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遼くんのアルバイトside:遼

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(季節外れですが…)




「頼むっ!助けてくれ!!」


凪の2番目の兄である奏(通称:かなでっちゃん)が俺と凪の前で両手を合わせた。

何事かと凪と顔を見合わせる。


「スタッフがインフルエンザでバタバタ倒れて人手不足なんだ!クリスマス前後は沢山予約が入ってて、休む訳にはいかなくて……」

「あぁ、そりゃ大変だ」

「バイト代は弾むから………頼む、手伝ってくれ!この通り!!」


あまりに切なそうな顔して、必死に懇願してくるものだから、無下に出来なくて……


「まぁ、私が出来る仕事なら…」

「凪ちゃんやるの?なら、俺も手伝う」


渋々ながらも了承した。

凪と一緒に居たいのもあったし。



クリスマスイブは凪パパに引き離され、別々に過ごす事になりそうだった所の、バイトの依頼。

形はどうであれ、イブの夜を凪と過ごせる事に喜びを感じていたのはいいものの……


「遼くん、これ3番テーブルにお願い!」

「ん、分かったよん」


いざその時が来たら、凪は厨房で俺はフロアで接客係で離れ離れ。

店には、甘い雰囲気を漂わせたカップルがいっぱいだというのに、これじゃあんまりだ。


「お待たせ致しました。真鯛のカルパッチョでございます」


接客業なんて、学生時代の居酒屋バイト以来だ。


「わぁ!うまそーじゃん!………って、みっちゃん、聞いてる?」

「…………え?……う、うん、聞いてる」


目の前のふざけたカップルに皿を投げ付けてやりたい。

俺だって凪とこんな風に甘いイブを過ごしたかったのに…

奥歯をギリギリ言わせながらも精一杯お得意の愛想笑いを客に向ける。


「ごゆっくりどうぞ」



本音は、さっさと帰れ、だ。


「今のウェイターさん、めちゃめちゃ格好いい!」

「み、みっちゃん……?」

「ヤバい、イブの夜に最高の目の保養~」

「え、えぇっ?!」


バカップルの会話は、馬鹿そのもの。

厨房では、かなでっちゃんとその奥さん+凪と凪ママが忙しなく動き回っている。


「遼くん、このワイン10番テーブルね」

「………はいはい」


凪との距離が遠い。


「ワインをお持ち致しました」


苛立ちを隠しながらテーブルにグラスを置く。


「…………やば、超絶格好良い…」

「ちょっ………何他の男に見とれてんだよ!」


女の呟きに連れの男が不快そうに顔を歪める。


「ご、ごめん……あまりにレベルが違い過ぎて…」

「なっ、おまっ……酷い奴だな」


さっきから、こんなのばっかりだ。





「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」


本日最後の客を見送り、深く息を吐いた。


「お疲れ、助かったよ」


労うように肩を叩くかなでっちゃんに、力なく笑ってみせる。


「…………マジで疲れた」

「ありがとなー!本当に助かった。凪もよくやってくれたよ」


すっかりヘロヘロ状態の凪にも労いの言葉を掛けたかなでっちゃんは、ニィッと歯を見せる。


「そんな二人に、俺からクリスマスプレゼントだ。おい、頼む」


かなでっちゃんの合図で、店の照明が落とされた。


「え……」

「何だ?」


暗くなった店内の一ヶ所だけが明るい。

不思議に思って目を凝らすと、そこには豪華な食事が用意されていた。


「助けてくれた礼と、二人のイブを台無しにしたお詫びだよ。有り合わせで悪いけど、食ってってくれよ」


悪戯っぽく笑うかなでっちゃんが、一瞬神に思えた。



「凪ちゃん、乾杯、メリークリスマス」

「メリークリスマス」


スパークリングワインを注いだグラスを軽くぶつけ合う。


「旨いね、かなでっちゃんの料理」

「うん、美味しいね………って遼くん、口元にソース付いてる」

「ん?こっち?」

「そっちじゃない、右側」

「えぇ~、分かんないって。凪ちゃん、エロい顔しながら舐めて?」

「や、やだ……何恥ずかしい事言ってんの?遼くんてば…」


かなでっちゃんの粋な計らいで、思いがけず凪と甘い夜を過ごせた。

余計な邪魔が入らない(誰とは言わないけど)、ゆったりと過ごす優しく穏やかな時間は、俺を幸福感で満たしてくれた。





その後、風の噂で聞いた話。

何故だか、かなでっちゃんの店は、イブにカップルで行くと必ず別れるというジンクスで有名になったという。

店の雰囲気も料理も最高なのに、不思議でならない。
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