近くて遠い二人の関係

月咲やまな

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突き進む先にある関係

謝罪と相談①(烏丸・談)

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「待ったか?」と声を掛けた相手は幼馴染の綾瀬だ。
 高校卒業以降、今まではずっと綾瀬の部屋に遊びに行ってばかりいたが、何故か今回は『外で会おう!』とSNS経由で言われてしまった。言外に『お前はもう私の部屋に入るな』と匂わせているのかもしれないが、『待ち合わせなんて、まるでデートみたいだな』と考えると正直ちょっと嬉しい。

 集合地点の駅近くにある正体不明な近代彫刻の前で立っていてくれた綾瀬は茶色い膝丈のスカートを穿いていて、流行りのデザインをした靴はいつもより少し高めのヒールだ。上には菫色をしたハイネックのブラウスを着ており、袖だけでなく、首から胸のちょっと上辺りまでが全て菫の花をモチーフとしたレース生地になっているおかげで薄らと透けて見える肌や鎖骨のラインが妙に色っぽい。長い黒髪は緩く後ろでまとめ上げていてとても似合っている。いつの間にこんな髪型が出来るだけの技法を身に付けたのだろうか。なんかもう、このまま路地裏にでも押し込んで、着衣プレイに勤しみたいレベルで可愛くって堪らない。

「…… 全然。早速、お店に入ろうか」
「あぁ」

 旅館での魅惑的で淫靡な夜から八日が過ぎ、やっと生の綾瀬に逢うことが出来たのに、どうも彼女の態度が素っ気ない。理由は想像出来るので『何故?』と焦ったり不安に襲われたりはしないが、それでも胸の奥がきゅぅっと苦しくなった。

 あぁ、あの日はあんなに素直で愛らしくって淫美で淫乱で、仕舞いには俺の精液を胎から零すまいとするみたいに、だいしゅきホールドまでしてくれたのに!

 ——という回想のせいで胸が苦しいとか。変態か、俺は。
 メカクレのおかげで綾瀬の痴態を思い出してニヤける顔は誤魔化せているかとは思うが…… ホントマジで閨事時の綾瀬も可愛かったなぁ。
 そんな事をちょっと考えただけでより一層胸の奥が苦しくなり、服の胸元をぎゅっと掴む。股間もちょっと苦しくなったが、ゆったりコーデで一式揃えた服を着ているので完勃ちでもしない限りは気が付かれないはずだ。…… 多分。


『婚約の件で話し合いがしたい』と綾瀬からの連絡があったのは昨日の事だった。母からの電話を切ったすぐ後辺りでそのメッセージを見て、俺はスマホの画面を見ながら歯を食いしばった。

 この先も綾瀬の隣に居たいなら避けては通れない話題だ。

 だが一番触れたくない話でもある。関係が進んでいるのなら喜んで会いに行く所だが、この一週間全然連絡が無かった事を考えると、事態はあまり楽観視出来る状況ではないだろう。

 もう逢いたくはない。
 あの夜の件は忘れて欲しい。

 そんな言葉を投げかけられてもおかしくはない状況だ。最悪の場合、弁護士を同席しての対面である可能性だってある。そのくらいの事をされても当然の行為をしたのだから文句は言えない。なのに実際に逢ってみると綾瀬は一人で、随分とめかし込んだ服装だ。『実はこの後デートなの』と言われても納得の格好である。そのくらい可愛いし似合っているのだが、綾瀬萌えのキモオタ属性持ち・メカクレ男に言われてもドン引きされるだけなので、容姿への褒め言葉を本人には言わないでおいた。

「ランチセットが美味しいらしい店があるんだけど、そこでいいかな」

 一歩前を歩いている綾瀬が振り返り、こちらを見上げながら訊いてきた。あっちにあるという意味なのか、西側の方を指差している仕草まで可愛いとか、そこら辺のおっさんにこのまま誘拐されるんじゃ?と不安になるくらいの愛くるしさだ。

 あ、俺…… 今相当浮かれてるな。

 今更気が付いた。久しぶりに逢えて嬉しい、声が聞けて幸せだ、このまま手でも繋げたらいいのにってどうしたって考えてしまう。これはデートなんかじゃないってのに。完全に馬鹿丸出しだが、考えてしまうくらいは許して欲しい。

「もちろん。悪いな、この辺の店は…… 店も、全然知らんから助かるよ」
「言い直してるし」と言って綾瀬がクスッと笑った。
「お前だってそんなに店知らんだろうが」
 拗ねた声色でそう返すと、「そうだね。私も今から行く店は初めてだし。評判通りに美味しいといいねー」と綾瀬が言った。

 もしかして、わざわざ良さそうな店を調べてくれたんだろうか?

 今はネットで一発だとはいえ、そのへんのファストフード店でもいいかとテキトーに入る感じじゃないのがなんだか嬉しい。
 デートでエスコートされるのってこんな気持ちなのかなと思いながら、綾瀬の後に続く。スマホで店の所在地を確認しつつの案内で全然スマートじゃなかったが、それでも俺なんかに色々気を遣ってくれている綾瀬の姿がとても眩しく感じられた。


       ◇


 目的の店に入り、向かい合って椅子に座る。荷物を入れておける籠が足元にあったがそれは使わず、空いている隣の席に荷物を置いて一息ついた。
 店内は窓の外にあるグリーンカーテンのおかげで日差しが程よく遮られていて、真昼なのに少しだけ薄暗く、ちょっと涼しい。天井から吊るされた観葉植物やそこかしこに置かれている花瓶に飾られた花々のおかげで店内は随分と華やかだ。素人の手塗り感のある凸凹とした白い壁紙と緑のコントラストは清潔感があってとても落ち着く。他の客との距離もそこそこあるし、植物が目隠しにもなっているので、周囲を気にする事なくゆっくり話せそうな雰囲気だ。

