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【第一章】
【第2話】新たな生活(賀村巴・談)
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ノストラダムスが予言した『世界の終わり』なんか全然来ないまま世紀末ってやつを難なく乗り越えた先に、私・“賀村巴”の青春時代は存在していた。冬にはそりゃもうアホ程雪深くなる北国のど田舎に生まれ、農業を営むそれなりに仲の良い家庭で育ち、十八歳で就職してそこそこの都会に出た。ブラックではないがホワイトとも言い難い会社で事務員として十一年働き、二十九歳になるまで彼氏もなく独身のまま、比較的平穏な生活を送っていたのに——
何故か今は、三百年後も祖国の首都のままであった東京に急遽移り住む事となり、“宵闇市”という街に居る。
此処、“宵闇市”は私が“神隠し”に遭う前までは確実に存在しなかった街である。“妖怪”だ“妖精”だ何だといった者達が本当に実在する“隣人”である事が発覚し、世界中が混乱に陥った過程で新たに認可された街の一つだと、担当者から『早急にこれだけは読んでおくように』と言われた冊子の中に書いてあった。他の国にも似たような地域が多数存在するらしく、いずれは地理の勉強をし直す必要がありそうだ。
この街は元々妖達が面白半分で人の真似をして造った隠れ里から始まった土地だったからか、他の地域よりも“人では無い者達”が多く住む街らしく、“神隠し”の“被害者”となった今の私が暮らすのには適した場所らしい。
(“神隠し”、ねぇ…… )
何度自分が置かれた状況を振り返っても現実味がサッパリ無い。なので必死に少しだけ過去を思い返してみる事にした。
——“神隠し”に遭う直前。当時の私は仕事に追われているうち、三十代が刻一刻と近づいてきていた。私の実家は交通機関で帰るにはかなり不便な場所で、山の中にポツンと建っている一軒家である。車の免許を持っていないからと何となく機会を逃し、家族からくる『いい加減顔ぐらい出せや』との催促を散々聞き流して結局十一年もの長きに渡り一度も帰らずにいた。だが『…… 流石に、そろそろ実家に顔を出すか』と帰省した時、不幸にも“神隠し”なるご大層なものの被害者になったそうだ。
(だけど、その間の記憶は全て“封印”されているんだったよね)
そのせいで私には記憶の欠落があるらしいのだが、二十九年分の人生の記憶だけで生きるのには全然困らないからか、現状に対して不安はあれども不満は無い。…… ただ、もう二度と、家族や友人達には会えないのだという事実だけが重く心に伸し掛かる。
三百年後。警察みたいな仕事を人間と共に担ってくれている“鴉天狗”のおかげで時を経て救い出され、目が覚めてから直様押し込まれた病院で数々の検査をこなし、隙間時間ではひたすら現状を受け止める為に渡された概略の書かれた冊子を読み、二日後には予定通りに退院。担当者の上司による『“神隠し”をした“落ち神”の居る地元からは早々に離れた方が良い』との判断に従い飛行機に乗り、その日のうちに即道外へ出る事になった。
(そもそも、“落ち神”って…… 何?)
