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【第二章】

【第9話】水族館にて・後編(賀村巴・談)

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 更に先に進んで行くと、少しずつ、今まで通り過ぎて来た展示スペースが賑やかになり始めた。いつの間にか開館時間になっていたみたいだ。宣告通り私達が観ている最中のエリアはまだ未開放にしてくれているのでこのままゆったりと二人きりで観て回れそうだが、賑わう音が聞こえてくると申し訳ない気持ちになってくる。
「気にしなくて良いぞ」
「…… え?あー…… (何考えてるのか、バレちゃったかな?)」
「向こうも向こうで、この対応に不満を言う者達はほとんどいないはずじゃ」
「そう、なの?」
 どうしてだろう?『やっぱレジャーに出掛けた日に天気が荒れると困るから?』などと考えながら不思議に思っていると、「神族がこういった施設に来ると、しばらくの間、そこが『神域』に近くなるのじゃ」とカムイ君が教えてくれた。我々が暮らしているアパートへの影響の簡易版といった感じなのかもしれない。

「しばらくと言っても、二、三日程度じゃ。それもせいぜいちょっと運気の上がる空間になるくらいなんじゃが、ガチャ?とかいうものの引きが良くなるとか、懸賞やクジ運がちょっとだけ上がる、らしい」

 当人は実感が無いからなのか、説明しながらもピンとはきてなさそうだ。別の人から『そうらしいよ』と教えてもらった感じなのかもしれない。そう思った瞬間、チリッと心が痛んだ気がした。私にだって過去があり、カムイ君にだって今までに多くの出逢いがあって当然なのに、“他者”の影を感じるだけでこうなる自分が嫌になる。
「体感出来る、ささやかな幸せって感じかぁ」
 巨大な水槽を見上げながらぽつりとこぼす。とてもじゃないが、今この瞬間だけはカムイ君の方に顔を向ける気にはなれなかった。
「——そろそろ次を見に行くか?」
 そう声を掛けられた時にはもう、気持ちの切り替えも済んでいて、笑顔で「そうだね」と返す事が出来た。


 隣のエリアはヤモリやトカゲ、蛇などを展示していた。巨大な水槽の時の様に、こちらにも長居してしまう。森の中で蛇に遭遇すると流石に怖いが、ガラス越しで見ている分には結構好きなので、生態系の説明文をじっくり読み込んでしまったりもしたのだが、カムイ君も興味深そうにしていてくれてちょっとホッとした。
「可愛いなぁ」
 ヤモリの小さくってつるりとした姿が可愛くってしょうがない。単身時、飼ってはみたかったのだが、飼える環境にはなかったので憧ればかりが募っていた対象でもあったので、つい口元が緩んでしまう。

「……ヤモリと鳥なら、どっちがより可愛いと想うのじゃ?」

 水槽の中を見入っていると、私の顔を軽く覗き込みながらカムイ君が訊いてきた。何故かちょっと拗ねている様に見えるのだが気のせいだろうか?
「どっちも好きだねぇ。あ、でもモフッとした羽の心地よさを考えると、鳥類の方に軍配が上がるかなぁ」
 今はセキセイインコサイズになって大人しくカムイ君の肩で休んでいるカスス君の巨体が頭の中に蘇る。上空は寒かったが、とっても寒かったが、脚元のあの温かさと大きな羽根のモフッと具合は本当に心地良かった。
「モフッとしている方が良いのか?」
「もふもふには夢が詰まっているからねぇ。子供の頃なんか——」まで言って、言葉が喉に張り付いた。

 過去の苦い思い出が脳裏をよぎったせいだ。

「えっと、そう、大きなぬいぐるみとか沢山持ってて、よく弟達と一緒にダイブして遊んだりとかしてたんだ」
 無理に途中から別のエピソードに逸らしたのがカムイ君にも伝わってしまったのか、本心を伺うかの様にじっとこちらを見てくる。でも話すのをやめた話題の続きは彼にだって言うつもりは無い。カムイ君が神様だとしたって、流石に、昔はちゃんと人間であった私が『年老いた梟や狸などと一緒に森の中で遊んだ事があった』なんて話を信じてくれるとは思えなかったから。


