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《10》
しおりを挟む「実は、親跡さんをお呼びしたのは、我が社の新商品開発に、御社のお力を貸して頂きたいと思いまして」
意志の籠った目。
「地元有数の人気酒造である、親跡酒造の日本酒を使った洋菓子の販売………絶対話題になると思うんですよ」
そして、力強い口調。
「何より、初めて親跡の日本酒を飲んだ時の感動といったら、そりゃあ、もう………それを沢山の人に味わって頂きたいんですよね」
お酒の力もあってか、いつもより更に饒舌な夏川さんの姿に私は舌を巻かずにはいられない。
彼女が纏う周りを引き込む空気と巧みな話術は素直に凄いと思うし、あまり気の利いた事を言えない私からするととても羨ましい。
どんな製品にしたいとか、ターゲットとする客層についてだとか……
どんどん話を進めていく夏川さん。
私は彼女の熱弁に一切口を挟まず………というより挟めず、静かに頷くだけ。
親跡さんは、相槌を打ったり時折質問を挟みながら熱心に夏川さんの話に耳を傾けている。
途中、何度か目が合うものの、基本彼は夏川さんに視線を注いでいる。
私はここでも完全に空気だ。
どうにも役に立ちそうもない私は、ちびちびお酒を煽る。
……と、隣のカウンター席に誰かが腰を掛けた。
「朝比奈さんは参加しないんですか?」
帆貴さんだ。
私の顔を覗き込みながらニッと笑った彼は、右手に小さなガラス瓶を持っている。
「私の入る隙はないようなので、静観してます」
「ははっ、夏川さん1人で10人分は喋っている感じっすね」
言いながら帆貴さんは私の前に空の盃を置いた。
「あはは、確かに」
帆貴さんは、手にしていた薄紫色が美しい瓶の蓋を開け、私に向かって差し出して来た。
「この酒も旨いんですよ。割と女性向けかな?キレイなお姉様にサービスです」
「え………あ、ありがとうございます」
分かり易いリップサービスといえ、褒められて悪い気はしない。
気分良く、注がれたお酒に口を付けた。
「ん………まろやか。美味しい。これ一番好きかも」
私が絶賛すると、帆貴さんが「ねっ?」と、得意気な笑顔を見せる。
「………って、あの、店のお手伝いは良いんですか?」
「しばしの休憩です。別の言い方をするとサボり」
子供のように無邪気に笑ってから、帆貴さんは再度私の顔を覗き込んでくる。
ジロジロと舐めるように見たかと思うと、少し引いて眺めてくる彼に居心地の悪さを感じながら「何ですか?」と、聞いてみた。
すると、彼は何故か二、三度頷き、口を開く。
「いやぁ、メチャメチャ可愛いなって思って」
「えぇ?」
思わず顔が引きつった。
「に、20代後半に差し掛かった女に言う台詞じゃないですよ?」
可愛いとか、もっと若い子に言うべき言葉だ。
言われて嬉しくない訳じゃないけれど、照れるより先に何となく身構えてしまう。
「朝比奈さんいくつなんですか?」
女性に年齢を聞くのは無礼に当たる事を、この彼は知らないのだろうか?
ましてや、初対面なら尚の事。
軽く引きながら「26です」と答えると、帆貴さんは「へぇ」と、声を挙げる。
「俺とチカの1個お姉さんになるんですね。因みに、彼氏はいるんですか?」
これまた随分立ち入った事を聞いてくるものだ。
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