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【第二章】乙女の誘惑

【第四話】顛末(十六夜・談)

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 断罪騒動の日から一ヶ月程が経過した。
 その間、火急に処理せねばならない案件の多さでずっとバタバタしていて、『今の私は休暇中だったはずでは?』と改めて考える羽目に。王太子である“アウローラ”としての記憶のおかげで仕事がわからず困るという事は無かったが、コレなら書棚に囲まれていた日常の方がずっと楽だったではないか。寝ても覚めても減らない書類の山と決断待ちの案件に囲まれ、鬱気味になる。

 大陸の辺境地域に存在する我が国が、広大な大陸の大半を全て管理するなど正気の沙汰ではない。

 もういっそ同盟・属国その全てに独立を認めるか、戦前の頃の統治状態に戻して全域と不可侵条約を結んだ上で今の様な和平関係を維持していった方がずっと楽なのでは?と思ってしまう。王国発祥時の地域だけでも農地や鉱物資源には十分恵まれているのだから問題無く生活出来るではないか!とも。

『そもそも、ラブコメ要素の強い乙女ゲームだったのに、裏設定が何故に重いのだ!』と、前世の人格が脳内で悲鳴をあげる。

『本編には不必要な要素なうえに、無理ある設定だと何故思わなかった?だからこのゲームは売れないんだよ!』などと、現世に存在しているゲームの運営に対しての文句も言っているが、“私”に言われてもなぁと返したくなるばかりだ。

 だがそんな日々も多少は一段落する気配を見せ、今日はやっと、私の婚約者となる予定にあるエレオス・ディ・クラーツィア公爵令嬢と会う算段となっている。忙しさから長らく放置してしまったが、流石にそろそろ婚約の件についてきちんと話を詰めるつもりで呼んだ。ブラック企業並みの激務と重責に疲れ、『既に彼女に想い人がいる様ならこのまま有耶無耶にし、武者修行と称して大陸外に逃げるのも悪くないな…… 』と思う自分がいる事は、皆には内緒にして。


「あぁ、すまない。待たせてしまったかな?」
 少し早めに王城内の一角にある応接室に行くと、既にエレオスは到着済みだった。挨拶もそこそこに席へ座り、用意させた茶を飲みながら早速本題に入る事にする。
 こういった相手の場合。まずは軽い雑談でもするべきなのかもしれないが、どうにも私は異性との会話に慣れていない様で、適当な言葉がスムーズに思い付かない。着ているドレスや髪型、装飾品の一つでも軽く褒めるべきなのだろうが、部屋に二人っきりなのだと思うと妙に緊張して駄目だった。未婚女性にあらぬ疑惑の芽を抱かせない為にと扉を開けたままにし、廊下には護衛兵が、隣室では侍女達も待機しているのだから正確には二人きりではないのだが、それでも華奢な異性への苦手意識は消えないみたいだ。

「あれから連絡もなしに放置してしまって申し訳なかったな。断罪騒動の一件の後処理に追われて、他の執務にも支障が出ていたから手が回らなかったのだが…… 女性の一生を左右する案件なのに、本当にすまない事をした」

 今日も前回会った時と同じく左目側を前髪で隠しているので、どうやら彼女はこの髪型が気に入っているみたいだ。
「お忙しいのだと察しておりましたので、どうかお気になさらず。それに父から随時状況は聞いておりましたから何も問題ありません。今この様にお気遣い頂けただけで充分でございます」
 エレオスがそう言って冷たい印象を受ける笑みを浮かべた。
 公爵家の令嬢なので誰も何も表立っては言わないだろうが、この表情では損をしている事が多そうだなと改めて思う。弟が、愛らしい表情の仮面を被ったフレサに惹かれたきっかけでもあるのでは、とも。
「そうだったのか。この一件では、彼が一番率先して動いてくれたので非常に助かったよ」
 クラーツィア公爵は父の臣下の一人で財務のトップを担っている。非常に真面目な性格なおかげで父王からの信頼も厚く、今回の一件は彼に任せるべき案件とは畑違いだったにも関わらず、娘可愛さからか全力で動いてくれていた。

