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週末、青柳さんからご飯に誘われた。

断る理由がない私は、その誘いを受けた。


「お疲れ様」

「お疲れ様です」


いつものように私の仕事が終わる頃を見計らって迎えに来てくれた青柳さんは、一週間の疲れを感じさせない程爽やかだ。


「何食べようか?」

「えーと……今日は魚が気分かな……なんて、青柳さんは何が食べたいですか?」

「丁度良かった。俺も魚料理が食べたかったんだよね」


私に合わせてくれたのか、偶々一致したのかは分からないけど、魚料理が美味しいと評判の青柳さん馴染みの小料理屋に向かう事になった。


「その店、旨い酒も揃ってるんだよ。日本酒ばかりだけど。もし良かったら飲んでみて」

「お酒、かぁ…」

「ちゃんと責任持って家まで送るよ」


別に警戒した訳じゃないんだけど、青柳さんは「心配しないで」と念を押すように言った。

週末とあってか、店は繁盛していた。

私と青柳さんの入店と入れ替わる形で空いたカウンター席に隣り合って座り、大将が美味しく調理した魚料理に舌鼓を打つ。


「美味しいですね」


一見するとしょっぱそうな色の煮魚。

だけど、見た目とは裏腹に丁度良い甘辛さで箸が進む。


「でしょ?日本酒のアテにピッタリで、ついつい進んじゃうんだよね」


青柳さんが嬉しそうに言った。


「すみません、毎回車出して頂いちゃって……お酒飲めないの辛いですよね?」

「えっ?全然平気だよ。羽鳥さんに食べて貰いたくて連れて来たんだから、気にしないで」


そう言って青柳さんは優しく微笑んだけど、本当の所は飲みたかったんじゃないかと思う。


「魚を食べてる所でアレだけど…」


お皿の上ですっかり骨だけになった煮付けを前に、青柳さんが切り出す。


「前回行けなかった水族館、リベンジしたいんだよね」

「あ……」

「都合が良ければ、明日とか………行かない?」


デートの再チャレンジの申し出。


「あ、良いですね」


なんて言ってみたものの、ついこの前行ったばかりだ。

かといって、帯刀さんと行って来ました………とは、口が裂けても言えない。


「じゃあ決定だね。この前と同じ時間に同じ場所に集合しよう」

「はい」

「この前みたいにスカート穿いて来てくれると嬉しいな………って、ちょっとオッサン発言かな?」


おどけて言った青柳さんが可笑しくて、つい声を出して笑ってしまった。


「でも、車で行くとちょっと大変かも」

「どうして?」

「この前行った時凄い渋滞してて、駐車場なんてどこも満車だっ……」


うっかり口を滑らせてから、自分の発言のマズさに気が付いた。

青柳さんの表情が曇る。


「水族館行ったんだ…」


あちゃー……と、血の気が引いた。


「あ、っと……はい………どうしても行きたくて…すみません」

「あ、いや……謝らなくて良いけど…………誰と?」


青柳さんの探るような目が怖い。


「友達とですよ」


精一杯平静を装う。


「女同士で電車に乗って行って来ました。駅から結構距離があって歩くの大変でしたよ」


嘘を吐くのは大の苦手。

すぐに目が泳いで、声も上擦る。

けど、今のは我ながら自然だったと思う。

青柳さんは「そっか」と静かに言った。

上手く誤魔化せたようでホッと胸を撫で下ろす。

と同時に、青柳さんに嘘を吐いた事に罪悪感が犇々と込み上げてくる。

苦い思いでいる私の心情を知らない青柳さんは笑顔で「それなら」と提案してくる。


「水族館はやめて映画でも観に行かない?」

「良いですね」

「羽鳥さんはどういう映画が好き?」

「んー……どんなジャンルでも大丈夫ですけど、洋画より邦画が好きですね」

「そっかぁ、じゃあ先週公開した―――…」


一時微妙な空気が流れてヒヤッとしたけど、何とかまた元の和やかな雰囲気に戻って良かった。

しかし、自分の馬鹿さ加減にはホトホト呆れる。

何にも考えずに発言したせいで、青柳さんの気を悪くさせてしまったかもしれない。

もうちょっと発言には気を付けようと、己を戒めた。





小料理屋を後にして、再び青柳さんの車に乗り込んだ。

たわいもない話をしながら、自宅までの道のりを車で移動中、何を思い立ったのか、青柳さんが家の方角とは違う方向へと曲がった。

あれっ?と疑問に感じつつ、少し遠回りをするだけだろうと軽く考えていた。

やがて、交通量が格段に少ない通りに差し掛かる。

暫く走った所で、青柳さんはハザードを焚いて車を路肩に停車させた。


「え………青柳さん…?」


窓の外は見慣れない景色が広がっている。

街灯の光が寂しくあるだけ。


「ふぅ………」


青柳さんが小さく息を吐いた。

カッチカッチカッチ………と、一定のリズムが鳴り響く車内に、突如緊張が走る。
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