全てが全て怒涛のように事が運び、何かを悩んだり考えたりする隙も無く、空港行きの列車だ飛行機だ、ドライバーが不在なのに勝手に動くクラシックカーなどに乗せられ、見知らぬ街の風景を見ながら『…… 未来って、もっと機械的な世界になるのかと思っていたのになー』なんて思っているうち、新居に到着。その後は、『明日また来ます。生活に必要な物は一通り部屋にありますが、不足品があれば書き出しておいて下さい。新居は一階の一〇二号室です』と担当者に鍵を渡されて一人、見知らぬ街に放置されてしまった。
海外旅行にでも行くのか?ってくらいに大きなキャリーケースの引き手を持ち、今日から住む事となったアパートの外観を見上げながら、口から出るのは溜め息ばかりだ。
(なんか、“昭和”って感じのアパートだなぁ。…… しかも『弟切荘』って。なんともまぁ、物騒な名前だ)
私が被害に遭う前にだってもうこんなアパートは絶滅気味だったのになってくらいに古いアパートだ。木造と鉄筋との混同二階建て。二階への階段は外にあり、屋根はあれども吹きっ晒しで少し錆びている。灰色の壁はとても薄いだろうし、何だったら雨漏りだってしそうだ。上下共三部屋ずつに分かれており、困った事に私の部屋は一階のど真ん中だ。これは生活音に相当気を付けての生活になりそうである。この先の生活に必要な費用は家賃以外も“加害者”持ちらしいので文句の言えない立場なのだが、『もうちょっとどうにかならなかったのだろうか?』と、失礼ながら思ってしまった。
色々諦めつつ手に持った鍵で施錠を解除して室内を覗く。
——だが次の瞬間、私は新居に対して抱いていた不満の全てを捨て去る事となった。
「…… か、可愛いっ!」
まるで子供の頃に夢見た様な部屋を前にして、つい叫んでしまった。
室内に入ってすぐ。玄関には二人くらいが立てるスペースと全身の映る鏡があり、そこを開けると一面靴箱になっていた。縦に長い靴箱なので相当数の靴をしまっておける。棚板は可動式だからブーツだって何だって平気そうだ。
キャリーケースを玄関に引き入れてから靴を脱ぎ、鍵を掛けていそいそと室内にあがる。こじんまりとした洋式のお手洗い、洗濯機もある脱衣場や洗面所とがあった。その奥にある風呂場は百六十センチ前半の私でも脚を伸ばして入るのは流石に無理そうだが、ありがたい事にユニットバスタイプである。建物の外観的にはシャワーすらも夢のまた夢で、タイル張りの壁と床に、使い古した給湯器付きのステンレス製湯船が置いてあってもおかしくなかったから、これだけの事でちょっと感動してきた。
気持ちを切り替えてキッチンを覗く。一人暮らし用の狭いタイプだが、とても綺麗だし、備え付けの棚や引き出しの中も確認したけど一通りの調理器具は揃っていそうだ。本格的なお菓子作りまでは無理でも、これなら日常的な食事の用意で困る事にはならないだろう。
お次は本丸・リビングルームである。玄関を開けた時点で既に少し見えてはいたのだが、いざ足を踏み入れてみると、つい感嘆の息をこぼす程に現実離れした室内だった。窓の手前には丸い形をした大きな飾り棚が設置されており、中心部が丸くくり抜かれているおかげで丸い窓が設置されている様に見える。飾り棚の内側には丸いクッションが多々置かれており、そこに座って棚に寄り掛かりながら外を眺めつつ読書などを楽しめそうだ。変則的な形をした棚の中には何故かコロポックルのコスプレをしたシマエナガとお尻を鮭に噛まれて叫ぶ木彫りの熊が飾ってある。
(…… これってもしかして、私の地元を意識したチョイス、なのかな?)
元々は押入れだったのかな?と思わせる箇所は小さなベッドスペースになっている。天井はやや低めで、天井付近は横長な収納スペースの様だ。
早速ベッドにあがってみると、金色のワイヤーで造られた小さな星や月の照明が何個もぶら下がっていてとても可愛い。近くの壁面にあるタッチパネルに触れると室内の照明が全て消え、ベッドスペースの天井部分には星空が現れた。
「うぉ!何これ!すごいっ」
家庭用のプラネタリウムっぽいのだが、それらしき物が何処にも見当たらない。何だかいきなりちょっと先進的な感じがして興奮が止まらなくなった。
