっていないから、もっと早くに気が付いてくれるかと思ったのに。あと、コレは地毛であって白髪じゃないですよ!」
私はまだまだ若いですから!と、父が拗ねた顔をする。
「…… え?白銀が、地毛?」
「えぇ、そうです。私はあまり目立ちたくないので髪を黒く染めていただけです。今はカラーコンタクトと眼鏡で二重に隠していますが、瞳の色だって本来は赤なのですよ」
「…… えっと、それは…… つまり」
「ハクと、完全にお揃いですね」
「あ、いや。お揃いとかそういう次元じゃなくって」
「あぁ、ハクと私は正真正銘の親子だという話です。ちなみに君の母親はもちろん、君が“義母”だと思い込んでいる私の妻ですよ。随分前になりますが、あの人が眠っている間に卵子を抜き、代理母出産をさせたので、あの人は真実を知らないままでしたでしょうけどね。ついでに言うと、いくら似ていても君のお嫁さんは私の子供ではありませんからご安心を。先祖を辿れば、もしかしたら血縁があるのかもしれないかな?程度の関係ですよ」
「…… アンタって人は」
父はとんでもない人だとはわかっていたが、認識していたよりも更に上で、ハクはコメントが出来ない。
「愛があれば何をしたっていいんですよ」と、父が小首を傾げるが全然可愛くない。
「んわ訳がないですよね?全く…… 今まで何故隠していたんですか」
「隠してはいないですよ?『私が父だ』と、最初に言ったじゃないですか」
「いや、そういうふうに受け取れる言い方はしていなかったですよ?」
「…… そう、でしたか?まぁ良いじゃないですかそんな細かいことは」
実子だった事実が細かい事、だろうか?とは思うも、話がまともに通じる人ではない事も充分過ぎる程わかっているのでハクは黙る事を選んだ。
「じゃあ、今日はこれで。そうそう、スッポンや赤まむし以外にも、お菓子なんかのお土産を沢山キッチンに運ばせておきましたから、三時にでもお二人…… ご夫婦で、お楽しみ下さいね」
「もういいから、早く帰って下さい!」
そう言い返したハクの顔は真っ赤で、照れ隠しなのか声が無駄に大きくなっていた。
◇
「…… お疲れですね。大丈夫ですか?」
桜子の気遣う声が耳に優しい。
父の声なんかとは違って、彼女の温かみのある声をいつまでも聴いていたいのに、どうしてあの人は何度も何度もここへ来て、彼女と僕の時間を邪魔するんだろうか?と、ハクは沈む心の中で考えた。
「平気では、ないですね。ちょっと今まで知らなかった情報を、短時間の間に色々聞かされて受け止め切れていないというか…… まぁそんな感じなので、桜子さんが気に病むことは何も無いですよ」
「そうなんですか?…… でも、お疲れな事に変わりは無いですよね」
「まぁ、そうですね」
苦笑するハクを見て、「んー」と呟きながら、桜子が小首を傾げる。そんな仕草を見られただけでもう、ハクはちょっと気持ちが癒されてきた。
「そうだ!」と言って、桜子がポンッと自らの膝を叩いた。
「膝枕してあげますから、是非お休み下さい」
「…… ひ、膝枕、ですか?」
「はい!膝枕です。なんだったら耳掻きもしてあげましょうか?」
「あ、いや…… 耳は無理です」
桜子の声をただ聴くだけでもこそばゆい気持ちになるというのに、耳に触れられ、しかも覗かれたうえに掃除までされると想像だけで禁忌を前にした気分になり、ハクはキッパリと拒絶した。
「そうですか?残念です…… 前にしてもらった時、とても心地よかったので、私もと思ったんですけど」
しゅんっと桜子が項垂れてしまったが、それでもハクは『仕方ないですね、じゃあ掃除してもいいですよ』とは言わなかった。
「じゃあ、お膝だけでもどうぞ」
ベッドの上に腰掛けている桜子が正座をし、自分の膝をポンポンと叩く。本来ならこれすらも断るべき事案だと頭ではわかってはいるのだが、抗い難い力に魅了され、ハクはゆっくりとした動きでベッドに上がり、素直に彼女の膝へ頭を置いてみた。
(ち、ちちちち、近い!)
添い寝の時に感じる吐息ですら『可愛いなぁ』程度で抑えられたのに、この位置はいつも以上に桜子の体温を感じてしまい、変に気持ちが焦る。こんな事は早々に止めねば。そう思うのに、金縛りにあったみたいになって体が動かない。彼女から離れる事を体が勝手に拒んでいるみたいな感覚だ。
「ハクさ…… ご主人様は、良い香りがしますね」
そっと頭を撫でながら、桜子が小声で言葉をかける。
「いつも色々とありがとうございます。お疲れにも、なりますよね。もっと私を頼って下さっていいんですよ?家事は…… 不思議と色々出来る様な気がしますから」
「記憶が、少しづつ戻っているんですか?」
「いいえ。悪夢はまだ時々見たりしますけど、記憶に関しては微塵も。でも体が覚えている感覚があるんです。何かをしようとすると、頭ではわからなくても自然とそれが出来てしまうというか」
「怖くは、無いですか?思い出せないままという事は」
「いいえ、ちっとも。前に『忘れたものは大事じゃないからだ』と言われた言葉が、腑に落ちているからかもしれませんね」
「そうなんですか?なら…… いいんですけど」
「新しい記憶が沢山あるので、私はそれらだけで充分です。危うくても、真綿に包まれるみたいな、ふわふわとした二人の幸せな記憶だけがいいんです」
和かに、曇り無き目で言われハクの目が見開かれた。
自分はこんなに幸せでいいのだろうか?僕の真っ赤に染まった手では、彼女に触れる事すら出来ないというのに、それでも桜子は僕の側に居てくれるのか…… ?
自分の犯した行為に後悔は無いが、純真無垢な桜子の隣に堂々と立てる存在ではない事は自覚している。だけど誰かに桜子の隣を明け渡す気には微塵もなれない。ここまで美しい女性だ、そんな事をしたら確実に彼女は年相応に汚されてしまう事は目に見えている。
そうはさせない。誰にも、誰にも——
せめて僕だけは、この子を汚すような存在にはなるまい。
ゆっくりと目を閉じ、ハクが一人決意を固める。
温かな体温が体に染み渡り、溶けていきそうな心地よさを感じながらふと笑みを浮かべた時、額に柔らかな感触と頭部に形容し難い重みが襲いかかってきた。
「…… え」
何が起きたのかわからず、くわっと目を開ける。すると視界いっぱいに桜子の可愛らしい顔が逆さまに映り、ハクは言葉を失った。
「あ、あはは…… すみません。キス、しちゃいました」
照れ臭そうに言われ、反応に困る。
今さっきした決意がいつまで保つのか——ハクは桜子からキスをされて嬉しい気持ちよりも、不安で胸が苦しくなったのだった。
【終わり】
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