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おまけエピソード6―④

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「…………遼くん、ここって…」


五分程歩いて到着した場所は、クリスマスの装飾と電飾がきらびやかに輝く一般住宅。


「……誰の家?」


私の問いに遼くんは「さぁ…」と首を傾げてみせた。


「さぁ………って…」


呆れ気味に言う私に、彼はまたいつもの笑顔を作る。


「表札見れば中川って書いてあるから、中川さん家だねぇ」

「え………知らない人の家?」

「うん」


いや、無邪気に「うん」と頷かれても…

派手に飾り付けられた装飾が可愛らしい。

まだ日が暮れていないから光がぼやけているけど、電飾も綺麗。

街中で見掛けるイルミネーションに負けじと美しい。

相当お金が掛かっていそうだ。


「この前偶々見付けて、凪ちゃんに見せたかったのよねぇ。まだ明るいから光が弱いけど、綺麗だよねぇ」

「……うん」


見知らぬ人の家だけど。






「………さっきのさぁ」


ピンクや赤、青、白……と様々に色を変えていく電飾を眺めながら遼くんが言う。


「本気だからね」


彼の隣で同じように煌めく光を見詰めたまま口を開く。


「……まだ付き合ってからそんなに経ってないよ?」


それに対して、遼くんが「だから?」と返してくるもんだから、思わず彼の方を見てしまう。


「だから?って……」

「付き合いが短いから何?付き合った期間と幸せって比例するもんなの?」

「そ、それは……」

「付き合いが長い人達の方が長続きすんの?幸せになれんの?」

「人によると思う………けど…」


遼くんが真面目な顔して投げ掛けてきた疑問に、私はまともに答えられなかった。





「俺ねぇ、凪ちゃんが大好きなのよ」


恥ずかしそうにはにかむ遼くん。

そんな彼が可愛いくて、時々自分より歳上だという事を忘れてしまう時がある。

今だってそうだ。


「………私だって、遼くん好きだよ」


つられてはにかみながら言うと、彼は嬉しそうに目を細めた。


「大袈裟かもしんないけどさぁ…」


そう前置いてから、彼がゆっくりと言葉を選びながら言う。


「この先、悩んだり、辛くて落ち込んだりする事、沢山あると思うんだよねぇ」


私の手を握る彼の手に力が入った。


「生きてる限り、楽しい事ばっかじゃないじゃん?同じくらいしんどい事もあると思うのよ。でも、凪ちゃんが傍にいてくれたら何でも頑張れる気がするんだよねぇ」


ここで初めて、遼くんの手が僅かに震えている事に気が付いた。

もしかして、緊張してるのだろうか?


「凪ちゃんが別の会社に行って、前より会えなくなったじゃん。やっぱりアレ、俺的に堪えてる」


遼くんの震える手を強く握り返した。

そんな事したって震えが収まる訳じゃないのは分かっていたけど、そうしたかった。


「そりゃ、毎日電話もLINEもしてるけど………凪ちゃんの顔見れないの辛い…」


口調は明るい。

でも、どこか弱々しさを感じさせながら彼が笑う。


「ほら俺って、凪ちゃんいないとダメダメだからさぁ」

「遼くん……」

「………いい歳して情けない…」


思いの丈を打ち明けてくれた遼くんの目がほんの少し潤んでるような気がした。

だから、つい堪らず……



放り出したビニール袋が衝撃でグシャッと音を立てた。

中に卵のパックが入っていたような気がしたけど、今はそんな事どうでも良い。

ただ遼くんが大好きで、あまりにもいとおしくて、衝動的に彼の胸に飛び込んだ。


「………通行人がいたら何事かと思うんじゃない?」


とか言いつつ、遼くんはしっかり私の背に腕を回してる。


「………誰か来たらすぐ離れるから…」


遼くんにしがみつきながら言うと、彼は小さく吹き出した。


「………びっくりしたけど、嬉しかったの」

「ん?」

「私だって遼くんいないとダメダメで………結婚するなら遼くんじゃないとやだって思ってたし…」


あんまり密着し過ぎると遼くんに良く似合ってるコートをファンデで汚してしまいそうだ。

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