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おまけエピソード1―②
しおりを挟むピリピリと殺気だったような空気に耐えかねて、リビングを出た。
もしかしたら近くまで来てるかもしれない……と思い、迎えに行こうとサンダルを履いた時、玄関のドアがガチャリと開く。
「あれ、凪……どこ行くんだよ」
我が物顔で玄関に入って来たのは、二番目の兄。
「奏兄ちゃん!珍しい、どうしたの?」
独立して自分の家庭を持った次兄は、人気の創作イタリアンのお店の経営もあり忙しく、滅多に家に寄り付かない。
それが何の前触れもなく現れたもんだからビックリして声が裏返った。
「どうしたの?って………お前の彼氏が来るって母さんから聞いたから来てやったのよ」
「え………でも、お店は?仕込みとか大丈夫?」
「今日は夕方からのオープンにした。仕込みは店の奴等に任せてきた」
「な、何でそこまで……?」
奏兄ちゃんは靴を脱いだ後、声のボリュームを落として言う。
「誰があの頑固親父を止めんだよ」
「わざわざその為に?」
奏兄ちゃんの登場の理由に驚く私に、彼は「おうよ」と頷いてみせた。
「禅兄は、どっちかっていうと父さん寄りだろ?母さんだけじゃあの人を止められねーと思ってさ」
「あ、ありがと……奏兄ちゃんが居てくれると心強い」
「お前の男がどんな奴か見てみたいってのもあるけどな」
父と仲が物凄く良いという訳じゃないけど、昔っから長兄は父寄りの考え。
私は父より母寄りで、次兄はいかなる時も中立を保っている。
言い換えれば、ただ単に彼は我が道を行っているだけなんだけど。
「つっても、お前の男がろくでもない奴なら、俺は父さんに加勢するつもりだけどな」
「…………ろくでもなかったら、付き合ってないし」
「だよな。心配すんな、父さんが暴れたら宥め役を買って出てやる」
得意気に言って笑う奏兄ちゃんが頼もしく思えた。
そして、遂にその時がきた。
「帯刀 遼と申します。先日はお見苦しい所を見せてしまい、大変申し訳ございませんでした」
深く頭を下げる帯刀さんの隣で、居心地悪く背を丸める私。
向かい側に父母、その脇を固めるかのように二人の兄が控えている。
まるで私と帯刀さんを取り囲むかのような陣形。
目を泳がせずにはいられない。
だって、どこを見ていいのか分かんないし……
かといって帯刀さんの方も見れない。
スーツこそ着ていないものの、シンプル且つキレイめに纏めた格好に、髪もしっかりセットしてあって……
気合い入れて来てくれたのが嬉しくて照れるってのもあるんだけど、それ以上に…
格好良過ぎて直視出来ない。
自分の彼氏に対してこんな事思うのもなんだけど、惚れ直すのレベルじゃない。
「お口に合うか分かりませんが、よろしければ皆さんで召し上がって下さい」
帯刀さんが小さな包みを差し出す。
父はそれを一瞥してから「……ふん」と、そっぽを向いた。
「ご丁寧にありがとうございます」
見かねた母が包みを受け取る。
包装の脇の表示を見て母が「わぁ!」と声を挙げた。
「チョコレート菓子の詰め合わせですって、嬉しい!」
無類のチョコ好きの母が喜ぶ横で、父の眉間に皺が寄る。
帯刀さんが母を喜ばせたのがちょっと気に入らなかった模様。
「喜んで頂けて嬉しいです」
ソファーに深く体を沈めてふんぞり返る父は威圧感たっぷりで、兄達は品定めするように帯刀さんに視線を注いでいる。
この状況は帯刀さんが可哀想だ。
私だったら耐えられない。
緊張で心臓がバクバクいってる。
何故、自分の家族を前にここまで緊張しなければならないのだろう…
「凪さんとは、少し前からお付き合いをさせて頂いております」
私が緊張で頭がどうにかなりそうになっているにも拘わらず、帯刀さんはニコニコと愛想良く流暢に話している。
緊張どころか、余裕を感じる。
この状況で、ニコニコ笑っていられるなんて凄い。
「本来なら、あの場できちんとご挨拶をするべきだったのですが………申し訳ありません、何分生まれてこの方“貴様”なんて呼ばれた事がなく、大変驚いてしまいまして」
これにはギョッとした。
父も驚いたように目を丸くさせる。
父相手に怯むどころか、挑んでいるようにも思えるこの台詞。
父の出方を窺う為なのか、それともただの天然なのか………判断がつけられない。
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