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佐伯さん……見てないで助けて下さい、調子に乗った帯刀さんを追っ払って下さい………と強く念じても届く訳はなく…

佐伯さんは何故かにこやかに手を振っている。

私にじゃなくて、帯刀さんに。

帯刀さんが佐伯さんに愛想良く手を振ってるからなんだけど、何だかよく分からない状況に顔がひきつる。


「おばちゃん、すぐ返すから凪ちゃん借りてってい~い?」


突如帯刀さんが妙な事を言い出したもんだから、更に表情が固まる。


「え………ちょっ……帯刀さん…」


戸惑う私を他所に、佐伯さんが両腕を使って大きな丸を作った。


「ありがと、おばちゃ~ん、いつ見てもラブリーだね~」

「あらま!うっふふ」


帯刀さんのリップサービスに佐伯さんは年甲斐もなく体をくねらせた。

二人のやり取りについていけずに呆けている私の腕を帯刀さんが引っ張る。


「許可が出た事だし凪ちゃんおいで。一緒に一休みしよ」

「え、ちょっ………ちょっとちょっと帯刀さん」


踏ん張って抵抗しても、強い力でぐいぐい引っ張られる。

牛が牧場主に首に縄を掛けられて引っ張られているような状態。


……私、家畜じゃないんだけど。


「おばちゃ~ん、すぐ返すっつったけど、やっぱ俺の気が済んだら返すのにするね」


帯刀さんがまたまた愛想良く佐伯さんに手を振る。

後ろの方に居る佐伯さんの様子を敢えて確認したりしないけど、嬉しそうに手を振り返しているのが容易に想像出来た。


「返すって………私は物じゃないんですけど…」


というか、私の意思は完全に無視。

お願いだから仕事をさせて欲しい。

でないと給料カットされちゃうじゃん。




不本意ながらも休憩を取らされる事になった。

しかも帯刀さんと。


「凪ちゃん、ムス~ッとしないの。そんなに露骨過ぎると悲しいじゃん」

「…………」


悲しいとか言いつつ、帯刀さんは笑顔。

全く悲しそうに見えない。


「………何で帯刀さんの休憩に私まで巻き込まれなきゃならないんですか?」

「さっきも言ったけど、凪ちゃんに癒されたいの」

「………それを私に求めないで下さい。別の人に癒して貰えばいいじゃないですか。帯刀さんならいくらでもいるでしょ?そういう人」


私の顔を覗き込んでいる帯刀さんからツンと顔を背ける。


「えー?いないけど」


惚ける帯刀さんを「嘘ばっかり」と鼻で笑う。


「総務課の女子の間で人気あるって青柳さんから聞きましたよ。言い寄ってくる人多いんじゃないですか?」


帯刀さんは「うーん…」と唸った。


「人の上辺だけに群がってくるような頭の悪い女は嫌いなんだよね。そういうの大概勘違いしたブスばっかだし。馬鹿にブスって最悪じゃん?」

「ズバッと言いますね…」


あまりにサラッと残酷な事を言うもんだから、恐怖すら感じてしまう。

私も青柳さんに同じように思われていたら嫌だな………なんて。


「か、彼女とかいないんですか?」

「んー……作ろうと思えばすぐに作れるから今はいなくて平気」


またまたサラッと凄い発言を……


「帯刀さんって、女の敵ですね…」


ここまでハッキリと言われると、ドン引きしつつも嫌味の一つでも言いたくなる。


「そう?事実を言ってるまでだけど」

「………」


この人って、本当に元いじめられっ子だったんだろうか?

いや、きっとその傲慢な性格故にいじめられたんだろう…


「だったら尚更疑問です。何で私に構うんですか?癒されたいなら可愛い動物の動画とか世界の絶景画とか眺めてればいいじゃないですか。それか専門機関に頼るとか」


ヒーリングサロンとか、なんちゃらセラピーとか……色々あるし。

大体、私に人を癒す力なんかない。


「凪ちゃんが一番癒されんの。俺の今のマイブーム」

「勝手にブームにされても困ります」


とんでもなく迷惑な話だ。


「はぁ~……」


深い深い溜め息をわざとらしく吐いてみた。

けど、帯刀さんはニコニコ笑顔。


「今日も残業なんですね。いつもいつも大変ですね」


このままこの話題を引っ張ってても埒が明かなそうな気がしたから、話題を変える事にした。


「ん、まぁね。俺ってば忙しいの」


帯刀さんは基本的には笑顔だけど、その笑顔が嘘臭く感じるのは、私の気のせいか。


「松林主任という方に相当いびられてるんですって?」


私の問いに帯刀さんの笑顔が崩れた。

………のは一瞬で、すぐにまた彼は笑顔を作ってみせた。


「それも青柳さんから得た情報?」

「青柳さんも人伝に聞いた話だと言ってましたけど…」


今の一瞬の真顔が怖くて勝手に声が上擦った。

触れられたくない事柄だったのかもしれない。


「どこにでも人の話を面白可笑しく吹聴するふざけた輩が存在すんのね」


帯刀さんは笑って「アホらし」と一蹴する。


「事実ではないんですか?」


確認する私に彼が言う。


「………無能なくせして人の手柄を奪う事には長けてやがんの。で、ゴマを擦って上に取り入って今の地位を手に入れたアイツからしたら、派遣上がりの俺が気に食わないらしいよ」


はっきり肯定した訳じゃないけど、彼の言う内容からして、青柳さんから聞いた話は本当らしい。


「だからってねぇ~こればっかりは実力だし?勝手に嫉妬されても困るってゆーか。最初は期待して貰えてると思って喜んでたんだけど違った感じ」

「キャパ以上の仕事を押し付けられてるんですか?日々の残業もそのせい……?」


帯刀さんは少し迷ったような素振りを見せてから言う。


「まぁ、アイツはゴマ擦りで忙しいからねぇ~有能な俺に仕事を押し付けとけば楽出来るし、自分の評価も上がるし……一石二鳥なんじゃない?」


笑えない内容を笑いながら話す帯刀さんだけど、目の奥は笑っていないように思える。


「新採用には良い顔してんのが腹立つ。自分の指導能力を問われるからすぐに辞められたくないみたいでねぇ~」


聞いているだけでイライラムカムカしてきた。


「上に報告しないんですか?松林主任の帯刀さんへの指導はパワハラの域だと聞きました」


職場に恵まれなかったら、オー人事オー人事のCMが脳裏に過る。


「一清掃員の私の耳に入ってくる程噂になっているなら、帯刀さんの味方は多数と思われます。訴えるべきですよ」


私が熱く訴えたにも拘わらず、帯刀さんは「あはは」と大笑い。


「別に良いんでない?あんな小物相手にしてないし」

「でも…」

「アイツが不倫して浮かれてる間にいずれ立場が逆転して、俺のがアイツを顎で使うようになるだろうしね」


強気発言に驚きながらも、帯刀さんが言うなら近い内に実現しそうな気がした。


「元引きニートだからって舐められちゃ困る」

「意外と負けん気が強いんですね」


感心する私に彼は笑って「まぁね」と言った。


「引きこもりの2年は充電期間。力を温存しながら必死で色んな知識を頭に叩き込んだよ。何か一つでも人より秀でた物が欲しかったし」


帯刀さんはふざけて「ま、顔は人より優れてるけど」と自信がたっぷりに言う。

だけど


「だからもう………弱っちい帯刀くんは卒業したの」


そう笑顔で言った彼の目はどこか自信が無さそうに感じた。
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