眠り姫の憂鬱

月咲やまな

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本編

【最終話】こんな形をハッピーエンドだなんて認めない(アステリア談)

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 ヒョウガに目覚めのキスをされたあの日から、もう一ヶ月が経った。
 私が眠りについてた百年間の間に、周到な根回しを徹底的におこなってきたヒョウガ達の計略により、獣人族である狐達がこの国と共存する事に異を唱える者は周辺諸国には一人もおらず、姫を救った英雄となった彼に対して国民からの不満も上がらなかった為、むしろ百年前よりも国全体が平和になった様に思える。
 父も母も、私を呪いから救ったのが狐であったというのに、あっさり私達の婚姻を許可してしまった。後で聞いた話だが、父王は元々、獣人族の中では温厚な方である狐達と和平を結べないかと模索していたらしく、今回の一件は願っても無い話しだったのだとか。

 それだけでは話は終わらず、呪いから娘を守り切れなかった不甲斐無い自分が統括するよりも娘夫婦に国を任せたいと急に言い出し、つい先日両親は引退し、田舎にある別荘へ引っ越して行ってしまった。

 もう、どこからどこまでがヒョウガの意図によるものなのか、私にはわからない…… 。

 だが、私がヒョウガの——この国を乗っ取った狐の妻に、公式になってしまった事だけはわかる。異種族の和平の為、姫の呪いを解いた者への褒美と、様々な理由で外堀から固められてしまった私達の婚姻への道筋。

 私は本当にこんな状況で幸せだといえるのだろうか?
 やっと眠りの牢獄から覚める事が出来たのに、前と今と、何が違うというの?
 快楽の鎖に繫がれ、毎日のように蕾を拓かれる生活は、いったいいつまで続くの?

 そんな想いが心をチリチリと蝕んでも、活気付く城下を見ると、何も言えなくなる。
「…… 皆は幸せそうね」
 国民達の幸せそうな顔を遠くから見ながら、ぼそっと呟き、ふぅと息を吐き出す。

 ソファーの方へ戻り、座ろうと部屋の方へ目をやると、知らぬうちにヒョウガが私の部屋のベットの上に寝転がっていた。

「あ、あ、あれほどノックして下さいと!」

「しましたよ?返事がなったので入ってきましたが」
「許可が無い時は入ってはいけませんと、何回言えば解るのですか!」
 この男の頭の中には脳みそが無いんじゃないの?と思うほど、全然私の言葉を聞かないヒョウガに対してイライラする。
「何の用があって来たのですか?用が無いのなら、さっさと公務にお戻り下さいまし」
「公務はきっちり終わらせましたよ。慣れたものでしょう?伊達に何十年も王として仕事をこなしてきた訳ではありませんよ」
「くっ…… 」
 手際のよさに嫌になる。
「さぁ、いらっしゃい。今回は何もしませんから」

 嘘。
 そう言って、今まで何度も私を拓いてきたクセに。

「今回は本当ですよ、アステリアの心に触れたいだけですから」
 端整な顔と優しい声でそう言われ、魔法でもかかったみたいに自然と足が動き出す。しかめっ面をしながらも、ベットの上に乗ると、私はヒョウガの横に体を倒した。
 隣で横になる私の体を、ヒョウガがそっと抱き締める。大きく長い尻尾も絡ませ、私の頭に彼が頬を寄せてきた。
「あぁ…… 愛しい人。今日この瞬間も、貴女を心から愛していますよ、国ごと手に入れたくなっちゃうくらいにね」
「本当は国が欲しかっただけでしょう?私など…… どうせ二の次のくせに」
「貴女が先ですよ。姫じゃなければ、国に関与などはしなかった」
「信じられないわ」
「信じさせてあげますよ、大事に大事に、束縛してあげますね」
「…… 貴方の愛情表現は、私には理解不能だわ」
「いつか心地よくなりますよ」

 籠の鳥が?
 まさか!

「王族という足枷は、決して外せないんだ。その中で、自由に羽ばたく手段を模索する方がずっと懸命だよ?」
「…… その翼を握っているクセに」
「うん、愛してますからね。アステリアも私を好きだって、口に出してくれるまでは放してあげません」

「有り得ないわ、そんな事——」
 そもそも、離す気も無いくせに。
 
「じゃあ、一番素直な部分に訊いちゃいますよ?」
 そう言い、ぐっと私の内股にヒョウガの長い脚が入ってきた。
「ひっ!!」
「体はね、私の事を好きだって叫んでいて、心でも私を求めているのに、意地っ張りなお口はどうしたら本音を言うんでしょうねぇ?」
 ヒョウガが優しく指先で私の唇を撫でる。
「ま、毎度の様に私を求めるのを止めればいいです!」

 私など、体のいい性欲処理の人形でしかないのでしょう?
 口では何とでも言えるわ、獣人の言う言葉など信じられる訳がない!

「ええ、だからこうして…… ぎゅっとさせて下さいね」

 …… あら?

 ………… えっと…… 。

 待てど暮らせど、本当にただ抱き締めるだけで、それ以上を求める気配がない。瞼を閉じ、眠ろうとしているよにうにも見える。

 本当に、本当なの?

「…… 本当に、何もしないのですか?」
「ええ。私にだって、アステリアの香りを感じたいだけの日もあるんですよ?」

 いやいや、信じられないわ。本当かしら。

 疑いつつも、ちょっと嬉しい。不安になると、傍に居てくれる。意地の悪い言葉しかヒョウガには言えない私を、彼は決して責めたりはしない。

 そんな彼が、本当は、本心としては——

 あぁ駄目だ、言えない。
 言ったら何かが自分の中で崩れてしまう気がする。
 溺れて自我を保てなくなる気がする。
 だから言わない、出さない。
 自分で選んだ何かが、一つでもいいから、何でもいいから欲しくって。

 だけど、そんな私の心情もヒョウガには全て伝わっていて、その上で私を愛してくれているのだと思うから、私はより一層強く口を引き結ぶ。

「…… ホント、可愛い人だ」

 ヒョウガがボソッと呟く。そんな彼の服を、私は無言でギュッと掴んだ。


【終わり】
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