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【第五章】君は僕の可愛い獣

【第十一話】診察に行くには①

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 翌朝。キッチンの隅にある置き時計が朝の七時を告げている。十六夜の為に作った胃に優しい朝ご飯一式をトレーにのせて「——よし」と呟き、ハデスは満足気に微笑んだ。

(昨日も可愛かったな…… )

 自らの手で、眠る十六夜の体を激しく乱し、肌は唾液に先走りの汁に、秘部のナカは彼女から溢れ出た愛液とハデスの吐き出した精液まみれになった痴態を思い出し、彼は無自覚なままふふっと笑った。
 ベッドサイドに置いたルームランプの仄暗い灯りしか光源の無い寝室の中で、ベッドの真っ白いシーツの上に散る長い絹糸の様な銀髪はもう芸術の域だった。古書店で見た風景写真を集めた本の中でしか知らないが、新雪よりもきっと、彼女の肌の方が遥かに白くて美しいに違いない。——そんな事を考えつつ、ハデスは用意した朝食を持ち、十六夜が眠る寝室に向かった。


 寝室の扉横に置いてある小さなテーブルに一旦トレーを置き、鍵と扉を開けて再度トレーを持つと室内のテーブルの上にそれを運んだ。
 真っ先にカーテンを開ける。陽の光が差し込む部屋の中で眠る十六夜の姿を赤い瞳で捉えた瞬間、ハデスの顔が優しく綻んだ。そそくさと傍に寄り、十六夜の耳元に顔を近付けてピタッとハデスの動きが止まった。
 アイデースの処方した薬の効果は抜群で、驚く程深く眠ってしまうから『朝だから』という理由だけで声を掛けたくらいでは昨日の朝みたいに目覚めてくれる保証は無い。だがこのまま放置して食事もままならずに眠らせておくのもどうかと思う。傷の治りが遅くなるだろうから食事は是非とも摂らせたい。だが…… 

(——あれ?でも、今の傷の痛みに加え、栄養不足でもっと弱っていったら、このまま僕が看病し続けられるんじゃ?)

 何が、と彼は具体的に想像はしていないが、傷を気にせずに激しくしたいので早く元気になって欲しい気持ちと、このままずっと自分を頼って欲しい欲望がハデスの頭の中で喧嘩する。そのせいで声が出ず、彼女の耳元で無駄に口をぱくぱくとだけさせていたら、気配に気が付いた十六夜がゆっくり瞼を開けた。

「——うわぁ!お、おはようござい、ます?」

 あまりの近さに驚き、十六夜は開口一番叫び声を上げた。
「…… うん、おはよう。傷は痛くない?お腹空いただろう?薬を飲む前にまずは食べようか」
 ハデスは作り物くさい笑顔を顔面に貼り付けてそう言った。
 朝食まで用意して、起こすつもりで寝室まで来たクセに、色々な願望がハデスの頭の中で喧嘩して複雑な気分になる。彼の表情に違和感を抱きつつも、十六夜は「あ、ありがとうございます。でも、先に着替えとかを先に済ませてもいいですか?」と申し訳なさそうな顔で訊いた。
「じゃあ、手伝——」とまで笑顔で言ったハデスの言葉を「自分でやります!」と返して十六夜がバッサリ切り捨てる。そんな彼女の言葉を前にして残念そうに肩を落としながらもハデスは、十六夜の望むままに着替えやタオルなどを用意してやった。


       ◇


「——ご馳走様でした」
 昨日に引き続き、十六夜の食事はまだお粥のままだ。だが昨日のものよりもちょっと水を減らして作っているおかげで食べ応えは多少増していた。スープとすりおろしリンゴ、三種の野菜を角切りに切って少しだけ甘く煮た副菜なども添えてくれたおかげで十六夜の胃袋はすっかり満タンだ。このままゆっくり慣らしていけば、数日以内にはもう普通の食事が出来るだろう。

