オセロな関係

江上蒼羽

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《3》

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定期的に新製品についての企画会議が行われる。

企画会議といっても、畏まったものじゃなくて、お菓子を摘まみながらのお茶飲みという、緩~いもの。


「そろそろ新製品出したいんだけど、どんなものがいいかな?誰か何か良いアイデアない?」


主任の言葉にわざとらしく「うーん…」と唸り声を挙げたのはこの場で唯一の男性社員の笹山さん。

腕を組んで考えるフリを決め込む年長者の松井さんの隣で中堅社員の細谷さんがボールペンを回している。

何か良いアイデアは?と問われても、すぐには閃かないもので……

画期的な良案を探しつつ、他社の新発売のお菓子に手を伸ばし、皆の出方を窺う。

と、私の隣に座る人物が僅かに身動いだ。


「あの、私から良いですか?」


控えめに挙手をしたのは、最年少で入社一年に満たない今時女子の夏川さん。

私を含めた5人分の視線を浴びて一旦は萎縮したものの、すぐに彼女は背筋を伸ばした。


「日本酒を使った製品なんてどうでしょうか?」


若い彼女の口から“日本酒”という単語が飛び出した事に驚く一同に対し、意外にも主任が食い付きをみせる。


「へぇ……日本酒。どうしてまた日本酒が良いと思ったの?」


それに乗っかる形で細谷さんが口を開く。


「夏川、アンタ酒は好きだけど日本酒だけは飲めないって言ってたじゃん。どういう風の吹き回し?」


噂ではかなりの酒豪と名高い夏川さんだけれど、日本酒は専門外らしい。

となると、尚更彼女から日本酒という言葉が出たのが不思議でならない。


「この前友達と酒祭りに行ってきたんですよ」

「へぇ、夏川さん行ってきたんだ。凄い混んでたでしょう?」

「はい、ごった返してましたよ」


我が地元では、毎年春先に酒祭りという催しが行われる。

駅前商店街を歩行者天国にし、一つ千円で購入した小さいグラスを片手に、地元有数の酒蔵の味をお試ししながら練り歩ける仕組みになっている。

それに伴って小料理屋がこぞって軽食やらおつまみ、名物品等を販売したりするもんだから、財布には厳しいけれど、心もお腹も満たされる酒好きが愛して止まない人気イベントだ。

出店しているのは、日本酒の製造元やワインを作っている葡萄園のみ。

だから夏川さんと同じく日本酒が苦手な私には無縁のイベントで、一度も足を運んだ事がない。


「日本酒飲めないなら行く意味なくない?」


少し馬鹿にしたような笹山さんの言葉を受け、夏川さんは一瞬ムッとしかけたものの


「それが、雰囲気で飲めちゃうもんです」


得意気に胸を張って言った夏川さんは、更に続ける。


「中でも、“ちかあと”酒造のお酒が凄く飲み易かったんです。スッキリしていて、でもまろやかで口当たりが良くて……香りも華やかで…」


味を思い起こしているのか、恍惚とした表情で語る夏川さん。

年長者の松井さんが「あら、“ちかあと”!」と反応し、話に加わる。


「“ちかあと”は、地元の酒好きには人気の老舗酒造よ。夏川ちゃん、お目が高いわね」

「あ、有名なんですか?確かに“ちかあと”酒造のブースだけ凄い人が群がってました」

「“ちかあと”酒造の“澄”シリーズ、美味しいけど高いのよねぇ。年末や祝い事の時しか買えないわぁ」

「値段は張るけど、買う価値はありますよ。御使い物にするにももってこいだし」

「ですよね。私、試飲だけじゃ足りなくて、何種類か買っちゃいました。お陰で金欠です」

「あらら、すっかり日本酒に目覚めた感じ?」


いつの間にか私だけ置いてけぼりに話が弾んでいる。

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