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【第三章】いやしは隣のキミ一人
【第八話】夕食(十六夜・談)
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ハデス君の奢りでクレープを食べ、その後はすぐマンションに戻った。結局彼の門限ギリギリの時間になってしまい、少し小走りになりつつ、慌てて部屋に入る。…… 何故かハデス君も一緒に。当然の様な顔で。
十七時門限なのは小学生であるハデス君だ。ならば『彼が、彼の家に入らないと門限を守った事にならないのでは?』と不思議に思っていると、「クレープは美味しかった?」と訊かれ、「う、うん…… 。美味しかったよ、ありがとう」と答えた。
「じゃあまた今度一緒に食べようか。今度は持ち帰りにしようかなぁ、また知り合いに会ったら面倒だしね」
「モテるんだね、ハデス君は」
「へ?…… ボクが?んー…… 。あんなやり取り、別に普通だと思うけど」
訝しげな顔をされてしまった。心底何を言っているのかわからないといった雰囲気である。
どうやら彼女達の、明らかに恋する乙女が持つ特有の瞳はハデス君には全く通じていないみたいだ。この時期は男女で精神年齢にズレのある時期らしい。ハデス君はその点まだまだお子様なのだろう。
その事に何故か安堵を抱いていると、その隙に彼は手早く冷蔵庫の中に食材を片付け始めた。家事慣れしているその動きに感心していると、「晩御飯、何が食べたい?」と当然の様な声で訊いてくる。
「わ、私が作るから大丈夫だよ?」
慌てて駆け寄り、作業を引き継ごうと試みた。
「それよりもまずは家に早く帰らないとまずいんじゃないかな…… 。門限過ぎてる、よね?」
「ボクの家はすぐ隣だよ?誤差だよ、このくらい」と言いながら、次はフライパンや鍋をキッチンの棚から取り出す。
「まだこの時間は誰も帰って来ないんだ。…… ねぇ、だからさ、晩御飯一緒に食べたいなぁ」
漆黒の瞳に涙の膜を作りながらハデス君が私を見上げる。まるで捨てられる寸前の子猫の様だ。“ハデス様”によく似た相貌でそんな顔をされては断れる訳がない。
私が“ハデス様”の“番”故か、なんなのか。
私は「…… いいけど、一度だけ家には帰っておこうね」という言い回しで、許可を出してしまったのだった。
◇
「「いただきます」」
二人揃ってエプロンをしたまま、ダイニングにあるテーブルセットの椅子に座って手を合わせる。ハデス君は私の言いつけ通り一度家に帰ったが、五分もせずにこちらの部屋に戻って来た。まだ小さな手にマイエプロンを持った状態で。
「…… えっと、こんなメニューで良かったの?」
「うん。美味しそうだと思うけど。十六夜さんがちゃんと料理出来るんだってわかってちょっと安心したよ」
「あはは…… 」と空笑いを返し、目の前に並ぶ料理を改めて見渡す。渋みのあるデザインをした茶碗には白米が。キュウリの浅漬け、鮭の塩焼き、野菜たっぷりのお味噌汁に南瓜の甘煮。お子様が最も好みそうなお肉なんかほんとちょっとだけで、鶏肉と白滝の煮物の中にかろうじて入っているくらいである。
私は作っていなかっただけで、料理は出来る。祖母と暮らしていた“設定”と“記憶”のおかげだ。だが祖母の好みに合わせて一緒に作っていたから、並ぶ料理のラインナップは完全に昭和の食卓である。派手さや写真映えなんか一切しない、質素と言ってもいい料理ばかりだ。せめて洒落た盛り付け方でも出来ればいいのだが、それも出来ない。そんなスキルを“星”少女は全く持ち合わせていないみたいだ。残念無念。
晩御飯を作り出す直前。ハデス君の食べたい物を作ろうかと思っていたのだが、『本当に料理出来るの?』と不安げに訊かれた事がきっかけで、今回はほぼ私が作った。ハデス君は人参の皮剥きだとか出汁を用意したりといった補助をしてくれた。おかげですごく早くご飯が作れたので、彼は相当家事に慣れているのだと思う。