他にはアホ程薄くて大きなディスプレイが右側の壁面に設置されていたり、淡い緑色の可愛いローテーブルと二人掛けのローソファーが置かれていたりと、インテリアのほぼ全てがとても洒落ている。狭いながらも『ドリームハウス』と言える室内で、全てプロのインテリアコーディネーターが厳選しましたと言われても納得してしまうレベルだ。
——改めて周囲を見渡すと、そこかしこに、この部屋を用意してくれた人の愛情を感じる気がする。誰が用意してくれたのか教えてはもらえていないが、いつかお会いする機会があったら、是非ともお礼を言いたいものだ。
「食材も色々あったし、久しぶりに料理でもしてみようかな」
平々凡々な部屋でずっと暮らしてきたからか、今日からはこんなに素敵な部屋で暮らすのかと思うと、少し楽しみになってきた。…… もう何処にも知り合いが居ないこの時代で、私はこの先、一人で生きていかないといけないのだ。生活していく空間が素敵な場所のおかげで、ほんのちょっとだけ心が軽くなった気がした。
何故か今は、三百年後も祖国の首都のままであった東京に急遽移り住む事となり、“宵闇市”という街に居る。
此処、“宵闇市”は私が“神隠し”に遭う前までは確実に存在しなかった街である。“妖怪”だ“妖精”だ何だといった者達が本当に実在する“隣人”である事が発覚し、世界中が混乱に陥った過程で新たに認可された街の一つだと、担当者から『早急にこれだけは読んでおくように』と言われた冊子の中に書いてあった。他の国にも似たような地域が多数存在するらしく、いずれは地理の勉強をし直す必要がありそうだ。
この街は元々妖達が面白半分で人の真似をして造った隠れ里から始まった土地だったからか、他の地域よりも“人では無い者達”が多く住む街らしく、“神隠し”の“被害者”となった今の私が暮らすのには適した場所らしい。
(“神隠し”、ねぇ…… )
何度自分が置かれた状況を振り返っても現実味がサッパリ無い。なので必死に少しだけ過去を思い返してみる事にした。
——“神隠し”に遭う直前。当時の私は仕事に追われているうち、三十代が刻一刻と近づいてきていた。私の実家は交通機関で帰るにはかなり不便な場所で、山の中にポツンと建っている一軒家である。車の免許を持っていないからと何となく機会を逃し、家族からくる『いい加減顔ぐらい出せや』との催促を散々聞き流して結局十一年もの長きに渡り一度も帰らずにいた。だが『…… 流石に、そろそろ実家に顔を出すか』と帰省した時、不幸にも“神隠し”なるご大層なものの被害者になったそうだ。
(だけど、その間の記憶は全て“封印”されているんだったよね)
そのせいで私には記憶の欠落があるらしいのだが、二十九年分の人生の記憶だけで生きるのには全然困らないからか、現状に対して不安はあれども不満は無い。…… ただ、もう二度と、家族や友人達には会えないのだという事実だけが重く心に伸し掛かる。
三百年後。警察みたいな仕事を人間と共に担ってくれている“鴉天狗”のおかげで時を経て救い出され、目が覚めてから直様押し込まれた病院で数々の検査をこなし、隙間時間ではひたすら現状を受け止める為に渡された概略の書かれた冊子を読み、二日後には予定通りに退院。担当者の上司による『“神隠し”をした“落ち神”の居る地元からは早々に離れた方が良い』との判断に従い飛行機に乗り、その日のうちに即道外へ出る事になった。
(そもそも、“落ち神”って…… 何?)
全てが全て怒涛のように事が運び、何かを悩んだり考えたりする隙も無く、空港行きの列車だ飛行機だ、ドライバーが不在なのに勝手に動くクラシックカーなどに乗せられ、見知らぬ街の風景を見ながら『…… 未来って、もっと機械的な世界になるのかと思っていたのになー』なんて思っているうち、新居に到着。その後は、『明日また来ます。生活に必要な物は一通り部屋にありますが、不足品があれば書き出しておいて下さい。新居は一階の一〇二号室です』と担当者に鍵を渡されて一人、見知らぬ街に放置されてしまった。
海外旅行にでも行くのか?ってくらいに大きなキャリーケースの引き手を持ち、今日から住む事となったアパートの外観を見上げながら、口から出るのは溜め息ばかりだ。
(なんか、“昭和”って感じのアパートだなぁ。…… しかも『弟切荘』って。なんともまぁ、物騒な名前だ)
