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side:妙香―3

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溜め息を吐き出す私を見て知世も同じく溜め息を吐く。


「ご主人を愛しているのであれば、愛して貰えるようにとことん努力をすべきじゃない?」

「………」


知世の説教に自ずと視線が下がる。


「花に潤いを与えないと枯れるのと同じで、女も潤いを与えて貰わないと枯れるんだよ」


それなら、きっともう私は枯れ始めているだろう。


「花が綺麗に咲くのは、その美しさで人を惹き付ける為。そうすれば愛でられ、潤いを与えられる」


カップの1/3量残ったコーヒーの水面を眺める私に、知世が声のトーンを低くしながら続ける。


「女もこれに同じ。愛する人に愛される為に努力すれば自然と求めらて、たっぷり潤して貰えると思うよ」

「………」


返す言葉もなく項垂れる私を見て、また知世は大きな溜め息を吐いた。


「そんなに深刻そうな顔されたら、こっちも切なくなっちゃうよ」

「だって……」


要するに、女として妻として努力が足りないという事。

知世の言う事の大部分は正論であって、それを素直に受け入れるべきだ。

なのに、この期に及んでまだ言い訳を探す愚かな私。

愛される為、求められる為努力は必要………頭では分かってる。

このまま女として枯れたくはないけれど…


「ねぇ、妙香……」

「ん?」


顔を上げると、知世が困ったように眉を下げていた。


「パートに出てみたら?」

「えっ?」


彼女の唐突な提案に、こっちも困り顔になる。


「子供のいない時間帯だけでも、外に出て気分を変えてみたら?」

「………何の為に?」



知世の言わんとする事が汲み取れず、首を傾げるばかりの私に苦笑しながら彼女が言う。


「家で悶々と考え込んでるより、外の新鮮な空気を吸い込んだ方が健康的だと思って」

「………」

「働く事で視野が広がるし、入ったお金でセクシーな下着だって買える。一石二鳥でしょ?」


譫言のように「まぁ、確かに…」と頷く。


「パートじゃなくても、習い事とか。新しい事を何かしら始めてみたら?」

「新しい事……」

「水川さんの奥さんでもなく、奏太くん美空ちゃんのママという肩書きじゃない、水川 妙香としての居場所を確保するの」


グラスの中のオレンジジュースを飲み干した知世は、大きな目で真っ直ぐに私を見詰めてくる。


「新しい事を始めて生き生きと輝く姿は、きっとご主人の目にも魅力的に映ると思う」


知世は声を大にして「だからね」と結論を引っ張ってきた。


「とにかく何か行動を起こして、自分を変えてみよう。このまま言い訳しながらウジウジ悩んでても、何も変わりっこないんだから」





知世と別れて歩く帰り道。

足取りはかなり重い。

絶えず出てくる溜め息も重い。

苦しい胸の内を晒してスッキリしたかったのに、これじゃ不完全燃焼だ。


「あ………」


ふと、通りすがりの花屋の前で足を止めた。

ガラス越しに見える、色とりどりの美しい花。

店主によって水を与えられたばかりなのだろう。

花弁に沢山の水滴がついている。

瑞々しいそれらを眺めていると、店の奥にある鏡に自分の姿が映っている事に気付く。

冴えない主婦の疲れきった顔が自分の物だと認めたくなくて、すぐに視線を逸らした。

体型カバーのチュニックにウエストゴムのパンツ。

顎の吹き出物を気にしてメイクさえ満足に出来ずにいる。

爪はガサガサで、手荒れも酷い。

美容院に行くのが億劫で、髪は伸ばしっぱなし。


「………知世とは大違い」


独り言だけ残して、花屋の前から去った。

歩きながら知世の言葉を思い出す。



『ご主人を愛しているのであれば、愛して貰えるようにとことん努力をすべきじゃない?』



間違っていない。

でも、結婚した以上は、どんな変化も受け入れて変わらず愛していて欲しい……

そう思うのは、努力を怠っている言い訳で、ただの我が儘でしかないのだろうか……?

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