「どう、かな?味に問題はない?」
「薄味だけど、美味しいよ」
ですよねーと遠い目になった。年配者の健康に気を配った味付けに慣れているせいなので、次回はもうちょっと濃いめに作ろう。うん。
クレープを食べた時にも思ったが、二人共食事中は割と静かなタイプだったみたいで、黙々と食事の時間は過ぎ去っていった。だけど、作ったのがもっとちゃんとお子様向けのメニューだったなら、もうちょっと会話も弾んだのかもしれないなと思うと申し訳ない気持ちに。今度また作る機会があるならばその時は事前にネットで色々レシピを探してからにしよう。——食事をしながらそんな事を考えていると、食器を台所に下げながらハデス君が気まずげに口を開いた。
「…… ね、ねぇ」
「ん?」
「ま、また…… 一緒に食べても、いい?ご飯…… 」
「いいけど、お家の方はいいの?」
叔母はいつ帰宅するかも知れない人だ。ストーリーの流れ的に、少なくとも今年度中はほぼ家に帰っては来られないだろう。
「家に居ても…… ほとんど一人、なんだよね。姉ちゃんもバイトとか学校で忙しくって不規則だし、親は共働きだからさ」
“設定”のおかげで彼の事情は知っていたとはいえ、本人の口から聞くと胸に刺さる。『もうこれはネグレクトに近いんじゃ?それこそ、児童相談所に通報の案件なのでは?』とまで考えてしまった。
「あ、でもね、今は年度始めだから忙しいってだけだよ?流石にいつもこうって訳じゃないんだ」
私が何を考えているのか表情から感じ取ったのか、ハデス君が慌てて事情を説明してくれた。この世界は主人公の二人が寂しさを埋め合うみたいなストーリーのお話なので、どちらも家族との縁が希薄なのは仕方がないのか。
「いいよ。また一緒に食べよう」
余程嬉しかったのか、「やった!」と言ってその場で跳ねそうなくらいにハデス君が喜んでくれた。そんな彼が“ハデス様”なのだと思うと、不思議な気持ちになってくる。だがもしも、彼がただ“ハデス様”と容姿が似てるだけの少年で、全くの無関係の存在だったとしても、私は彼のこの喜ぶ笑顔を一生忘れないだろう。そう思うくらい、彼の笑顔は綺麗で眩しかった。
十七時門限なのは小学生であるハデス君だ。ならば『彼が、彼の家に入らないと門限を守った事にならないのでは?』と不思議に思っていると、「クレープは美味しかった?」と訊かれ、「う、うん…… 。美味しかったよ、ありがとう」と答えた。
「じゃあまた今度一緒に食べようか。今度は持ち帰りにしようかなぁ、また知り合いに会ったら面倒だしね」
「モテるんだね、ハデス君は」
「へ?…… ボクが?んー…… 。あんなやり取り、別に普通だと思うけど」
訝しげな顔をされてしまった。心底何を言っているのかわからないといった雰囲気である。
どうやら彼女達の、明らかに恋する乙女が持つ特有の瞳はハデス君には全く通じていないみたいだ。この時期は男女で精神年齢にズレのある時期らしい。ハデス君はその点まだまだお子様なのだろう。
その事に何故か安堵を抱いていると、その隙に彼は手早く冷蔵庫の中に食材を片付け始めた。家事慣れしているその動きに感心していると、「晩御飯、何が食べたい?」と当然の様な声で訊いてくる。
「わ、私が作るから大丈夫だよ?」
慌てて駆け寄り、作業を引き継ごうと試みた。
「それよりもまずは家に早く帰らないとまずいんじゃないかな…… 。門限過ぎてる、よね?」
「ボクの家はすぐ隣だよ?誤差だよ、このくらい」と言いながら、次はフライパンや鍋をキッチンの棚から取り出す。
「まだこの時間は誰も帰って来ないんだ。…… ねぇ、だからさ、晩御飯一緒に食べたいなぁ」
漆黒の瞳に涙の膜を作りながらハデス君が私を見上げる。まるで捨てられる寸前の子猫の様だ。“ハデス様”によく似た相貌でそんな顔をされては断れる訳がない。
私が“ハデス様”の“番”故か、なんなのか。
