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青柳さんの愛車の助手席は、私にとってどんな高級ソファーよりも座り心地が良かった。

実際お高いのかもしれないけど。

これまで数多の女性がこの椅子に座って来ただろうけど、いつかは私だけの指定席になったら……なんて妄想が働く。


「羽鳥さんは、車酔いは大丈夫な方?」

「あ………ちょっと酔い易いタイプなんですけど、今日は多分大丈夫です」


青柳さんの愛車の助手席に座っている事で気分が高揚している為、車酔いする事はなさそう。


「今日は多分大丈夫って……日によるんだ?」


笑いを含ませて聞いてきた青柳さん本人に「青柳さんという特効薬のお陰で平気なんです」とは言えない。


「はい、今日は酔わない日なんです」

「ははっ、何だそれ」


車には酔わないけど、青柳さんには酔いそうだ。



青柳さんの丁寧且つスマートな運転で目的地に到着した。

落ち着いた雰囲気の和食レストランに二名でご来店。

こういった趣のある………というのかよく分からないけど、とにかく大人な雰囲気のお店は滅多に足を踏み入れないので目がやたらと泳ぐ。


「イタ飯とかの方が良かった?」

「いえ、今日は和食の気分だったので嬉しいです」


いや、本当はガッツリ濃厚カルボナーラが食べたい気分だった。

厚めにカットされたベーコンたっぷりのクリーミーなカルボナーラに更に粉チーズをこれでもかって位振り掛けて食べたい。

サクッとしたクリスピー生地にソースも具もたっぷり乗っかったピザも一緒に。

飲み物はコーラで、ちょっと摘まむのにポテトなんかもあってもいい。

ほら、労働の後は特にお腹が空くし、エネルギーを欲するし………なんてオッサンみたいな本音は言えない。

青柳さんの前では少しでも可愛く見えるようにしたい。

所作にも気を付けて、良い印象を持って貰えるように振る舞わなければ。


何を話したら良いのか分からない、どうしよう………なんて不安だったけど、そんな事心配する必要なかった。


「羽鳥さんて、今の仕事長いの?」

「えっと、半年位です」

「へぇ、その前はどんな仕事してたの?今みたいな感じの職業?」

「前は普通にOLしてました。タイピング、結構早いんですよ」

「そうなんだ。実は俺も自信ある。今度どっちが早いか勝負してみようか?」

「え………やっぱり、今の嘘。めちゃめちゃ遅いです」

「ははっ、変わり身早いね。そうそうこの前さ―――…」


青柳さんは話題豊富で話術に長けている。

何だかんだと話を振ってくれ、大して気の利いた事を言えない私の返しをちゃんと拾って、更に話題を広げてくれる。

私の支離滅裂気味な話にもきちんと耳を傾けてくれるし。

だから知らない内にガチガチだった緊張が解れてリラックスしてた。

旬の野菜をふんだんに使用したおいしい創作和食に舌鼓を打ちながらする会話は楽しい。

ましてや相手が好きな人だから余計にそう感じる。


「そう言えば、さっき一緒に居たのって………羽鳥さんの知り合い?」


青柳さんが思い出したように聞いてきた。

口の中の物を咀嚼し、慌てて流し込む。


「あ、はい。いや、知り合いというか……業務の最後の最後で床に洗剤を大量に零しちゃって、その時彼が居合わせて処理を手伝ってくれたんです」


青柳さんの目が丸くなる。


「洗剤零しちゃったの?大変だったんだね」

「あはは………やっちゃいました。でも、帯刀さん………さっきの彼のお陰で助かりました。彼が偶々通り掛からなかったら、今頃まだ四苦八苦してただろうから」


明日社内で帯刀さんに会う事があったら、忘れずにお礼を言いたい。


「帯刀………帯刀って、確か営業二課に所属してる人だったかな?」


あやふやな記憶を辿っているのか、青柳さんが首を傾げる。


「彼の所属までは分かりませんけど、佐伯さん情報だと派遣から能力を見込まれて正規雇用となった人らしい………です」


だったよな?確か………と、今度は私の方が首を傾げた。

すると、青柳さんが「あ、やっぱりそうだ」と声を上げる。


「そうそう“営業二課の帯刀くん!”ウチの課の女子達の噂の的だよ。可愛いー!って」

「そうなんですか?」

「うん、目の保養になるんだとか。会社の中で度々目にした事はあったけど、名前までは知らなくて。さっきの彼が噂の帯刀くんね。やっと顔と名前が一致したよ」


うんうん……と自分の中で納得したように頷く青柳さん。


「彼ってアイドルやってそうな外見だよね」

「可愛らしい顔立ちですよね。佐伯さんがジャニーズ系って言ってました」

