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side:妙香―6
しおりを挟むマダムが常務という肩書きだと知り、道理で……と妙に納得させられた。
見た感じの雰囲気からして、凄いやり手そうな気がする。
男性が「それから……」と、重そうに口を開いた。
「どうやら工期が延びそうで……」
「あらやだ、そうなの?」
「はい………そうなるとウチの方の施工も遅れる可能性もあって…」
「んまっ、困るわよ、そんなの」
そんなやり取りを傍観していると、浅倉さんという男性と目が合った。
会釈する彼に合わせて、私も軽く頭を下げる。
やや癖のある黒髪に、日に焼けてこんがりとした肌。
目は大きくもなく小さくもなく、鼻はどちらかと言えば高い方か。
特にこれといった大きな特徴はなく、どこにでも居る普通の男性という印象を受けた。
向こうからすれば、私はどこにでも居る普通のオバサンになるのだろうけれど。
「まったく……後で内田建設に文句言ってやるわ………そうそう浅倉くん、こちら新しく入った水川さん。明日から私の補佐として働いて貰うの」
唐突にマダムが私を紹介し出した。
すかさず「水川です」と名乗った私に、男性も「浅倉です」と名乗る。
「仲良くしてあげて。また皆が揃った時に改めて紹介するから」
浅倉さんは静かに頷き、素っ気なく「現場に戻ります」とだけ言ってさっさと背を向けた。
「ごめんなさいねぇ、愛想ないコなの」
申し訳なさそうに眉を下げるマダムに「いえ…」と返す。
逆に現場に戻らなければならない所を引き留めてしまって悪かったような気がする。
「それじゃ水川さん、また明日」
「はい、失礼します」
足取り軽く歩き始める。
多少の不安はあるものの、取り敢えず進んだ一歩が嬉しくて……
その日は、自然と出る鼻唄を止められなかった。
採用になった事を夫に報せると、彼は苦笑混じりに「良かったね」と言った。
その一言に“本当に出来るの?”というニュアンスが含まれているように思えて素直に喜べない。
「まぁ、無理だったら辞めなよ?会社に迷惑になるだけだし、体を壊してからじゃ遅いからね」
「うん………そうだね」
「それに……」と彼は続ける。
「家に居てくれた方が俺は安心だから」
「………」
反対はしないと言っていたのに、本心では家を守る事を望んでいるらしい夫。
矛盾に仄かな憤りを感じながらも、黙ってやり過ごすしか私には出来なかった。
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