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青柳さんに見栄を張って「掃除が好きなんです」と言ったけど、実の所そんなに好きじゃない。

寧ろ苦手分野かも。


「………いいじゃないですか、別に。他人に言うような理由じゃないんで」


早口で呟いたのは、早く話題を逸らしたいから。

あまり触れて欲しくないのが本音。

なのに彼ときたら「訳ありなのね~」と茶化す。

興味本意で無神経に人の心の傷を突っついてくる帯刀さんにカッときて彼を睨み付けた。


「私だって前は大手メーカーでバリバリ働いてましたよ!華やかにOLしてました!」


彼の目が大きく見開いた。

突如噛み付いた私に少なからず驚いたようだ。


「自分の愛想も可愛げもない性格が災いしたとはいえ、お局様に目を付けられて周りを巻き込んで徹底的にイビり抜かれたら、そりゃ心を病みますよ!味方も居場所も何もかも失ったら人間不信にもなるし、逃げるしかないじゃないですか!」


捲し立てるように一気に喋った後、一度深く息を吐いた。

それからまたすぐに続ける。


「だから、お金よりも自分のメンタルを優先して、あまり人と関わらないでいいような職種を選んだんです。一人で淡々と作業出来るような。親に迷惑かけたくもなかったし」


親にそれなりに良い学校を出して貰い、在学中にいくつか資格も取得した。

大手企業に採用が決まり、期待に胸を膨らませていた。

実際に働いてみて遣り甲斐を感じていたし、確実にスキルアップしていたし、評価も得ていた。

それなのに、先輩社員のイビりで3年と経たずに逃げ出した。

そんな自分が情けなくて恥ずかしくて……


「……けど今の仕事は、思っていたより人と関わりのある仕事でした。相方が佐伯さんだから、それなりに楽しくやれてますけど」


不本意ながら口にした自分の経歴。

喋ってる途中から、辛かった事を思い出して胸が苦しくなった。

こんなみっともない話、他人にしたくなかったのに……と、屈辱を感じて俯き、グッと奥歯を噛み締めた。


「………な~んだ」


帯刀さんの笑いを含んだ声に彼を見る。


「なーんだって……いちいち癪に障りますね」


何故か帯刀さんは、嬉しそうに口角を引き上げている。


「凪ちゃんも俺とおんなじなのね」

「………えっ?」


彼の言っている意味がさっぱり分からない。


「凪ちゃんは偉い」

「は?偉い?意味が分からないんですけど…」


偉いと言われるような話の流れじゃないと思う。

馬鹿にされているのだろうか?


「立ち向かう勇気もなく、全てを捨てて逃げ出した私の何が偉いんですか?同情とか要りませんから」

「同情?……というより、親近感」

「親近感?」


帯刀さんが大きく伸びをする。


「逃げたって……逃げる勇気は必要でしょ。逃げてもすぐに立ち直れば良いだけの話だし。だから凪ちゃんは偉いなーって思う。俺なんか立ち直るのに2年かかった」

「えっ……」


悪戯っぽく笑う帯刀さんは、少しの間を置いてから言う。


「2年間引き込りだったの、俺」


見とれてしまいそうな程可愛い笑顔のまま、その表情とは真逆の内容を述べる。


「俺、イジメられっ子だったんだよねぇ~」

「えっ……イジメ?嘘……ですよね?」


イジメなんて、パッと見リア充っぽい帯刀さんからは想像出来ない。

何かの冗談だと思った。


「ほら俺ってば、この美貌だし?妬まれちゃうわけ。これが結構ハードだったのよ」


この美貌って……自分で言うか。


「当事者達はただのイジリだって主張してたけど、受け取る側が苦痛を感じてんなら立派なイジメでしょ」


これには思わず頷かされた。

私が前の会社を辞める時、私をイビり倒したお局様は“指導のつもりだった”と言い、上層部もそれを鵜呑みにした。

会社を辞めた事を友達に話した時も“ そんな事くらいで辞めるなんて勿体ない”と呆れられた。

まるで耐えるのが美学みたいに。

耐えて耐えて耐え抜いて、仕事が出来るようになって見返してやればいい………は、精神力の強い人の考え。

勿論出来る事ならそうしたかった。

でも、私には出来なかった。

ある程度は耐えたけど無理だったもの。


「逃げて2年間安全なシェルターに引き込もってた俺からしてみれば、逃げてもすぐに立ち直った凪ちゃんは偉いと思う」

「………でも帯刀さんだって立ち直って、今こうして大きな会社で働いてるんでしょ?」

「そ、時間かかったけどね」


にわかには信じ難い話ながら、こんなにスラスラと嘘を吐けるものだろうか?とも疑問で。

というか、よく知りもしない人と深い話をしている事すら不思議でならない。

何で話してしまったんだろう?と腑に落ちない気持ちで歩いていると、不意に帯刀さんが私の手を取った。


「え………ちょっと…?」

「アイス食べたくなった。凪ちゃん、そこのセブン寄ってこ?」


力強く引っ張られ、強引にコンビニの方へと歩かされる。


「や、別に食べたくないですから!」

「良いじゃん、奢るから。親睦を深めたお祝いに仲良くアイス食べようよ。ね、凪ちゃん」

「だから、馴れ馴れしく凪ちゃんって呼ばないで下さいって!」

「えー?凪ちゃんは凪ちゃんでしょ」


さっきから帯刀さんのペースに乗せられてる感が否めない。





帯刀さんに連れられるままコンビニに入った。

寒いくらい冷房が効いてて、外気との差に体がおかしくなりそうだ。


「どーれにしよっかなー」


アイス食べたい訳じゃないのに……と思っていたものの 、定番から新製品まで数多く並んでいる様を見ると食べたいような気がしてきた。


「やっぱスーパーカップかな~」

「分かります。たまに無性に食べたくなる」

「だよねぇ~あ、でもこっちの生乳ソフトもいいかも」


どれもこれも食べたくて迷う。


「………どうしようかな」


決めかねていると、私の隣にいる筈の帯刀さんの姿が消えた。

奢ると言っておいて逃げたのか?と思いながら店内を見渡すと、彼は雑誌類が陳列された場所に移動していた。

だからといって雑誌を手に取る訳でもなく、そこから外を眺めているようで…

そっと近付いて様子を窺うと、帯刀さんは鋭い目付きで外を睨んでいた。

その横顔が何だか怖くて、声を掛けるのを躊躇っていると「………凪ちゃんさ…」と帯刀さんが低い声で話し掛けてきた。

さっきまでの彼と纏う空気が違う。


「よくこんな風に夜出歩いたりしてんの?」

「え………」


何を言われるのかと身構えていたもんだから、何でそんな事?と、ちょっと拍子抜け。


「えっと、まぁ……たまにですけど…」


帯刀さんは、前を睨み付けたまま言う。


「凪ちゃんて不用心過ぎ。こんな時間に女一人で出歩いたら危険な事分からない?」


厳しい口調ながらも半分呆れも含まれていて……

いきなり始まった説教を不服に感じていると、彼は思ってもみなかった事を口にする。
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