私が被害に遭う前にだってもうこんなアパートは絶滅気味だったのになってくらいに古いアパートだ。木造と鉄筋との混同二階建て。二階への階段は外にあり、屋根はあれども吹きっ晒しで少し錆びている。灰色の壁はとても薄いだろうし、何だったら雨漏りだってしそうだ。上下共三部屋ずつに分かれており、困った事に私の部屋は一階のど真ん中だ。これは生活音に相当気を付けての生活になりそうである。この先の生活に必要な費用は家賃以外も“加害者”持ちらしいので文句の言えない立場なのだが、『もうちょっとどうにかならなかったのだろうか?』と、失礼ながら思ってしまった。
色々諦めつつ手に持った鍵で施錠を解除して室内を覗く。
——だが次の瞬間、私は新居に対して抱いていた不満の全てを捨て去る事となった。
「…… か、可愛いっ!」
まるで子供の頃に夢見た様な部屋を前にして、つい叫んでしまった。
室内に入ってすぐ。玄関には二人くらいが立てるスペースと全身の映る鏡があり、そこを開けると一面靴箱になっていた。縦に長い靴箱なので相当数の靴をしまっておける。棚板は可動式だからブーツだって何だって平気そうだ。
キャリーケースを玄関に引き入れてから靴を脱ぎ、鍵を掛けていそいそと室内にあがる。こじんまりとした洋式のお手洗い、洗濯機もある脱衣場や洗面所とがあった。その奥にある風呂場は百六十センチ前半の私でも脚を伸ばして入るのは流石に無理そうだが、ありがたい事にユニットバスタイプである。建物の外観的にはシャワーすらも夢のまた夢で、タイル張りの壁と床に、使い古した給湯器付きのステンレス製湯船が置いてあってもおかしくなかったから、これだけの事でちょっと感動してきた。
気持ちを切り替えてキッチンを覗く。一人暮らし用の狭いタイプだが、とても綺麗だし、備え付けの棚や引き出しの中も確認したけど一通りの調理器具は揃っていそうだ。本格的なお菓子作りまでは無理でも、これなら日常的な食事の用意で困る事にはならないだろう。
お次は本丸・リビングルームである。玄関を開けた時点で既に少し見えてはいたのだが、いざ足を踏み入れてみると、つい感嘆の息をこぼす程に現実離れした室内だった。窓の手前には丸い形をした大きな飾り棚が設置されており、中心部が丸くくり抜かれているおかげで丸い窓が設置されている様に見える。飾り棚の内側には丸いクッションが多々置かれており、そこに座って棚に寄り掛かりながら外を眺めつつ読書などを楽しめそうだ。変則的な形をした棚の中には何故かコロポックルのコスプレをしたシマエナガとお尻を鮭に噛まれて叫ぶ木彫りの熊が飾ってある。
(…… これってもしかして、私の地元を意識したチョイス、なのかな?)
元々は押入れだったのかな?と思わせる箇所は小さなベッドスペースになっている。天井はやや低めで、天井付近は横長な収納スペースの様だ。
早速ベッドにあがってみると、金色のワイヤーで造られた小さな星や月の照明が何個もぶら下がっていてとても可愛い。近くの壁面にあるタッチパネルに触れると室内の照明が全て消え、ベッドスペースの天井部分には星空が現れた。
「うぉ!何これ!すごいっ」
家庭用のプラネタリウムっぽいのだが、それらしき物が何処にも見当たらない。何だかいきなりちょっと先進的な感じがして興奮が止まらなくなった。
他にはアホ程薄くて大きなディスプレイが右側の壁面に設置されていたり、淡い緑色の可愛いローテーブルと二人掛けのローソファーが置かれていたりと、インテリアのほぼ全てがとても洒落ている。狭いながらも『ドリームハウス』と言える室内で、全てプロのインテリアコーディネーターが厳選しましたと言われても納得してしまうレベルだ。
——改めて周囲を見渡すと、そこかしこに、この部屋を用意してくれた人の愛情を感じる気がする。誰が用意してくれたのか教えてはもらえていないが、いつかお会いする機会があったら、是非ともお礼を言いたいものだ。
「食材も色々あったし、久しぶりに料理でもしてみようかな」
平々凡々な部屋でずっと暮らしてきたからか、今日からはこんなに素敵な部屋で暮らすのかと思うと、少し楽しみになってきた。…… もう何処にも知り合いが居ないこの時代で、私はこの先、一人で生きていかないといけないのだ。生活していく空間が素敵な場所のおかげで、ほんのちょっとだけ心が軽くなった気がした。
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