愛玩少女

月咲やまな

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おまけのお話(※ラブコメ成分強めです※)

恋する乙女の空回り

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 桜子はずっと悩んでいる。
 赤の他人からしてみればくだらないことかもしれないが、彼女はいたって真剣だ。相変わらず白の多い部屋の中、さっきからずっと青を描くようになってくれた天井を見上げ、「んー」「あー」と唸りながら首を傾げたり、体を揺らしたりしている。

 今日はハクが買い物に行くだとかで、部屋に一人きりだ。
 普段なら桜子がこんな挙動不審な状態になっていると確実に『どうかしたの?』とこの部屋にハクが心配そうな顔でやって来るので、こんな事は出来ない。悩むなら今しかない!との決意の元、頭を働かせようとしているのだが…… 残念ながら一時間が経過した今でも答えは出ないままだ。
 目の前には一冊のスケッチブック。そこには彼女の可愛らしい丸文字で『どうしたら彼に女性として認識してもらえるか!』と書かれている。
 ハクにはどうやら桜子は、猫か犬か、はたまた鳥くらいにしか思われていない様だ。たまに『僕の小鳥』と言うことから、私は鳥なのかぁ…… と、桜子はぼんやり思った。
「私のサイズだと、小鳥というよりはエミューとかダチョウな気がする」
 ふと感じた感想をぼそっと呟く。好みの問題かもしれないが、困った事にどっちも可愛くはないなと思うとちょっと凹んだ。

 鳥は愛玩対象であって、残念ながら恋愛対象では無い。桜子としてはこの胸にある感情はきっと恋心だと思っているので、出来れば愛玩者から恋人にジョブチェンジしたいところだ。今の彼女は状況的にもストックホルム症候群に当たる可能性も否定は出来ないが、桜子はその様な言葉をそもそも知らず、これは恋愛感情であると信じ、微塵も疑っていない。

「わからない時は、原点に変えればいいんだわ」
 ぽんっと手を叩き、いいことを思い付いた!と笑顔を振りまく。ハクが見ていたのなら、鼻血モノのキラキラとした愛らしさだ。
「彼には無くって、私にはあるモノをアピールしましょう」
 人は本能的に自分に不足しているものを求める傾向があると、暇潰しで読ませてもらった本に書いてあった事を桜子は思い出していた。

 だけど、彼に無くて、私にあるものって何だろう?

「んー?」と首を傾げ、はっと気が付く。
「…… 胸?」
 顔を下に向け、自分の胸元を見た。コレだ!コレは絶対にハクには無い。彼は細身なので胸筋の逞しい膨らみがあるタイプでは無い。なので“胸の膨らみ”というモノには慣れていないはずだ。という事は、コレをアピールしたら女性として意識してもらえるかも!と考え、桜子はスケッチブックに、この妙案をせっせとメモし始めた。


       ◇


「ただいま。いい子にしていたかい?体調は問題ない?」
 家に帰るなり彼女の部屋に直行したハクが、永年逢えていなかった愛しい子に向けるみたいな顔をしながら問いかけた。
「お帰りなさい、ハクさん」
「うん、ただいま。ご主人さまーって呼んでくれてもいいのに、なかなか言ってくれないねぇ」
「ご、ご主人さまですか?」

(わ、何だかメイドさんみたいですね)

 そう思うと、ちょっと照れてしまう。急にどうしたのだろうか?と思ったが、よくよく思い出してみると最初の自己紹介時にも言っていたから、きっと初めから呼んで欲しかったのかもしれない。

(よし!ここは可愛く、いっそあざとくいきましょう。もしかしたらハクさんに『可愛い!好き!』ってなってもらえるかもしれませんからね)

 軽く鼻息を荒くしつつ、桜子がうんっと頷く。ベッドの上で改めて座り直し、両手を前に揃え、桜子は軽く頭を下げた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
 屋敷夫人風になってしまったが、彼女が今着ている物が着物だったのでメイド風におこなう事を諦めた結果だった。
「うん!ただいま」
 目の前のコレは太陽かな?と思うくらいの眩しい笑顔を振りまき、ハクが礼を言う。見事に桜子の方も彼にノックアウトされてしまった。


 咳払いをし、桜子が気を取りなおす。
 惚れた身とはいえ喜び過ぎた。ベッドの上をゴロゴロと転げ回り、『お、落ちるよ⁉︎』と心配させてしまったくらい、はしゃいでしまったのだ。
 ついこんな事をしてしまうから、きっと自分は愛玩対象になってしまい、恋愛対象と見てもらえないのだろう。それではダメだ。勿体ぶっても意味がないし、ここは計画を実行するのみ!と決意を固めている彼女の横で、ハクは持ってきた大きな紙袋をガサゴソと漁っている。
「はいこれ。今日のお土産だよ」
 そう言って、彼が差し出してきたのは美味しそうな匂いの漂う四角い箱だった。いつもの彼女ならば真っ先に喰いつき『中身は何ですか?』と訊いてくるところなのだが、今桜子は計画の準備中で忙しく、それどころでは無かった。
「…… 桜子?」
 ハクに背を向けたまま、せっせと何かをしているままの桜子に声をかける。だが彼女からは反応が返ってこず、不思議に思った彼はぐるりとベットの周囲を回って桜子の正面側に移動した。

「どうかしたの?どこか痛いのかい?」
 真正面から聞こえた声に驚き、「ピャ!」と桜子から変な声が出た。
 だが幸いにして用意は出来た。あとは、このアピールにハクが気が付いて堕ちてくれるかどうかだ。

「ど、どう…… 思います?」

 向こうが気付くまでなど待てず、せっかち気味になりながら、桜子が問いかける。
 着ている着物の胸元が少しはだけていて、ちょっとだけ谷間が見えている。両腕を中央に必死に寄せ、無理やり作った大きな谷間なせいで、桜子の体勢がちょっと不自然だ。背筋もしっかり伸ばし、必死に胸を張った。
「そうだなぁ…… 」と言いながら、ハクが軽く首を傾げる。
 今日も僕の小鳥は可愛いなぁとは思うが、改めてどう思うかと訊かれると、困ってしまった。
「あ!」
「あ?」
 はっとした顔をハクにしてもらえ、桜子の胸が期待に満ちた。

「今日の桜子は、冬季間の鳩みたいで可愛いね」

 …… 鳩?何故にそうなるのだろうか、と桜子が首を捻る。
「上半身がもふんっとしていて、とっても可愛いよ。あ、でもちょっと着物がはだけてしまっているね。直してあげるよ」
 そう言って、桜子が必死に開いた胸元をさっさと元も戻されてしまった。初のアピールは、どうやら失敗に終わった様だ。


       ◇


 ——後日。
 またまた暇潰しにと与えられた本の写真で、桜子が“冬季間の鳩”の写真を見付け、『私のセクシーアピールはこれ並みなのか』と激しく凹んだのだった。


【終わり】
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