17 / 46
第二章
17
しおりを挟む(――なんか、頭痛いかも)
ここ数日、旭は機織りを張り切って続けていた。
時折白蛇が見に来ては、たわいもない言葉を交わしていく。
夕餉の献立を聞かれたり、逆に今日はこれを食べたいと言われる日もあった。
そうして見に来てくれるから、旭は張り切りすぎていたのかもしれない。
晩夏から秋へ、少しずつ肌寒くなってきた季節の変わり目。
旭は、体調を崩していた。
井戸の水で体を洗っていたのも原因だろう。
慣れない環境で、いつもよりも働き過ぎていた。
たった一週間と少し食事と睡眠が改善しても、体力がすぐにつくわけではない。
体力以上に働いていた結果、疲労で熱が出たのだ。
風邪を引いたときのような喉の痛みや鼻水があるわけではない。
疲労で熱を出すのは、村で暮らしていたときも時々あったことだった。
幸い、反物の作成は順調すぎるくらい進んでいて、もうほとんど完成している。
(朝よりも、体温が上がってる……)
昼間にもかかわらず、旭は寒気にふるりと身を震わせた。
頭痛と寒気がひどくなってきて、さすがに機織りの手を止める。
こんな時は大抵、二日ぐらい布団で休めばまた働けるようになるが、完成が目前の今、休むわけにはいかなかった。
(二日も休んだら、間に合わなくなる)
緑狸が訪れるのは二日後。
(休むとしても、完成してからだ)
本当は、白蛇に体調不良がばれたくないという気持ちもある。
「病弱ではない」と言った手前、こんなに早く病に臥せったらいよいよ信用を失ってしまうかもしれない。それはとても怖いことだった。
けれど、体調不良を隠して無理をして倒れたら、きっとその方が迷惑になる。
(――白蛇さまは、優しい方だから)
旭は、もう分かっている。
白蛇が旭をちゃんと気にかけてくれていることを。
たとえ自分と同じ重量でなくとも、同じ温度でなくとも。
だからこそ、心配をかけたくなかった。
もし隠して無理をして倒れたら、きっと白蛇は自責してしまうと旭は思う。
旭じゃなくても、ここにいるのがどんな人間だったとしても、白蛇は優しく手を差し伸べてくれる神様なのだから。
(だから、完成したら、ちゃんと言わなきゃ)
ちゃんと事情を話して、二日だけ休みを貰う。そうして、体調が良くなったら、また頑張って働いて、信用を取り戻していく。
旭は、機織りを再開した。慎重に、丁寧に。
熱に浮かされた頭で、逆に集中力が燃え上がるようだった。
体調が悪かったから出来が悪かったんです、などという言い訳は絶対にしたくない。
(白蛇さまが褒めてくださるような、そんな反物を織りたい)
いつもよりも速度は落ちていたが、それでも確実に、着実に、反物はできあがっていった。
(――――できた)
ぱちん、と最後の糸を切って、旭は織機から反物を抜いた。
均等に織られた布を触って感触を確かめる。これ以上は出来ないだろうという出来だった。
「できたのか」
問いかけられて、旭ははっと顔を上げる。
機織りを始めた日の夜と同じように、白蛇がそこに立っていた。
(……夜と、同じように……あっ!)
「……気づいたようだな。もうとっくに夜だぞ。好きな時間に呼びに来いとは言ったが、まさかこんな時間まで夢中になっているとはな」
「も、申し訳ありません……!今食事の用意を、」
いきなり立ち上がったせいだろうか。
それとも、体調が悪いせいだろうか。
旭は、何もないところで躓き、前に倒れる。
「――っ!」
前に突っ張った手を、力強く引っ張られる。
足がもつれて前に三歩ほど進んだ旭を、白蛇が抱き止めた。
「本当によくこける……おい、おまえ」
一段低くなった声に、旭はぎくりとする。自分で申告する前に、白蛇にばれてしまった。
「す、すみません。完成したら、ちゃんと、言わなきゃって……」
「狸の来る日くらい、いくらでも調整できる。食料だって、俺が食わねば何日分も余るだろう」
「おれ、白蛇さまと食べるご飯が好きだから……どうしても、間に合わせたくて」
責められているわけではない。声は低いが、なじるような口調ではなかった。
ゆだるように熱い頭で、旭はまるで子供の言い訳のような言葉を並べる。
旭が体調不良を早めに言えなかった、もう一つの理由がこれだ。
白蛇はきっと、旭が体調が悪いと言えば食事をとることをやめてしまう。
元々白蛇には必要のないことだ。
旭がきちんと食べてるかは、別に一緒に食事を取らなくても日々の在庫の残量を確認すれば事足りる。
(でも……そしたらきっと、もう一緒には食べてくれない)
そう思うと、余計に言い出せなかったのだ。
呆れたようなため息が聞こえて、旭は俯く。
自分のわがままで、また白蛇に迷惑をかけてしまった。
ぽたり。涙が零れる。
「……すみません……」
「……今日はもう、休め」
額に、指を当てられる。
ふ、と意識が遠のいて、旭はくたりと体の力を抜いた。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
真柴さんちの野菜は美味い
晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。
そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。
オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。
※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。
※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
紺碧のかなた
こだま
BL
政界の要人を数々輩出し、国中にその名をとどろかす名門・忠清寺(ちゅうしんじ)の僧見習い・空隆(くうりゅう)と澄史(とうし)。容姿端麗なだけでなく、何をやっても随一の空隆は早くから神童と謳われていたが、ある夜誰にも何も告げずに寺から忽然と姿を消してしまう。それから十年の月日が経ち、澄史は空隆に次ぐ「第二の神童」と呼ばれるほど優秀な僧に成長した。そして、ある事件から様変わりした空隆と再会する。寺の戒律や腐敗しきった人間関係に縛られず自由に生きる空隆に、限りない憧れと嫉妬を抱く澄史は、相反するふたつの想いの間で揺れ動く。政界・宗教界の思惑と2人の青年の想いが絡み合う異世界人間ドラマ。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
生贄王は神様の腕の中
ひづき
BL
人外(神様)×若き王(妻子持ち)
古代文明の王様受けです。ゼリー系触手?が登場したり、受けに妻子がいたり、マニアックな方向に歪んでいます。
残酷な描写も、しれっとさらっと出てきます。
■余談(後日談?番外編?オマケ?)
本編の18年後。
本編最後に登場した隣国の王(40歳)×アジェルの妻が産んだ不貞の子(18歳)
ただヤってるだけ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる