ナイフと銃のラブソング

料簡

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第4話

羽素未世の生きるための選択 その2

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 月明かりにポニアードが照らされている。ブロンドの髪が美しくきらめいていた。
 智也くんはポニアードを今まで見たことがないような鋭い目つきでにらみつけている。
「彼女に僕を殺させようとしていたのはお前か?」
 智也くんの声は今まで聞いたことがないくらい低く、冷たかった。今まで見ていた彼の姿が嘘だったかのように、その印象は違った。
「タッタラー。正ー解ー」
 ふざけたファンファーレの声まねと共にポニアードは拍手を送る。
「正解者には、私が何でも答えてあげる」
「何?」
「聞きたいことに何でも答えてあげるって言っているの。未世ちゃんもわけがわからず混乱しているでしょうしね」
 ポニアードに言い当てられ私はとっさに俯く。智也くんは私を見ていた。
「答えなくていい。代わりに羽素さんをこちらへ渡せ」
   智也くんの言葉に私は驚く。
「いいわよ。それは未世ちゃんの自由だし」
 私はちらりとポニアードを見る。彼女はニコニコしながらこくりと頷く。行っても良いということだろう。この期に及んでポニアードのことを気にする自分を情けなく思いながら智也くんのもとへ駆けていく。
「僕の後ろにいて」
 智也くんは私を守るように、自分の背中の後ろへ引っぱる。
「ありがとう」
 私はお礼を言うと智也くんの背中を見つめた。その背中に頼もしさを感じる。
 そして、私は智也くんの背中越しにポニアードを見た。
「それじゃあ、何を聞きたいかしら」
「彼女に何をさせていた」
「何って? さっきあなたが言った通りよ。あなたを殺させようとしていたの。残念ながら失敗しちゃったけどね」
 ポニアードは笑顔で私を見た。その顔を見て、私は固まる。口元は笑っているけど、目元は笑っていなかった。
「なぜそんなことをさせていた?彼女は関係ないだろ」
「人生を面白くするためには刺激が必要じゃない。ある時、ふと何も知らない無垢な女の子に人を殺させたら面白そうかなって思ったの。そう思わない?」
「ゲスがっ」
「あらあら辛らつね。価値観の不一致かしら、残念、残念」
 まったく残念でない様子でポニアードは嘆息する。
「だから、言ってしまえば単なる余興ね」
 あっさりと言われた言葉に私は目を見開く。この地獄のような日々が余興と言われて私は頭の中が真っ白になった。
「でも、素人に一から仕込むのは大変だったわ。人体構造、急所、ナイフの使い方を教えて、実践して見せたんだけど、吐いちゃって」
 そう言ってポニアードは「あはははは」と笑った。ポニアードの嘲笑に私はただ震えることしかできなかった。悔しいのか悲しいのかすらわからない。
「そうそう、それにまともにご飯も食べられなくなっていたみたいねぇ。あなたが頑張って作ったご飯も吐いていたのよ」
「あ……」
 私は信じられないといった思いでポニアードを見つめた。智也くんには決して知られたくない秘密をばらされ、私の心は絶望で埋め尽くされる。彼がどんな顔をしているのか見るのが怖かった。それでも、おそるおそる彼を見る。
 智也くんは握り拳を振るわせながら「黙れ」と叫んでいた。
「ちなみに、彼女があなたに告白したのも私の指示よ。失敗したら殺すって言ったら、一生懸命どう告白するか考えててね。最高に面白かったわ。その結果がひねりも飾り気も何もないあの告白なんだからほんとウケる。よく付き合う気になれたわね」
 ポニアードはあざ笑うかのように私たちを見る。私はただ震えながら黙って聞くことしかできなかった。まるで自分が丸裸にされていくような羞恥心を感じていた。
「なぜそんなことをした? 彼女に僕を殺させるつもりなら、付き合う必要はなかったはずだ」
 智也くんの声は怒りで震えていた。その目は今まで見たことがないくらいに鋭い。
 ポニアードはそんな智也くんをニヤニヤ見ながらこともなげに返答した。
「面白そうだったから」
「え?」
 ポニアードの言葉に私は声を漏らす。
「だって、ただ殺させるだけじゃ面白くないじゃない。だから、少しでも面白くなるように工夫したの。付き合っている人に殺される時どんな顔をするのか見たかったしね」
 そう言ってポニアードはにやりと笑みを浮かべた。
「そういう意味で未世ちゃんは見ていて本当に面白くて、飽きなかったわ」
 私はそんなポニアードをぼう然と見つめるしかなかった。どうしたらよいのかもわからない。やり場のない感情をどこにぶつけてよいのかもわからない。ただ、ぼう然とするしかなかった。
「だが、羽素さんは殺さなかった。お前の企みは失敗したんだ」
 智也くんは震える声で断言する。その言葉はぼう然としていた私の心に染み渡った。
 しかし、ポニアードはその言葉を聞くとにやりと口元を歪めた。
「それはどうかしら」
「何?」
「ねぇ、未世ちゃん。あなたは本当に彼を殺したくないの?」
 殺したくなかった。でも、私は何も答えられない。染みついた恐怖感はぬぐい去ることは出来なかった。そんな私を見てポニアードは何を思ったのか。堪えきれないように笑い始めた。
「ふふふ、未世ちゃんがこんな目に遭ったのは彼が原因なのに?」
 智也くんは怪訝な表情を浮かべる。
「何を言っている?」
「だってあなたが一年前に私を殺しておけば未世ちゃんはこんな目に遭う必要は無かったでしょう」
「なっ」
 智也くんは驚きの声を上げた。
「どういう……こと?」
 わけがわからない。しかし、智也くんはぼう然とポニアードを見ている。彼に何があったのかわからない。でも、彼の様子は異常だった。
「智也……くん?」
 彼は何も言わない。まるでこの世の終わりのような表情を浮かべたまま立ち尽くしていた。そんな智也くんを私はわけもわからず見つめていると、ポニアードが口を開いた。
「確かそんな状況に追い込んだやつが悪いんだっけ」
 ポニアードはニヤニヤしながら智也くんを見ていた。
「あなたがその原因でしょう。それなのにずいぶんと息巻いていたわね」
 ポニアードは堪えきれなくなったように「あはははははは……」と笑い出す。
「彼女を救う気でいたの?あなたがことの発端なのに」
 智也くんは何も言わなかった。ただ、ぼう然と宙を見つめていた。その顔は青白く、生気が全くなかった。
「だから、未世ちゃんには権利があるのよ」
「権利……?」
 意味がわからない。
「そう。彼を殺す権利」
 わけがわからない。
「彼のせいでこうなってしまったの」
 なんでそうなるの。
「彼がいなければ未世ちゃんはこんな目に遭わなかった。あなたもお母さんも死ぬことなかった。きっと今でもあの家で二人で幸せに暮らしていたわね」
 やめて。そんなこと言わないで。
「彼はあなたの幸せを壊した極悪人」
 嘘だ。
「だから、その恨みを晴らしましょう」
 私は智也くんに恨みなんてない。でも、
「彼を殺せばさっきの失敗も許してあげる。さて、未世ちゃんは生きたい?死にたい?どっちかな」
 彼を殺せば私は生きられる。
 ポニアードは地面に落ちている血に染まったナイフを拾うと、ゆっくりと私に近づき渡してきた。理解が追いつかない私は差し出されるがままにナイフを受け取る。
「はい。狙いは心臓がおすすめよ」
 ポニアードは笑顔で左胸を指さす。
「あ……」
「頑張ってね」
 そう言うとポニアードは元の場所へ戻っていった。私はナイフを両手で握る。そして、智也くんへ身体を向けた。
「羽素……さん……」
 智也くんはぼう然とした表情で私を見ていた。私は彼にナイフを向けたまま固まっていた。
 智也くんは私をじっと見つめていた。そして、覚悟を決めたように穏やかな表情で私を見た。
「いいよ」
「智也くん、なんで……?」
「僕のせいだから。僕のせいで羽素さんを苦しめた。だから、ごめん」
 そう言うと、智也くんは私のほうに身体を差し出した。まるで命を投げ出したように無防備だ。
「なんで?何が何だかわからないよ」
 気がつくと私は叫んでいた。しかし、智也くんは何も言わずに頭を下げるだけだった。
「ごめん」
 私はわけがわからないまま、何も言えなかった。
 ポニアードは智也くんを殺せば私の命は助けてあげると言った。
 私は彼を殺す権利があるとも言った。
 そして、智也くんは僕のせいだと言った。
 智也くんとポニアードに何があったのか私にはわからない。智也くんがなぜ私に殺されること受け入れたかもわからない。この状況の何もかもが私にはわからなかった。
「智也くん……」
 私は智也くんを見る。彼はさっきまでの気丈な姿とは打ってかわって弱々しい。多分、今の彼ならきっと私でも容易く殺せるだろう。
 それでも覚悟が決まらない私はまた智也くんを見た。弱々しい彼の姿は見ているだけで痛々しい。なぜ、彼がこんな風になってしまったのか私にはわからなかった。
 私は手に持った血に染まったナイフを見た。
 さっき智也くんを刺した感触が掌に蘇る。固いと思ったら急にぐにゃりとしたおぞましい感触だった。二度と味わいたくない。でも、生きるためにはあの感触をもう一度味わわないといけない。
 ナイフを持つ手が震えている。両手で握っているのに震えは止まらなかった。
 私は生きたいのと、自分自身に尋ねる。答えは決まっていた。
 私は智也くんを殺したいのと、もう一度自分自身に尋ねる。答えは決まっていた。
 だったらどうすればいいのか。答えは一つしかなかった。
「どうしたの?早くしたら。それとも、私が二人まとめて殺してあげようか」
 ポニアードの言葉に私はビクッと身体を震わせる。ポニアードを見るとニコニコと笑っていた。
「今なら簡単に殺せるでしょう。さっさとやりなさい」
 私は智也くんを見る。彼は私の視線に気づくと、罪悪感に堪え切れなさそうな様子で目をそらした。
 そんな彼を見ていられなくなって私は目を閉じた。脳裏には智也くんとの様々な思い出が蘇る。学校でのたわいのないおしゃべり、彼の温かさが感じられるメール、放課後一緒に帰ったこと、一緒にお昼ご飯を食べたこと、一緒にデートしたこと。
 智也くんは私にいろいろなものをくれた。それなのに私は何も返せなかった。
 後悔が心の中を埋め尽くす。でも、このままじっとしているわけにもいかない。
 私は目を開けて智也くんを見た。弱々しく苦しんでいる彼をこれ以上見てられない。
 だから、せめてこれ以上彼が苦しまないように覚悟を決めるしかない。それが私にできること。本当にできるかどうかわからなかった。自信もなかった。でも、やるしかなかった。
 さっきまでと何かが変わったわけじゃない。それでも、智也くんのためを思えば不思議なことにさっきよりも手の震えは止まっていた。
 大丈夫。私ならできる。
 自分自身に暗示をかけるように心の中でつぶやく。そして、私の口は自然と言葉を紡いでいた。
「私ね。生き汚い人間なんだ」
 智也くんはうなだれたまま反応しない。
「なんでこんなに生きたいって思うのか自分でもわからない。生きている意味があるのかもわからない。だから、本当は私に生きる価値はないんじゃないかってずっと思っていた」
 そこで私は口元をつり上げ、精一杯の笑顔を浮かべた。
「だから、生きていてくれてありがとうって言ってくれてすごく嬉しかった。それだけで今までの地獄のような日々から救われた。そんな気持ちになれたのは智也くんのおかげなんだよ」
 力なくうなだれていた智也くんは私の言葉に反応するかのように顔を上げた。その顔は呆けたような表情を浮かべている。そんな彼に私はゆっくりと近づいていく。
「何があったのかわからない。なんでそんなに責任を感じているのかもわからない。でも、これだけはわかる」
 智也くんの目の前で止まる。智也くんは全てを受け入れたようにただじっと私を見つめていた。不思議と心は落ち着いている。そして、心を込めて私は私の思いを伝えた。
「智也くんは悪くない」
 その言葉を私が言うと、智也くんは両目を大きく見開いた。
 私は何も知らない。でも、ポニアードが悪いことはわかる。
 全てはポニアードがやったこと。私のお母さんを殺したのも、この地獄のような生活を作り上げたのも、全てポニアードが原因であることに変わりはない。
 それが紛れもない事実。例え、智也くんにとってはそうではなくても。
 私はもう一度智也くんを見る。
 智也くんは驚いたような、それでいて力ない眼で私を見ていた。そこにさっき私を力強く抱きしめてくれた彼の姿はない。その原因は何か私は知っている。
 智也くんは私にたくさんのものをくれた。その上、彼を傷つけた私を救ってくれた。
「だから、今度は――」
 ナイフを握る指に力が入る。そのまま彼の前に近づき、ポツリとつぶいやた。
「――私が智也くんを助ける番だ」
 そして、私は彼を素通りしてポニアードに向かっていった。
 すべての原因はポニアード。だから、ポニアードを殺せばすべてが解決する。智也くんも死ぬことなく、私も殺されることはない。それが二人ともが生き延びることができる唯一の選択だった。
「なっ」
 智也くんの驚きに満ちた声を背後に聞きながら、私は走ってポニアードとの距離を詰める。
「あらあら、悪くない選択だけど、ちょっと愚かすぎるかしら」
 ポニアードは笑顔を崩さないまま、無防備に立っていた。
「羽素さん、待っ」
 智也くんの叫び声が聞こえる。それでも私は迷いなくポニアードの無防備な身体へナイフを向けた。今まで何度もポニアードの言われたとおり、心臓を狙う。ポニアードとの距離を詰めると力を込めてナイフを突き出した。
 しかし、私の手には何の感触もなかった。
「え?」
 すぐ横にポニアードの笑顔が見える。
「残念」
 私はとっさに横にナイフを振るう。しかし、ポニアードはこともなげに私の攻撃を躱した。
「くっ」
「ほらほら頑張って」
「羽素さん」
 ポニアードの揶揄も智也くんの叫び声も無視しながら、私はナイフを振り続けた。それでも、ポニアードに攻撃は当たらない。
「くそっ、なんでっ」
 悪態をつきながら必死でナイフを振るう。しかし、当たらないどころかかすりすらしない。ポニアードはいとも簡単に私の攻撃を躱していた。躱しながら口を開く。
「そうやって必死に抵抗しているのを見るとあなたの母親を思い出すわね」
「えっ?」
 ポニアードの言葉に動揺した私は動きを止めるが、すぐに気を取り戻しナイフを振るった。しかし、当たらない。
「あなたを守るためとか言って必死に抵抗していたっけ」
 ニヤニヤとした笑みを浮かべながらポニアードは私に語りかける。
「うるさい」
 その言葉をかき消すために、私は叫びながらポニアード目がけてナイフを振るう。しかし、当たらない。
「だから、徹底的にいたぶってあげたわ」
 その瞬間、血まみれのそれを思い出す。胃から何かがこみ上げ、吐きそうになる。でも、悔しさが優った。吐き気を堪えながら叫ぶ。
「だまれぇえぇぇぇっ」
 ポニアードにナイフを突き出す。しかし、ナイフは空を切った。ポニアードは私の真横にいる。
「あきらめが悪いところが未世ちゃんのよいところよね。でも、そろそろ飽きてきたかな」
 そう言うとポニアードは私の腕を掴み、捻った。
「いっ」
 腕がちぎられたような激痛に私はとっさにナイフを落としてしまう。
「あら、軽く捻っただけなのにそんなに痛かった?」
 愉快そうに笑いながらポニアードは私の腕を放す。私はとっさに痛んだ腕を押さえた。幸い腕があることに安堵するが、すぐにそれがうかつな行動だったことに気づく。
 しまった。
 ポニアードから目を離したことを悔やみながら私はとっさに顔を上げる。目の前には落としたナイフを拾ったポニアードがいた。次の瞬間、私は口元をポニアードにつかまれ、持ち上げられる。
「あぐっ」
 手足をばたつかせ抵抗するが、ポニアードは全く意に介していなかった。
「あんまりあばれるとあごを砕くわよ。知ってる?あごを砕かれると当分の間は流動食しか食べられなくなるんだって。まあ、何を食べても吐いちゃうあなたには関係の無いことだけど」
 ポニアードはそう言って大声で笑うと、口元を掴んだ手に力を込めた。
「ふぐっ」
 私はとっさにあごを砕かれる恐怖から抵抗をやめていた。何もできないまま悔しさに涙が浮かぶ。
    ポニアードはニヤニヤと笑みを浮かべるとナイフを私の身体に向けた。
「やめろ」
 智也くんの悲痛な叫び声が背後から聞こえる。
「今いい所なんだから邪魔しないでくれる」
「羽素さんに手を出すなら僕を殺せ。それが目的だろう」
 智也くんの悲痛な叫び声が響く。
「うーん、それはちょっと違うのよね」
 ポニアードはわかっていないと言いたそうに、首をかしげる。
「私はただ楽しみたいだけなの。あなたが死のうが生きようがどうでもいいわ」
 智也くんは絶句する。
「まあ、まずは逆らった未世ちゃんに罰を与えないとね」
「むぐぐぐ」
 私のあごを掴むポニアードの力が込められる。恐怖から、私は手足を動かし、もがく。
「安心して殺しはしないから。ただ、罰として私を楽しませてほしいの」
 そう言ってポニアードはにっこりと笑う。意味がわからなかった。しかし、次の瞬間、私は目を見開く。ポニアードはナイフを私のお腹に押し当てた。刺さっていないので痛みはない。しかし目の前に迫った死の恐怖はあった。身体が勝手に震え始める。私は身を縮こまらせながら、ナイフから目が離せなかった。
「じゃあ、クイズをします。さて、どこを刺されたら一番生存率が高いでしょうか?」
 笑顔で問うポニアードに私は必死で考える。ポニアードに仕込まれた人体構造の知識をフルに回転させながら、生き残る可能性の高い場所を考える。しかし、どこを刺されたいか選べるはずがなかった。
「遅いわね。じゃあ、仕方が無い。神様に決めてもらいましょう」
「え? まっ」
 ポニアードはナイフを私の身体に向けると、声を上げながら順番に動かし始めた。
「か・み・さ・ま・の・い・う……」
 心臓、肺、胃、膵臓、肝臓、大腸、小腸と順番にナイフが私に向けられる。
「いっ、や……ぎぐっ」
 ポニアードが何をしようとしているかわかり、私は抵抗しようと必死に身体を動かす。しかし、そんな私を制するようにポニアードはあごを掴んだ手に力が込めた。あごを砕かれそうな力に私はとっさに身を縮まらせる。
「暴れたらうまく刺せないからじっとしていなさい」
 ポニアードはニヤニヤとした笑みを浮かべながら怒ったような演技をしていた。
「じゃあ、続きね。……あ・つ・ぷっ・ぷ。はいっ、ここだ」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおっ――」
 智也くんの声が聞こえたような気がした。しかし、今はそれよりも身体に走った激痛に気を取られていた。
「があっ」
 痛みで顔を歪めながら身体を見ると、ポニアードのナイフは私の横腹に刺さっていた。しかも、ポニアードはそのままナイフをぐりぐりと回し始めた。
「ぎゃっ」
 痛みは遅れてやってきた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ」