       ◇


 次のエリアに移動する。するとそこにはアクアリウムが壁一面にずらりと並んでいた。まるで美術館に来たみたいな錯覚を抱く程綺麗に展示されている。水槽の中に魚の姿は殆どなく、水草などで作られた美しい空間そのものを楽しめる様になっている。どれもこれも古代の森の中を観覧しているみたいな気分に浸れる造りになっており、大きめの水槽の森の中には半透明な生き物が佇んでいる物まであった。
「…… クラゲ?」
 に、しては造形がおかしい。だけど何者なのかわからずにいると、カムイ君が「木霊こだまじゃな」と教えてくれた。
「こ、だま?」
「その展示物の説明にも書いておる」
 指差した先に書かれている文を読んでみる。要約すると、『優れたアクアリウムの中には、その神秘的な空間を気に入って“木霊”様が住み着いているものもあるので静かに鑑賞して欲しい』と書かれていた。
「このお方が、木霊様かぁ」
 丸い者、横長に溶けたみたいになっている者、木の枝に座っている者など、好きな形になって水の中の森で寛ぐ姿がとても愛らしい。ただ、全員半透明なので、注意して見ていないと見逃してしまいそうだ。
「素敵だね」
「あぁ、そうじゃな。この様な太古の森に近い光景はもう、そうそう無いからのう。水槽の中の箱庭であろうが、住み着きたくなるのもわかる程の完成度じゃしな」
 三百年前の世界では絶対に見られない展示を前にして心が躍る。誘われた時は、ただ『カムイ君の力になれれば』と思っていたけれど、断らずに来てみて良かった。本物のデートではないけれど、一生忘れられない想い出になりそうだ。


       ◇


 出口付近にまで到着すると、予想通り広めのお土産コーナーがあった。大小様々なサイズのぬいぐるみ、ノートやメモ帳などといった日常でも使える商品だけじゃなく、当たりしかないちょっとお高いクジなんかもやっている。
 そんな数多の商品群の中でカムイ君はぬいぐるみを二つ買う事にしたみたいだ。お金を渡そうとしたのだが断られ、カムイ君が一人でレジにそれらを持って行く。すると店員さんと彼が二、三言葉を交わし、金銭を払う事なく通過してしまった。『…… 良いのか?』とは思うが、まぁ施設側が良いと判断したのなら私が口出すのもおかしな話かと思うので流す事にする。

「待たせたな」
「いえいえ。こっちは大丈夫なんだけど…… 」
 流すと決めた矢先だというのに、つい『お金を払っていないよね』と言いそうになって必死に堪えた。
「土産物として持ち帰って欲しいと言われたのじゃ。その代わり、『神様もお気に入り』とポップを貼らせて欲しいと言われたので、よく分からんが許可してきた」

(成る程!今はタダで持って帰ってもらっても、それでWin-Winになるって事か)

 一人納得していると、「こっちは巴のじゃ」と言って、ヤモリのぬいぐるみをカムイ君がこちらに差し出してきた。白い個体の物で、キュルッとしたお目々がとても可愛い。
「え、ありがとう!良いの?本当に貰っても」
「あぁ、こっちのはワシのじゃがのう」と言い、カムイ君は黒いヤモリのぬいぐるみを抱いている。小さなその姿にピッタリはまり過ぎていて、今にも悶え死んでしまいそうだ。

「お揃いじゃな」

 ふわりと笑うカムイ君が纏う柔らかな雰囲気のせいで足元がふらついた。『推し』の可愛さを前にして、自分の外見年齢がアラサーだという事も忘れてはしゃいでしまいそうになったが、きっちり堪えた私はちゃんと『自制心のある大人である』と宣言出来るなと思った。
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