 店員に渡されたメニュー表を見て、二人揃って別々のランチプレートを注文した。少しづつ分け合って食べられたら楽しいかもしれないと考えて、俺は綾瀬とは違う物を頼んでみた。飲み物は珈琲を選び、食前で運んでもらう事に。ランチタイム真っ只中な為、料理の出来上がりに少し時間が欲しいと言われたからだ。
「ギリギリのタイミングだったみたいだな」
 キンキンに冷えた水を半分近く一気に飲み込み、綾瀬に言った。
「そうだね。私達のすぐ後に入った人はちょっと待つみたいな感じだったし。こんなに混むんだったら、念の為予約するべきだったなぁ」
「次に来る時はそうした方が良さそうだな」
「んだね」

 …… この反応は、次があると期待してもいいんだろうか?

 口元が少し綻んだ。少なくとも距離を取りたい、嫌いだ、キモイ、訴えるぞ死ね、などとは思われてはいないかもしれない。だが、そう安堵したのも束の間。綾瀬は出されたおしぼりで手を拭いて一呼吸置くと、神妙な顔つきを俺の方に真っ直ぐ顔を向けた。だが視線だけ横には逸らされていてとても気不味そうだ。

「…… あの、ね」
「ん?」
「ごめ、ん…… 」

 何が、だ?

 もう訴えたとか?この後警察が来るのか?それとも——と、悪い想像が一気に頭の中を駆け抜ける。
 だが綾瀬から出た言葉は、俺の予想に反するものだった。

「この間は…… その、流石に調子に乗り過ぎたな、と。ああいった事はその、は、初めてだったから…… 好奇心というか、勿体無いというか、まさか私で?とか色々と…… えっとその…… だから、いっぱい考えたら、頭ん中真っ白になったと言うか…… 。と、とにかくその、嗜好から外れた行為を強制した事に対して少しでも詫びを入れておきたいなと」

 ボソボソとした小声でゆっくり綾瀬が喋っているが、『初めて』の言葉が胸の奥を熱くさせ、俺は自分の胸倉をぎゅっと強く掴んだ。
 尊い…… マジ可愛い死ぬ。
 綾瀬の初めてを貰った事は事後のシーツにあった微量の血痕から分かってはいたが、知ってはいたが!改めて本人から自己申告されると、もっともっとテンションが上がってしまう。

「か、烏丸?大丈夫?」

 急に俯いて服の胸元をぎゅっと掴んだからか、綾瀬が心配そうに声を掛けてくれた。即座に『大丈夫』と言いたいのに声が出ない。はぁはぁと雑な呼吸を繰り返し、火照る頬の熱を散らそうとするので精一杯だ。

 落ち着け、落ち着け!
 あー!でも綾瀬の処女を俺が貰ったとか、やっぱ幸せ過ぎるー‼︎

 この世の幸福を全て集めた瞬間みたいに心が躍る。この様子だと、少なくともこの後警察が来る、弁護士がといった心配は不要だろう。
 だが、改めて綾瀬の言葉を反芻し、疑問が生じた。『嗜好から外れた行為』とはなんの事だろうか?綾瀬に触れ、綾瀬の全身を、アナル以外は余す事なく捏ねくり回し、綾瀬と孕ませえっちを出来たあの夜の閨事の中に俺の嗜好から逸れた行為など一ミリも思い付かない。
 ま、まさか——

 …… 綾瀬にとってはあったから、そんな言葉が出て来たのか?

 どっと冷たい汗が全身から滲み出し、赤かった頬から一気に熱が消えた。顔色も悪くなり、服を掴む指先がガタガタと震える。
 もしかして…… 下手、だったのか?イメトレだけは幾千幾万と繰り返してきたから完璧なつもりだったが、やっぱり実践では上手くはいかないということか!ってかまず、いくら濡れていたからって、勢い余って処女のアソコを一切解さずに、フル勃起したイチモツを突っ込んだ時点でアウトじゃないか!あぁぁぁヤリ直したい!今すぐ、もうこの店のトイレでもいいから!

「…… ホントごめんなさい。怒ってる、よね」

 酷く落ち込んだ綾瀬の声が聞こえ、俺は慌てて顔を上げた。
「違う!」
 不甲斐ない自分に対しては怒り心頭に近い状況ではあるが、綾瀬への怒りなんかこれっぽっちも無いのに、俺の口数が極度に少ないせいで何か大きな勘違いをさせてしまったみたいだ。
「俺の方こそ…… ごめん。痛かったよな。本当にあそこまでヤル気はなか…… なか、ったんだけど、綾瀬が可愛くって…… 我慢が…… その…… 」
 あの瞬間ではもう最後までヤル気しかなかったくせに、おもくそ嘘をついたせいか吃ってしまった。しかも可愛いとか!キモイだろ、俺に言われても。そう思うせいか気分が落ち込み、誤魔化すみたいに右手で顔を覆う。

「か…… かわ?」

 何が言いたいのかわからない言葉を零し、綾瀬の声が震えている。
 恐る恐る指と髪の毛の隙間から彼女の様子を伺うと、目を見開き、真っ赤な顔で口をぱくぱくとさせていた。怒っている感じでは無い。むしろ想定外の嬉しい言葉をもらえて反応に困っているといった雰囲気だ。
「あ、あり…… がと」と呟き、綾瀬がぽっと染まる頬を指でかく。その仕草までもが俺の心をくすぐり悶えてしまい、全然会話が進まない中、店員の運んで来た珈琲が目の前に並んだ。
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