私は「…… いいけど、一度だけ家には帰っておこうね」という言い回しで、許可を出してしまったのだった。
◇
「「いただきます」」
二人揃ってエプロンをしたまま、ダイニングにあるテーブルセットの椅子に座って手を合わせる。ハデス君は私の言いつけ通り一度家に帰ったが、五分もせずにこちらの部屋に戻って来た。まだ小さな手にマイエプロンを持った状態で。
「…… えっと、こんなメニューで良かったの?」
「うん。美味しそうだと思うけど。十六夜さんがちゃんと料理出来るんだってわかってちょっと安心したよ」
「あはは…… 」と空笑いを返し、目の前に並ぶ料理を改めて見渡す。渋みのあるデザインをした茶碗には白米が。キュウリの浅漬け、鮭の塩焼き、野菜たっぷりのお味噌汁に南瓜の甘煮。お子様が最も好みそうなお肉なんかほんとちょっとだけで、鶏肉と白滝の煮物の中にかろうじて入っているくらいである。
私は作っていなかっただけで、料理は出来る。祖母と暮らしていた“設定”と“記憶”のおかげだ。だが祖母の好みに合わせて一緒に作っていたから、並ぶ料理のラインナップは完全に昭和の食卓である。派手さや写真映えなんか一切しない、質素と言ってもいい料理ばかりだ。せめて洒落た盛り付け方でも出来ればいいのだが、それも出来ない。そんなスキルを“星”少女は全く持ち合わせていないみたいだ。残念無念。
晩御飯を作り出す直前。ハデス君の食べたい物を作ろうかと思っていたのだが、『本当に料理出来るの?』と不安げに訊かれた事がきっかけで、今回はほぼ私が作った。ハデス君は人参の皮剥きだとか出汁を用意したりといった補助をしてくれた。おかげですごく早くご飯が作れたので、彼は相当家事に慣れているのだと思う。
「どう、かな?味に問題はない?」
「薄味だけど、美味しいよ」
ですよねーと遠い目になった。年配者の健康に気を配った味付けに慣れているせいなので、次回はもうちょっと濃いめに作ろう。うん。
クレープを食べた時にも思ったが、二人共食事中は割と静かなタイプだったみたいで、黙々と食事の時間は過ぎ去っていった。だけど、作ったのがもっとちゃんとお子様向けのメニューだったなら、もうちょっと会話も弾んだのかもしれないなと思うと申し訳ない気持ちに。今度また作る機会があるならばその時は事前にネットで色々レシピを探してからにしよう。——食事をしながらそんな事を考えていると、食器を台所に下げながらハデス君が気まずげに口を開いた。
「…… ね、ねぇ」
「ん?」
「ま、また…… 一緒に食べても、いい?ご飯…… 」
「いいけど、お家の方はいいの?」
叔母はいつ帰宅するかも知れない人だ。ストーリーの流れ的に、少なくとも今年度中はほぼ家に帰っては来られないだろう。
「家に居ても…… ほとんど一人、なんだよね。姉ちゃんもバイトとか学校で忙しくって不規則だし、親は共働きだからさ」
“設定”のおかげで彼の事情は知っていたとはいえ、本人の口から聞くと胸に刺さる。『もうこれはネグレクトに近いんじゃ?それこそ、児童相談所に通報の案件なのでは?』とまで考えてしまった。
「あ、でもね、今は年度始めだから忙しいってだけだよ?流石にいつもこうって訳じゃないんだ」
私が何を考えているのか表情から感じ取ったのか、ハデス君が慌てて事情を説明してくれた。この世界は主人公の二人が寂しさを埋め合うみたいなストーリーのお話なので、どちらも家族との縁が希薄なのは仕方がないのか。
「いいよ。また一緒に食べよう」
余程嬉しかったのか、「やった!」と言ってその場で跳ねそうなくらいにハデス君が喜んでくれた。そんな彼が“ハデス様”なのだと思うと、不思議な気持ちになってくる。だがもしも、彼がただ“ハデス様”と容姿が似てるだけの少年で、全くの無関係の存在だったとしても、私は彼のこの喜ぶ笑顔を一生忘れないだろう。そう思うくらい、彼の笑顔は綺麗で眩しかった。
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