愛玩少女

月咲やまな

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追憶

愛玩少年・②(ハク談)

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 義母が自殺をしていたから救急車を呼んでくれと、メイドに頼んでから数時間後。まったく呼んでもいないはずの人が来客者として訪れた。

『お久しぶりですね、ハクさん』
 報告を受けて客間に行くと、黒に近い色をしたスーツを身に纏い、丸眼鏡をかけた胡散臭そうに笑う男がソファーに座りながら挨拶をしてきた。今までも何度かウチに来ていた事がある、僕にとっては数少ない見知った顔だ。彼が何者なのかは知らないが、義母には鬱陶しがられていた事だけは覚えている。
『お久しぶりです、如何されましたか?母は今、応対出来る状態では無いのですが』
 テーブル越しに置かれた対面のソファーに座り、背筋を正す。救急車はいつ来るんだ?まったく…… と思いながら息を吐くと、男はニヤリと笑った。
『あぁ、救急車はまだか?とお思いなのでしょうね。それならば来ません。…… 何故?答えは簡単ですよ、私が呼ぶなと言ったからです』
 細長い脚を組み、その上に手を置いて男が話を続ける。
『この家に残っている数少ないメイド達は全て私の息のかかった者達なのですよ。本来の雇用主は私です。彼女達には、何か異変があれば全て私へ連絡する様に命令してあったのです。納得して頂けましたか?』
『…… はい。まぁ、ありがとうございます。僕だけでは母の面倒は到底無理でしたから、助かりました』
 礼を言い、頭を軽く下げる。すると男は一瞬目を見開いたが、『あははははは!』と急に大きな声で涙を浮かべながら笑い出した。
『そ、そこで、出てくる言葉がソレだとは。…… いいですね、益々気に入りましたよ。あははは!』
 腹を抱えて笑う人を初めて見た。不快ではないが、ここまで笑う理由がわからない。
『まぁ、わからないのならいいのです』と言って、眦に溜まった涙を細い指先で拭い、『さて、本題に入りましょうか。あまり時間が無い』と、男が真顔に戻った。

『彼女の体を私へ譲っては頂けませんか?』

 …… 葬儀を取り仕切らせろという意味、なのだろうか?男の表情からは何も読み取れない。
『彼女が今どんな状態にあるのか、知っているのは私と君。後は信頼出来る数名の人間だけ。なので私は、彼女を娶ろうと思うのです』
『娶と…… 』
 流石に面を食らい、言葉を失った。

 何を言い出すかと思えば、あんな状態の義母と結婚?遺体と、か?あの人の財産狙い、なのだろうか。

『元々私と彼女は、許嫁同士だったのですよ。一生を共に過ごす約束だった。なのに彼女は、私の幼馴染だった男を選び、私との約束を破った。まぁ、よくある話ですよ、あはは。だけど、だからこそ、間違った道筋は正さねければならない…… 君だって、それはわかるでしょう?』
『ですが、母はもう——』

 死んでいるのですよ?死亡届を出さなければ、入籍程度は出来るだろうが、そんな事に意味などあるのだろうか。

『意思が無い状態に、ありますね。えぇ、わかってます。わかっていますよ。その事に対し、感謝していますしね、君には』
 そう言って、丸眼鏡の奥に見える瞳がスッと細くなり、男は口元に弧を描いた。
『あの男を消し去れば全てが壊れると、そして私の元へ戻ってくると思っていたのに、彼女はそうはしなかった。真相は知らぬままだったのに、私だけは愛そうとはしてくれなかった。その割には私の人脈を頼り、資産管理を任せてくれるのだから、冷たい人ですよねぇ』
 そう言って、ふぅとため息を吐く。義母からは冷たい扱いだったという割には、ちょっと高揚している様に見えるのは気のせいだろうか?

