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おまけエピソード3―⑦side:帯刀

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「凪ちゃん、靴脱げる?足元気を付けて」


凪のリクエスト通りに俺の部屋に連れて来て、玄関で靴を脱ぐよう促す。


「靴擦れして踵痛い……」

「そんな靴ずっと履いてりゃ靴擦れするよ。絆創膏貼ったげるから取り敢えず脱ぎな?」

「んー……」

「ほら、しっかり………っと、ごめん」


力が入らず、ぐったりしている凪の体を抱え直した拍子に、思いがけず凪の胸を鷲掴んでしまった。


「遼くんのエッチ……」

「あのね、そんなつもりないから。触るなら凪ちゃんの意識がしっかりしてる時に触るっての」

「むぅ……」


どうにか靴を脱がし、中へと連れ込んだ。


ソファーに座らせ、水と自分の部屋着を彼女に差し出す。


「服、自分で脱げる?」

「ん………頑張る…」


凪は、水を一口飲んでからノロノロと着替え始めたものの、すぐに力尽きた。


「凪ちゃん、手伝うから頑張って着替えな。その格好じゃ寝苦しいでしょ?」


仕方なく手を貸してやると、彼女が何気なく言う。


「あの人………ずっと私の胸揉んでて気持ち悪かったぁ…」

「は?」


思わず手を止めた。


「あの人って………?」

「私の隣に居た人。何でか知らないけど、ずっとマークされてた」

「………あぁ、アイツね…」

「ずぅっと、むにむにむにむにって。しかもちょっと息荒かったし…」

「……………へぇ…」


あのゲス男は、凪をここまで酔わせた挙げ句、胸まで触っていやがったらしい。

一度収まった怒りが再燃する。


「………アイツ、いつか痛い目見せてやる」

「あは、遼くん顔怖~い」


凪は無邪気に笑っていたけど、この件は笑って済ます問題じゃない。


「………あのね、頼むから、もうちょい危機感持ってよ、凪ちゃん……」


多分、本人は明日の朝、何もかも忘れてるだろう。





その晩、いつものように凪を抱き締めながら眠りについた。

少々酒臭いのと、髪に煙草の匂いがついていたのが難だけど、やっぱり彼女の存在がある事で心は落ち着く。

温かくて柔らかい。

どんな処方薬より、精神が安定する。

もし今凪が目の前から居なくなったら、俺はどうにかなってしまうだろう。


「ん、遼くん………苦し…」


凪が甘い声を漏らしながら、俺の腕から逃れようとする。

それを阻止するように更に強く抱き締めた。

と、同時に瞼が重くなる。

遠くなる意識の中で考える。

愛想が尽きるまで……とか言ったくせに、欲がどんどん出てくる。

凪がいなくなるのを考えただけで、頭がどうにかなってしまいそうだ。

どうか俺の手からすり抜けて行かないで欲しい。

俺に愛想が尽きようが、嫌いになろうが、ずっと傍に居て欲しい……

欲は深くなるばかりで、収まる気配はない。

きっと、この凪依存症を克服するのは一生無理だと思う。





翌日の夕方、凪を家まで送って行った。

そしたら案の定……


「貴様ーっ!ウチの娘を無断で外泊させるたぁ、どういうつもりだ!」


玄関先で凪パパに怒鳴られ、あまりの騒音ぶりに耳を塞ぐ。


「昨晩は心配で眠れなかったんだぞ!」


相変わらずうるせーな、このハゲは……と思いながらも精一杯愛想良く「申し訳ありません」と返す。


「お父さん、ごめんなさい。私が我が儘言って泊めて貰ったの」

「凪、お前は黙ってなさい!」


宥める凪を追いやるように家の中へと押し込むと、凪パパは俺を睨んで言う。


「凪は嫁入り前だぞ。その辺ちゃんと弁えて貰わねーとだな」


くどいお説教に苦笑せずにはいられない。


「ご心配お掛けしました。以後気を付けます」


謝るだけ謝って逃げるようにその場を後にしようとすると、凪パパが「待て」と引き止める。

まだ何かあるのかよ……と小さく溜め息を吐きながら振り返る。


「ん、まぁ……折角来たんだ。上がって茶でも飲んでけ」


意外な言葉と、そのぶっきらぼうな物言いに思わず「はは…」と声が出た。

顔を合わせる度邪険にされているけど、どうやらそれ程嫌われてはいないらしい。

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