28 / 87
【28】
しおりを挟む週末、青柳さんからご飯に誘われた。
断る理由がない私は、その誘いを受けた。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
いつものように私の仕事が終わる頃を見計らって迎えに来てくれた青柳さんは、一週間の疲れを感じさせない程爽やかだ。
「何食べようか?」
「えーと……今日は魚が気分かな……なんて、青柳さんは何が食べたいですか?」
「丁度良かった。俺も魚料理が食べたかったんだよね」
私に合わせてくれたのか、偶々一致したのかは分からないけど、魚料理が美味しいと評判の青柳さん馴染みの小料理屋に向かう事になった。
「その店、旨い酒も揃ってるんだよ。日本酒ばかりだけど。もし良かったら飲んでみて」
「お酒、かぁ…」
「ちゃんと責任持って家まで送るよ」
別に警戒した訳じゃないんだけど、青柳さんは「心配しないで」と念を押すように言った。
週末とあってか、店は繁盛していた。
私と青柳さんの入店と入れ替わる形で空いたカウンター席に隣り合って座り、大将が美味しく調理した魚料理に舌鼓を打つ。
「美味しいですね」
一見するとしょっぱそうな色の煮魚。
だけど、見た目とは裏腹に丁度良い甘辛さで箸が進む。
「でしょ?日本酒のアテにピッタリで、ついつい進んじゃうんだよね」
青柳さんが嬉しそうに言った。
「すみません、毎回車出して頂いちゃって……お酒飲めないの辛いですよね?」
「えっ?全然平気だよ。羽鳥さんに食べて貰いたくて連れて来たんだから、気にしないで」
そう言って青柳さんは優しく微笑んだけど、本当の所は飲みたかったんじゃないかと思う。
「魚を食べてる所でアレだけど…」
お皿の上ですっかり骨だけになった煮付けを前に、青柳さんが切り出す。
「前回行けなかった水族館、リベンジしたいんだよね」
「あ……」
「都合が良ければ、明日とか………行かない?」
デートの再チャレンジの申し出。
「あ、良いですね」
なんて言ってみたものの、ついこの前行ったばかりだ。
かといって、帯刀さんと行って来ました………とは、口が裂けても言えない。
「じゃあ決定だね。この前と同じ時間に同じ場所に集合しよう」
「はい」
「この前みたいにスカート穿いて来てくれると嬉しいな………って、ちょっとオッサン発言かな?」
おどけて言った青柳さんが可笑しくて、つい声を出して笑ってしまった。
「でも、車で行くとちょっと大変かも」
「どうして?」
「この前行った時凄い渋滞してて、駐車場なんてどこも満車だっ……」
うっかり口を滑らせてから、自分の発言のマズさに気が付いた。
青柳さんの表情が曇る。
「水族館行ったんだ…」
あちゃー……と、血の気が引いた。
「あ、っと……はい………どうしても行きたくて…すみません」
「あ、いや……謝らなくて良いけど…………誰と?」
青柳さんの探るような目が怖い。
「友達とですよ」
精一杯平静を装う。
「女同士で電車に乗って行って来ました。駅から結構距離があって歩くの大変でしたよ」
嘘を吐くのは大の苦手。
すぐに目が泳いで、声も上擦る。
けど、今のは我ながら自然だったと思う。
青柳さんは「そっか」と静かに言った。
上手く誤魔化せたようでホッと胸を撫で下ろす。
と同時に、青柳さんに嘘を吐いた事に罪悪感が犇々と込み上げてくる。
苦い思いでいる私の心情を知らない青柳さんは笑顔で「それなら」と提案してくる。
「水族館はやめて映画でも観に行かない?」
「良いですね」
「羽鳥さんはどういう映画が好き?」
「んー……どんなジャンルでも大丈夫ですけど、洋画より邦画が好きですね」
「そっかぁ、じゃあ先週公開した―――…」
一時微妙な空気が流れてヒヤッとしたけど、何とかまた元の和やかな雰囲気に戻って良かった。
しかし、自分の馬鹿さ加減にはホトホト呆れる。
何にも考えずに発言したせいで、青柳さんの気を悪くさせてしまったかもしれない。
もうちょっと発言には気を付けようと、己を戒めた。
小料理屋を後にして、再び青柳さんの車に乗り込んだ。
たわいもない話をしながら、自宅までの道のりを車で移動中、何を思い立ったのか、青柳さんが家の方角とは違う方向へと曲がった。
あれっ?と疑問に感じつつ、少し遠回りをするだけだろうと軽く考えていた。
やがて、交通量が格段に少ない通りに差し掛かる。
暫く走った所で、青柳さんはハザードを焚いて車を路肩に停車させた。
「え………青柳さん…?」
窓の外は見慣れない景色が広がっている。
街灯の光が寂しくあるだけ。
「ふぅ………」
青柳さんが小さく息を吐いた。
カッチカッチカッチ………と、一定のリズムが鳴り響く車内に、突如緊張が走る。
0
お気に入りに追加
310
あなたにおすすめの小説
ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編
タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。
私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが……
予定にはなかった大問題が起こってしまった。
本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。
15分あれば読めると思います。
この作品の続編あります♪
『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。
石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。
すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。
なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
誘惑の延長線上、君を囲う。
桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には
"恋"も"愛"も存在しない。
高校の同級生が上司となって
私の前に現れただけの話。
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
Иatural+ 企画開発部部長
日下部 郁弥(30)
×
転職したてのエリアマネージャー
佐藤 琴葉(30)
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の
貴方を見つけて…
高校時代の面影がない私は…
弱っていそうな貴方を誘惑した。
:
:
♡o。+..:*
:
「本当は大好きだった……」
───そんな気持ちを隠したままに
欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。
【誘惑の延長線上、君を囲う。】
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる