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時には自棄食いしたい夜もある⑦
しおりを挟む初めこそ遠慮がちだったものの、後半は砕けた会話も相俟って、かなり箸が進んだ。
気付けば、入店から2時間以上経過していた。
普通の食べ放題ですら90分制限で、それでも時間を余らせるというのに、あまりの居心地の好さに居酒屋の飲み放題コース並みに店に居座ってしまった。
混雑時は迷惑だろうけど、空いてたし、沢山食べたし、店側からしたら良いお客さんだったんじゃないかと。
「スゲー食ったね……札なくなるかもって冷や冷やしたよ」
高瀬さんが財布の中を確認しながら苦笑混じりに言う。
「遠慮なく食ってくれて嬉しいけどさ」
高瀬さんが遠慮するなと言ったから、遠慮するのをやめただけだ。
今日は、カズさんの凛ちゃんへの気持ちを再確認させられ、変な髪型にされ、高瀬さんに小馬鹿にされ………
散々だった。
だから、肉を一切れ口に入れた途端、タガが外れたみたいに食が進む進む。
時には、自棄食いみたいなドカ食いしても良いかな?なんて。
暫く体重計に乗るのが怖いけど。
「旨かったね」
「うん、最高に美味しかった。ご馳走様でした」
たんまり肉が詰まっているだろう胃の辺りをそっと擦る。
予は満足じゃ~なんて、殿様気分。
「大分涼しくなって来たね」
「そうだね」
夏の終わりを告げるひんやりとした風が頬を撫でた。
季節が夏から秋への移り変わりを体感しながら思う。
秋は乙女の敵とも言える季節だよな………と。
「食欲の秋がやって来ちゃうなぁ…」
というか、下手したら通年食欲の秋かもしれない。
「ははっ、食欲の秋本番は今日よりもっと食うの?」
笑う高瀬さんに「うるさいな」と文句を言おうとしたその時、急に二の腕を引っ張られた。
あまりに突然で、すっかり気を抜いていたもんだから、反応出来ずに引っ張られるまま高瀬さんの胸に飛び込む。
「おふっ!」
柔らかい素材の服にぶつかった瞬間、焼き肉の匂いと混ざって、洗剤らしき優しい香りがした………&変な声が出た。
ちょっとこれはどういう事だ?!と状況の整理をする前に、すぐに身を引き剥がされる。
「そこ、側溝のフタないから」
ビックリしたのと、高瀬さんの駄洒落っぽい言葉がじわりと来て、沸々と笑いが込み上げてきた。
「ちょっ………ははは、もう、すっごいビビったしー…あはは…」
「笑いどころが分かんないんだけど」
とか言いつつ、小刻みに肩を揺らす私につられたのか高瀬さんも笑い出す。
「そこ、側溝って………あはは、つまんなー」
「シャレで言ってないから。というか、てるりこそ、おふっ!って言ってたし。笑えるんだけど」
「だってビックリしたもん」
「危ないと思って助けたんじゃん」
高瀬さんが引っ張ってくれなければ、私は側溝に落ちて泥だらけでドブ臭くなっていたと思う。
彼の機転に感謝しなければ。
………ただ、本当にビックリした。
だから今、心臓がドキドキ激しく暴れているのは、その所為だ。
寧ろ、それしか理由が見当たらない。
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