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《15》
しおりを挟む週明けの月曜日、朝から夏川さんは不機嫌だった。
挨拶をしても素っ気なく、目を合わせてくれない。
誰に対してもその態度なら、今日は虫の居所が悪いのかな?くらいで、そっと距離を置くのだけれど……
どうもそうじゃない感じ。
つんけんした態度は私に対してだけ。
私、彼女に何かしたんだろうか?
身に覚えのない私からしたら、彼女の不可解な態度に首を傾げずにはいられない。
端から見ても分かるようで、細谷さんから「何かあったの?」と、こっそり問われた。
当然私は「さぁ…」と曖昧に濁すしか出来ず、もやもやしたまま、半日が過ぎた。
お昼休憩の時間になり、ランチの前にトイレに向かうと、丁度入れ替わる形で夏川さんが出てきた。
「あっ……と、夏川さん、今日のお昼はお弁当?コンビニ?外に食べに行くなら付き合うよ」
いつも一緒にお昼を摂っている間柄なので、ついいつものように声を掛けてしまう。
夏川さんは私を一瞥し、小さな声で「……結構です」と返してきた。
休憩に入る前、彼女が主任に愛想良く笑顔を振り撒いていたのを目にしていただけに、この態度は思いっきり傷付く。
「ちょっ、夏川さん」
固い表情で私の横を通り過ぎようとする彼女を引き止め、行き手を阻むように回り込んだ。
「あの……私、何か気に障る事したかな?」
「…………」
悲しい事に、目さえ合わせて貰えない。
「この間、不用意に酔っ払って迷惑掛けたのは謝る。ごめんね」
「…………」
反応なし。
先日の飲みでみっともなく酔って、初対面の人の前で恥を掻かせた事は反省してる。
翌日の朝、二日酔いに苦しみながら、お酒は2杯までにしようと心に誓った。
それくらい大いに反省してる。
なのに、まともに会話すらして貰えないのは、途方もなく切ない。
「それとも他の事で怒っているなら訳を話して?謝らせて」
「………っ」
一瞬だけ何かに耐えるような素振りを見せた後、夏川さんは大きく息を吐いた。
かと思えば、すぐさま泣きそうな程くしゃくしゃにした顔をこちらに向ける。
「もうっ!何だってそんなに朝比奈さんは可愛いんですか!?」
「………え……えぇ…?」
「見た目も中身も、ちょっと隙があるような所も合わせてパーフェクト!男受けの塊!!年上相手に失礼だけど、その可愛い顔見るとムカつく!本気で腹が立つ!」
想像すらしていなかった罵声を浴びせられ、果てしなく混乱。
「………えっ……と、夏川さん?一体何に怒ってるの?」
今度はキッと睨まれる。
「……この間の飲みの帰り、朝比奈さんが先に車を降りた後、親跡さんと二人っきりになって、チャンスだと思ったんですよ!」
このフリは、チャンスを生かせなかったというオチが容易に想像出来てしまえる。
「親跡さんてば、何かにつけて朝比奈さんの事ばかり気にして……」
夏川さんがわざとらしく盛大に溜め息を吐いてみせた。
「………男って本当に分かり易い」
吐き捨てるように言ってから、頭を掻きむしる夏川さん。
何となく彼女の言わんとしている事を理解したと同時に、帆貴さんの言葉が脳裏を過る。
『朝比奈さん、チカが絶対好きなタイプ』
忽ち頬に熱が集中する。
本人から直接言われた訳ではないにしろ、夏川さんや親跡さんに近しい人から言われたら、真に受けてしまいそうになる。
もし次に会う機会があった時、どんな顔で親跡さんと対峙すればいいのか悩む。
「あー悔しい。狙いを定めた瞬間から的が逸れちゃって」
夏川さんは溜め息混じりに言いながら私に背を向けたと思えば、すぐに振り返って不敵に笑ってみせる。
「って事なんで、落ち込む後輩にランチ奢って下さいね、朝比奈先輩」
急な話の展開に脱力させられたと同時に、さっきまでの態度の理由がただの八つ当たりと分かりホッとしたような、呆れたような……
何とも複雑な思い。
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