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おまけエピソード1―④

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「………帯刀さんは薬物依存者という事?」


今まで黙って様子を窺っていた長兄がここで参入。


「もしそうなら妹の恋人として相応しくない………その件、詳しく説明して貰える?」


静かに……だけど冷たさを孕む口調で言った禅兄ちゃんは、突き刺すような視線を帯刀さんに注ぐ。

血の繋がりのある妹の私でさえ恐怖を感じる程敵意剥き出しの目は、帯刀さんの顔から笑みを奪った。

彼は大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出す。


「………一時メンタルをやられて、薬に頼っていた時期がありました。勿論怪しい薬じゃありません。きちんとした処方薬です」


さっきまでの笑顔が嘘みたいに硬い表情で語る帯刀さん。


「今は頼っていませんし、二度と頼りたいとは思いません。凪さんの存在が薬の代わり………と言ったら変ですけど、今の僕の強い支えになっています」


帯刀さんは真っ直ぐに兄を見据えている。

禅兄ちゃんの表情は変わらない。

刃物のような鋭利な目付きも相変わらず。


「今は優しく支えてくれる凪さんに甘える事が多くて情けないばかりですが、行く行くは僕が彼女の支えになりたいと思っています」


普段見た事がないような真剣な横顔、真摯な態度、強い意志の籠った言葉………それ等によって、私の心は容易く彼に持っていかれる。

この人を好きになって良かった……と心の底から思える。

緊迫した状況下で密かに胸を高鳴らせている私の横で、帯刀さんが一度背筋を真っ直ぐに正してから言う。


「どうか、凪さんとの交際を認めて頂けないでしょうか?」


深く頭を下げる帯刀さんに倣って、私も深々と頭を下げた。

私の願いは、私の大切な人を家族にきちんと認めて貰いたい………ただそれだけ。


「………ふん、急にしおらしくなったかと思えば…」


偉そうに腕組みをしながら鼻で笑う父。


「貴様みたいな軟弱者なんぞ誰が認めてや―――…」
「いいんじゃない?」


父の言葉を遮った禅兄ちゃんに、皆の視線が集まる。


「最初は、どうせ見た目だけで中身は空っぽなんだろうと思っていたけど、ちゃんと軸のある人間みたいだし……………悪くない。俺は賛成」


思わぬ長兄からの承諾に驚くと同時に顔が綻んだ。

帯刀さんと顔を見合せて頷き合う。

しかし、これに黙っていなかったのがあの人で……


「禅っ?!お前は何を言っているんだ?!」


きっと禅兄ちゃんは自分の味方だと信じて疑わなかったであろう父は大慌て。


「父さんもいい加減大人になるべきだよ。凪だっていつまでも子供じゃない。人並みに恋愛くらいさせてあげたら?」


禅兄ちゃんは「なぁ、凪」と、さっきの厳しい表情とは真逆の柔らかい微笑みを私に向けた。

これに「俺も同じく」と賛同したのは次兄。


「凪が可愛くて仕方がないってのは分かるけど、父さんの所有物じゃねーんだからさ。いつまでも縛り付けておくのはどうかと思うなー」

「奏っ、お前まで!」


兄達二人に責められ動揺を隠せないらしい父に母が追い打ちを掛けるように言う。


「本当に見苦しい。いい大人が子供のように駄々を捏ねて……」


大袈裟な溜め息と共に吐き捨てた母は、帯刀さんに「ごめんなさい」と頭を下げる。


「男親にとって娘は特別らしいの。ましてや、40近くになって授かった待望の女の子なもんだから余計にね」

「…………ふん…」


父が決まり悪そうにそっぽを向いた。


「目に入れても痛くない程可愛い凪を他の人に取られるのが嫌で嫌で仕方がないみたいで貴方に悪態をついちゃって………不快な思いさせちゃったわよね?本当にごめんなさいね」

「全然構いません。寧ろ、僕の方が副社長に不快な思いをさせてしまったので…」


帯刀さんの答えに母がホッとしたように笑う。


「気にしないで。まぁ、確かに娘が見知らぬ男性と抱き合っていたのを目にして、かなり衝撃を受けたみたいだけど」


チラリと父の方を見る母。

対して父は渋い顔のまま。


「この人ったら、ショック過ぎてその晩、珍しく39℃近い熱出して寝込んじゃったのよ。っとに、しょうもないわよね」


呆れたように同意を促す母を前に、帯刀さんが笑いを堪える素振りを見せながら「いえ…」と首を振る。

父も父だけど、母も母だ。

何も身内の恥を晒さなくても………と思う。

娘の私が恥ずかしい思いをするだけなんだから。
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