 食事の終わった食器の後片付けをハデスが始めると、十六夜が気不味そうな瞳を彼に向ける。根本の原因がそもそもハデスにあるとは知らない十六夜は、腕を怪我しているのだから申し訳なく思う必要はないと思いつつも、誰かを頼る事に慣れていないせいで罪悪感を抱いてしまう。
「ありがとうございます」
 食事と片付けの礼を言い、十六夜は一呼吸置いてから「——あ、あの!ハデスさんはもう、朝食は済ませたんですか?」とハデスに声を掛けた。
「うん。お粥を用意したついでにね。…… もしかして、一緒に食べたかったかな?」
「一緒に、というか…… 」とまで言って、十六夜が視線を逸らし、頬を指先でかくみたいな仕草をする。
「その、あの…… 食事の間中ずっと見られていると、視線が気になってしまって」
 なるほど、と納得しつつもハデスが目を見張った。彼は誰かと食事をする機会を積極的に避けてきた為、見られながら食べる気不味さをすっかり忘れていた。『悪い事をしたな』とは思いつつ、だけど『淡く色付く唇をあられもなく開き、真っ赤な舌をひっそりと晒して口の中に自分から進んでモノを入れる様子を見るなとか、コレは随分と無理難題な要求をされてしまったな』と本気で頭を悩ませた。

「話題にも出ましたし、お昼からは一緒に食べませんか?せっかく二人で居るんですから」

 彼女からの提案を聞き、ハデスは一瞬固まった。だがその後すぐ嬉しそうに相好を崩して「そうしようか」と快諾する。そんな彼の顔を見て十六夜もつられて笑った。
 たとえ二人で食べる事になってもきっと、彼は無自覚なまま、十六夜の食事する光景をじっと見ているだろう。だけど一人で食べるよりも断然いいと彼女は割り切る事にした。

「あ、そういえば」
「ん?」
「近々、病院に行って来てもいいですか?」
「何処か他にも痛いところがあるのかい?」
「いいえ。ただ、自分の怪我の状態をきちんと知りたいので、病院へ行きたいな、と」
「じゃあ医師を家に呼んであげるよ」と言い、ハデスが微笑んだ。
 その反応を見て、十六夜は内心『困ったな…… 』と思っている。家までアイデースに来てもらうとなった場合、きっとハデスはずっと側に付き添って離れないだろうなと、彼の事をまだほとんど知らない十六夜ですら簡単に想像出来てしまう。

(起きている間中、ほぼずっと視界の範囲内にハデスさんが居るもんなぁ…… )

 目覚めてからずっと、一人になるのはお手洗いの中くらいだ。それだって怪我が心配だと扉の前近くまで付き添う始末である。保護している対象者が心底心配なのだろうなとは理解してはいるが、少しでも早く自分の仲間とコンタクトを取りたいと十六夜は思っている。
「でも、家にまで来てもらうのはちょっと…… 。私は知っての通り自分で歩けますし、寝たきりでもないのにまた来てもらうのは悪いですよ」
「まぁ、確かにそうかもね。——じゃあ、午後からでも一緒に行こうか」
「いえいえ。ハデスさんもお忙しいでしょう?地図さえ描いてもらえれば、一人で行けますから」

「…… でも、そんな格好で?」

 そう言って、ハデスは十六夜が着ている白いシャツの襟をそっと指先でなぞった。一番上のボタン以外は全てきちんと留めているのに、それでも鎖骨どころか谷間が少し見えてしまっている。下着類も着ていないので、このまま外に出れば露出狂みたいな扱いを受けそうな格好だ。
「ズボンとか、他の服をお借り出来れば行けますよ」
「僕らの体格差じゃ、ベルトを使って腰周りを縮めて誤魔化しても丈が長過ぎて、どんなに折っても歩き難いままになるよね」
「うっ…… (確かに)」
 彼は細身ではあるものの、二メートル近い身長があるうえに筋肉質なので厚みもある。そんなハデスの衣類では、どれを借りて着たとしても百五十センチにも満たない十六夜では格好がつかないだろう。

「長めのローブがあるからそれを服の上から着て、そして僕が抱えて運んであげれば、今の服のままでもなんとかなると思わない?」

 妙な威圧感のある笑顔でハデスに言われ、十六夜は問答無用なまま頷くしかなかったのだった。
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