 身体の中を火箸でかき回されたような激痛が全身を駆け回っている。まるでそうすることで痛みが和らぐかのように手足をばたつかせるが全く意味は無かった。
「ぐぼっ、ごほっ」
 口から血が吹き出る。
「あっ、汚い」
 そのとたん、ポニアードは後ろに投げ捨てた。私はコンクリートの地面に打ち付けられる。
「ごはっ」
 その衝撃でもう一度血を吐いた。口内は血の味で埋め尽くされる。
「未世ちゃんはやっぱり運がいいわね。刺したのは小腸なの。内臓の中でも出血が少ない場所だから、簡単には死なないわ」
 傷口からも赤黒い血があふれる。ポニアードは出血は少ないと言っていたのに、血はどんどん流れていった。コンクリートの地面が真っ赤に染まる。
 血が出るたびに、死が近づいていくのがわかる。
 死にたくない。
 という一心で私は痛みに悶絶しながら、傷口を押さえた。
「がはっ」
 身体を動かすだけで、体内から何かがせり上がり、口から血を吹き出す。
「羽素さん」
 智也くんの声が聞こえたような気がしたがよくわからない。そんなことを考える余裕は私にはなかった。私は必死に傷口を押さえ、少しでも血が出ないようにする。しかし、血は止まらない。
「あははははははは………。未世ちゃんは本当に死ぬのが怖いのね。だから、そうやってみっともなくあがけるのかしら」
 痛みに悶絶しながら、血を止めていた私はポニアードが何を言っているのかもわからない。
「でも、そんなにあがいているのを見るとついちょっかいかけたくなるのよね」
 次の瞬間、傷口を押さえていた掌ごと踏みつけられる。
「ぐがああああああああ」
 腹部にさらなる激痛がはしった。同時に、傷口から血が吹き出る。
「あらあら、そんなに痛かった?可哀想に」
 痛みに苦しみながら私はポニアードをみる。その顔は楽しそうに私を見下ろしていた。
「羽素さんから離れろ」
 智也くんの叫び声が聞こえる。
「いやよ。まだ遊んでいる途中なんだから」
 そう言ってポニアードはニヤニヤ笑っている。しかし、次第にその光景も薄れていった。
「――があああああああっ」
 次の瞬間、激痛により意識が無理矢理戻される。何度目になるのかわからないが、ポニアードが私の傷口を踏みつけていた。また、傷口から血が吹き出る。
「これはさっき失敗した分よ。えーと、次は何にしようかしら」
「やめろ――」
 智也くんの叫び声が聞こえたような気がしたが、それももうはっきりしない。痛みで戻された意識は、また痛みにより薄れていく。
「……たく……ない……」
 それが思っていることなのか、発した言葉なのか自分でもわからない。流れる血に比例して感覚は少しずつ失われ、同時に徐々に痛みが薄れていく。
 そんな時だった。急に大きな破裂音がした。
 一瞬、意識がはっきり覚醒する。しかし、それが何の音なのか私にはわからなかった。
 ふとポニアードの方を見ると、その頬からは血が流れていた。
 次に智也くんを見ると、彼は何かを決したような力強い表情を浮かべていた。その手には彼には似つかわしい黒い鉄の塊がいつの間にか握られている。
 それは銃だった。
 なんで智也くんが銃を持っているの。
 当然の疑問が浮かぶ。不意にポニアードの言葉が脳裏に蘇った。
『だってあなたが一年前に私を殺しておけば――』
 私は何も考えずにその言葉を聞いていたが、よく考えてみるとおかしかった。この言葉が事実なら彼はポニアードを殺す寸前まで追い詰めているのだ。
 それが何を意味するのか、どれだけ考えても今の私ではわからなかった。
 思考は徐々に緩慢になり、意識が薄れていく。
「死……ない……」
 薄れゆく意識の中で脳裏に浮かんだのはいつもの願いだった。
 こうして私の物語は終わる。
 何もわからないまま私の意識は暗い闇の中へ沈んでいった。
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