 だけどそれよりも問題なのは——

『待って下さい。父の死は…… 事故ではなかったんですか?』
『事故ですよ?故意だろうがなんだろうが、事故は事故です。邪魔者を排除するなど、当然では?私から最愛の者を奪った報いですよ。元々は親友だった男ですからね、ジワジワと追い立てなかっただけ、感謝して欲しいくらいだ』
『ならば、僕も排除するんですか?』
 義父の様に殺されるのかもしれない。話を聞く限り、義母の遺体を手に入れる為ならそのくらいの事は平気でしそうだ。
『いいえ、君には感謝していると言ったじゃ無いですか。私は君も、愛していますからね』
 まるで父の様に慈愛に満ちた目を向けらたが、そら寒さしか感じられない。
『彼女がどうして私を見てくれないのか、私はずううっと考えていました。何日も、何ヶ月も、何年も…… そして気が付いたんです。“彼女に意思なんてモノがあるからだ”ってね。ならば…… それすら壊そうか?いいや、無理だ。私は彼女の全てを愛していたから、自分からそんな事は出来ない。だが憎い、私を愛してくれない、手を取って抱きしめてくれない、愛憎の対象としてすら見てくれないあの人が忌々しい!だけど…… そんな彼女をも愛している。そこまでの相手を自らどうこうするなど、流石に私でも、ねぇ』
 ゆるゆると首を横に振り、男がため息を吐いた。
『その点君はとても優秀でした。彼女の心を癒しつつ、疲弊までさせてしまうとか…… 本当に驚きです。真綿で首を絞める様に心を壊していく腕前は、君は無意識だったのでしょうけど、それでも脱帽ものでしたよ。日に日に弱り、愛しい人から意思が消えていく様子は…… 聴いているだけでゾクゾクした程です』

 盗聴していたのか。まぁしそうだな、そのくらいは。

 納得しか出来ないが、気味は悪かった。
『しかも君は、彼女を微塵も愛してなどいなかった!一定の距離感を保ち、息子にすらならず、ただの愛玩物であり続けた。素晴らしい、えぇ…… 本当に素晴らしい事ですよ。君を彼女に与えた事は、私の人生でもっとも誇らしい選択でした』
『…… 貴方が、僕を、母に?』
『はい。彼女は綺麗なモノが大好きだったでしょう?子供も欲しがっていたが、あんな男との子供など、私が産ませると思いますか?無理ですよ、無理無理無理!気持ち悪い、吐き気がする!あんな男の手が彼女に触れたと思うだけで、体を砕いても殺しても焼き払っても気が晴れない!』
 声を荒げ、早口で捲したてる。顔は鬼の様な形相で、これでは優しい義母でも愛せないなと思ったが、口にはしなかった。

 はぁはぁはぁ…… と、男は何度も呼吸をし、気持ちを整えようとする。
『すみません、誰かに話した事がなかったからか…… 少し気持ちが昂ってしまった様です。とにかくまぁ、事故で半身不随になった事で子供を身篭れない体になった彼女を癒そうと、養子として私が君を紹介したのですよ。…… つまりは、君の父は私だ。あの男じゃ無い。私と、彼女の子子供…… それが君です。これで安心してもらえましたか?私が君をも愛していると、言った言葉を信じる気にはなったでしょうか』
 にっこりと微笑まれたが…… どこまで信じていいのだろうか。判断材料があまりに少ないが、そう思い込んでくれているだけだったとしても、僕としては正直ありがたい。
『まぁ、そう言うのなら。それでいいですけど』
『君は私に似て無感情な子ですねぇ、何と可愛いことか』
『…… 』
 くっくっくと楽しそうに笑われた。似てる、のか?どこがだ。
『彼女の体を私に渡してくれるなら、今後の生活の全てはこのまま保証しましょう。何もせずとも暮らしていけるよう手配します。父として支え続け、望みの一切合切を叶えると約束しますよ』
『口約束なんて、信用出来ません』
『おや、意外と用心深いですね』と、きょとん顔で言われた。なんか悔しいぞ、馬鹿にされたみたいな気がする。
『学校どころか、人と関わる機会の薄かった君では、この先とっても苦労するでしょうねぇ。私という父がいた方が、何かと便利ですよ?急に信用しろとは言いません。先程の話を聞いては無理というもの理解出来ます。なので私はこの先身命を賭して、証明して差し上げましょう。…… 彼女を渡してくれれば、ですけどね』
『まぁ…… そもそも断る気は全くありませんのでご安心を。母がこの先どうなろうが、もう僕には関係の無いことですし』
 私が冷めた目で言うと、男は満足気に頷いたのだった。


【続く】
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