「あー確かに。歌とかダンス上手そう」


青柳さんはそう言うけど、案外下手なんじゃないかと思う。

上手かったら今頃どこかしらの事務所に所属してるだろうし。


「そんなだから僻まれちゃうのかもしれないね」


どこか憂いを感じさせる笑みを浮かべながら言った青柳さんに「えっ?」と聞き返す。


「主任の松林さんからの彼への当たりが酷いらしいよ」

「そ、そうなんですか?」

「俺も詳しい事は知らないし、あくまでも人から聞いた話だから真相は分からないけど………パワハラの域らしい」


驚いた………というより、あの帯刀さんが………とショックを受けた。

本人は気にしていないのか、表に出さないだけなのかは分からないけど、パワハラを受けているようには全然見えない。


松林主任………以前に佐伯さんとの会話の中で出てきた名前だ。

既婚者のくせに、秘書課の若い子とオフィスラブしちゃってる不届き者。

という事は………私が前に自販機の前で遭遇した男女がその二人だったのか。

そんな奴の下で働いてるなんて………と、帯刀さんには同情してしまう。


「聞いた話、帯刀くんは仕事も出来るし、愛想が良くて人当たりも良いらしい。その上女子にモテモテ………松林さんの彼への態度は完全に嫉妬からくるものだろうね」


青柳さんは「まぁ、分からないでもないけど」と付け加えた。


「俺だって彼と同じ部署だったらやっかんでただろうし」

「えっ?そうなんですか?」

「うん、俺も女子達にきゃーきゃー言われたい………なんてね」


悪戯っぽく笑う青柳さん。

格好良いだけでなく、茶目っ気も持ち合わせているらしい。

ギャップに胸がキュンと音を立てた。

私なら帯刀さんより、断然青柳さんだ。

というより、青柳さんだって女性からきゃーきゃー言われる存在だと思う。

青柳さんは帯刀さんと系統は違うけど、きっちりイケメンに分類される。

だから今のこの状況が夢のようで……


「ウチの課の女子が帯刀くんと仲良くなろうとして頑張ってアピールしたらしいんだけど、軽く交わされたみたいで凹んでたなー」

「あらら……」

「あのルックスじゃ女の子には不自由してなさそうだし、言い寄られても迷惑なんだろうね」


笑いながら「羨ましい限りだよ」と締め括った青柳さんは「それでさ…」と続ける。


「その女子曰く………帯刀くんは基本ニコニコ愛想は良いけど、何か闇を抱えてそう……らしい。ははっ、何のこっちゃって感じだよね」

「へ、へぇ~……」


青柳さんは笑ってたけど、何となく見当がついてた私は苦笑いしか出来なかった。

きっとその闇は、過去の出来事によって発生したものなんじゃないかって私なりに分析してみた。




楽しい時間はあっという間で、気が付けば閉店ギリギリまで滞在していた。


「本当にここで良いの?」


自宅より数百メートル手前で車を停めて貰った。


「はい、父に見付かったら大変なので…」


静まり返った夜の住宅街は、車のエンジン音が響く。

それを聞き付けて父が出て来たら一騒動起こってしまいそうで、敢えて家から離れた場所で降ろして貰う事にした。


「別に俺は構わないよ。何なら、大事な娘さんを遅くまで連れ回してしまったから一言ご挨拶しときたい位なんだけど…」

「だ、大丈夫です!お気遣いは無用です!父が出てくると本当に厄介なんで!青柳さんにご迷惑掛けちゃうし…」


時代遅れのカミナリ親父の父は、私の異性関係には特にうるさい。

だから青柳さんを見たら何を言うか仕出かすか……


「今日はありがとうございました。ご馳走様でした。凄く楽しかったです」


何度も頭を下げてから車を降りた。

青柳さんは助手席側の窓を開ける。


「此方こそ楽しい時間をありがとう。また誘って良いかな?」


一日の疲れを全てチャラにしてしまいそうな優しい笑顔に心を鷲掴みにされる。


「勿論です。私で良ければまた」

「LINEするから羽鳥さんも気軽にLINEして」


さっきの店で連絡先の交換をして、挨拶代わりにLINEスタンプの応酬して遊んだりした。

青柳さんとの距離がより縮んだような気がして嬉しかった。


「じゃあ、また明日。会社でね。おやすみ」

「はい、ありがとうございました。おやすみなさい」


手を振る青柳さんにペコッ頭を下げ、遠慮がちに手を振り返す。

青柳さんの車が発進して角を曲がるまで見送ってから、自宅まで歩いた。

その間、幸せな時間を反芻してはニヤついたり、悶えたり………

恋する乙女というより、端から見たら不審者みたいだったと思う。
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