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「あ、いや………まだ了承してないんで、付き合ってはいないんですけど…」

「えっ、どして?勿体ない。さては焦らしってやつ?良くないなぁ~青柳さんの気が変わらない内に早くOK出した方がいいんでない?」

「あ………はい……ですね」


何か、釈然としないというか……


「社内でイチャイチャとかしちゃダメだよん」

「し、しませんよ…」


胸の辺りが変な感じだ。


「タルト旨そうだねぇ~」

「……そうですね」


私は一体帯刀さんに何を期待したんだろう……

彼のどんな反応が見たかった?

どんな言葉を言って欲しかった?

会話の流れからして、帯刀さんの反応は極々普通。

なのに、彼の反応にしっくり来ない思いを抱いている自分にビックリで。

何で?どうして?何これ?………と、頭は疑問だらけ。

もしかしたら、彼の戸惑った顔が見たかったのかもしれない。

だとしたら、思い上がりも甚だしい。





宣言通り5分で佐伯さんが戻って来た。


「たっだいまー!」

「おかえりなさい。ありがとうございます」

「凪ちゃん、お湯沸いてるー?」

「沸いてますよ」


テンション高い佐伯さんに合わせて、無理やりテンションを上げる。

マグカップに佐伯さんが買って来てくれた紅茶のティーバッグをセットし、お湯を注ぐと忽ち豊かな香りが広がった。


「いただきます」


三人で行儀良く合掌してからタルトにがっつく。


「やっぱ、ここのタルトは美味しいわぁ~」

「ん、旨~い」


美味しそうに頬張る佐伯さんと帯刀さんを眺めながら、私はどこか複雑な気持ちで。


「凪ちゃん、どう?」

「あ………はい、美味しいです」


確かにタルトは美味しい。

美味しいんだけど……

不思議と味気なく感じた。



タルトを平らげた帯刀さんが部屋の壁掛け時計を見上げて言う。


「そろそろ戻らないとヤバイかなぁ」


途端に佐伯さんが「あらぁ~」と切なそうに声を挙げた。


「もう戻っちゃうの?寂しいわぁ~」

「流石にちょっとね。またどやされちゃうから……食い逃げするみたいでゴメンねぇ」


ニッコリ笑って席を立つ帯刀さん。


「おばちゃん、ご馳走様。美味しかったよ。またお茶会に誘ってね」

「ホホホ、そんな事言ったら、お言葉に甘えて遠慮なくお誘いしちゃうわよ」

「全然オッケー。今度は手土産持参で参加すんね」

「あらぁ~帯ちゃんなら手ぶらで良いのよぉ~その可愛いお顔を拝めるだけで幸せなの。女性ホルモンバンバン出ちゃうんだからぁ~」


甘ったるい声を出す佐伯さんに若干引きつつ、私も「またお茶しましょう」と、声を掛けた。


「そいじゃ、おばちゃん、凪ちゃんまたね~」


帯刀さんは、手を振りながら笑顔で部屋から出て行った。

佐伯さんが「ほぅ……」と悩ましげに溜め息を吐いた。


「改めて見ると美しい顔よねぇ~ニコニコしてて可愛いし……本当、あんな息子が欲しかったわぁ」


うっとりとどこか宙を見ながら言った佐伯さんは「でも……」と続ける。


「時々、影のある表情をするのが気になるのよねぇ…」

「え………」


驚く私に佐伯さんが意外そうな顔をする。


「気付かなかった?本当に時々なんだけど、ほんの一瞬、フッと………ね。凪ちゃんの方があのコと一緒にいる事多いから気付いてるかと思ってたけど…」

「………ぜ、全然分からなかった…」


佐伯さんに言われるまでちっとも気が付かなかった。


帯刀さんは基本的に笑顔だ。

それは一見愛想が良いように思えるけど、感情を表に出さない為なのかもしれない。

以前松林主任の話を出した時、一瞬だけ彼から笑顔が消えた。

あの時の真顔を通り越した凍ったような無表情に、とてつもない恐怖を感じたのを、今でもよく覚えている。

まるで、触れてくれるな………と言うように。


「何だか、闇を感じるわぁ……」


沁々と呟いた佐伯さんの言葉にを覚えがあった。


「………それ、青柳さんの課の女子も同じような事言ってたらしいです」

「あら、そうなの?………あーいう子って、チャランポランに見えて、色々と抱えているのかしらねぇ…」


佐伯さんが最後に「案外繊細なのかも」と付け加えた。

それを聞いて、帯刀さんの表面上の姿しか知らない私は、彼の本来の姿というものに強く興味を持った。

彼は他人に自分の事を深く知られたくないのかもしれないけど。

あの可愛らしい笑顔の下の素顔は、一体どんなものなんだろう?

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