 結論から言えば、この世界のヒロインだったフレサ・デ・イリューシュア子爵令嬢は絞首刑となった。

 両親は爵位剥奪と財産の半分を没収、そして首都からは追放される事に。
 この悲劇は、中身が急に別人になってしまった結果なので娘を育てたご両親に罪は無いと言いたい所なのだが、それを知る者は私だけだ。そんな状況ではこれ以上の減刑が不可能であった事が悔やまれる。
 ただ彼女は、王族に対する態度としては不適切な言動が数多くあり、不敬ではあったとはいえ、まだ若く未熟な女性だ。幽閉、国外追放、もしくは修道院に入れる程度に留めるべきではという声も上がったのだが、それらの意見をあげたのが攻略対象者だった者達のみだったのが非常に拙かった。
 断罪騒動の終盤に見せたフレサの鬼女じみたあの態度。アレを見ても尚そのような言葉が出てくる事に、皆が不安を抱いたのだ。

『何か魅了系の魔法でも使えるのでは?』
『それならば、魔力回路封じの鍵を解除出来でもしたら、幽閉先などでまた被害に遭う者が出るかもしれない』

 悪用が可能な魅了・精神系の魔法は、その性質から大陸全土で禁忌魔法に指定されている為、そもそも使える者達は徹底的に管理下に置かれている。フレサはその対象外の者であったので、『もしかすると鑑定士すらも欺く術を持っているのかもしれない。ならばもう、危険因子に他ならないではないか!』と危惧する者が続出してしまった。
 最初はその異様な流れに異を唱えようかとも思ったのだが…… なにせフレサの態度が終始擁護し難いものだったせいで、“私”が王太子であろうが口を挟む隙がなかった。『いやいや、ゲームの知識があったから彼らを陥落出来ただけですよ』とも言えぬので、ひとまず流れを見守る事に。

 状況を見澄ますと決めはしたが、それでも気になり、フレサが今はどんな状況なのかこの目で確認しようと地下牢まで様子を見に行ってみた日があった。
 石造りの冷たい階段を降り、蝋燭の灯りしかない様な薄暗い場所に閉じ込められている女性の姿を前にするのかと思うと心苦しくはあったが、階段途中の段階からもう聞こえ始めるフレサの怒号で、その感情が段々と薄れていった。
 
『主人公の私が何で牢屋行きなわけ⁉︎信じらんないわ、ホントあり得ない!私はこの大陸を統べる女王にだってなれる存在なのよ⁉︎』
『あの脳筋男があんな行動を取らなかったら今頃私こそがこの世界の英雄だったのに!もういっそ、皆死ねばいいんだわ!滅びろ!滅びろぉぉ‼︎』
『脳筋男こそ、なんかオカシイのよ!あそこであんな行動を取るなんて、アレこそ悪魔に操られてるんだわ、殺すべきよ!そうだ、私が退治してあげる!だから、早く此処から出せってーの!』
『早く助けろー!バカ運営ー!』

 の、脳筋男…… 。

 その言葉が誰を指しているのかは明確で、何も口出し出来なかった。
 牢の中だろうがそりゃもうずっとお元気で、中身がただの子爵令嬢でない事を知っている身としては、前世の人格に口調が引っ張られているせいで『馬鹿か?』と当人の前で言い放ってやりたくなってくる。大人しくしていれば攻略対象だった者達の助けを借りれたろうに、本人がアレでは彼らも救いようがないだろう。

 反省の態度が全く無く、ゲームが上手く進まなかったとひたすら癇癪を起こしている少女にかける言葉など何も思い付かず、顔を見る気も無くなり、一切言葉を交わさぬまま地下牢から引き上げる羽目になった。
 牢に入った時点で『この世界の人間もちゃんと生きている者達なのだ』と改心するチャンスだったろうに。人生にはリセットスイッチなど無いのだから、自らの行動を改めてみるしかあの子に逃げ道は残されていなかったのだ。それが頑なに、『此処は所詮ゲームの世界なの。本当に生きているのは私だけよ!』という思い込みを捨てきれなかったせいで、フレサは異例の速さで裁かれ、刑が執行された。

 ヒロインが死んだ。
 なのに私はまだこの世界に居る。

 彼女の為に用意された物語だったはずなのに…… いつまで私は、この世界で過ごせばいいのだろうか。
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