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第一章
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しおりを挟む――旭が白蛇様と出会ったのは、八つの頃だった。
流行病で親を亡くしたばかりの旭は食事もろくにとる気にならず、貧相な出で立ちをしていた。
八つともなれば健康な子供は田植えを手伝ったり、布にするために綿を摘みに行ったり、親の手伝いが出来るようになる年頃である。
百合や泰治の両親が色々とさせてみたが、細身の体ではどれも思うような手伝いにはならず、無理をすれば途端に風邪を引く。
両親を亡くしたばかりの子の精神的な負担からくる体調不良を不憫に思われた結果、体が大きくなるまでは食べて寝て遊ぶことが仕事だよと手伝いを言いつけなくなっていた。
ただ、お日様には当たりなさいと外に連れ出され、畑の隅で仕事をぼうっと眺める日々。
それを快く思わなかったのが、遊びたい盛りに仕事をさせられている少年たちだった。
『あっちに綺麗な花が咲いていたよ』と無理矢理手を引っ張られ、入ってはいけないと言われていた山に分け入り、気づけば知らない道だった。
『しろへび様の山だよ、帰ろうよ』
『オレら神様なんか信じてないもん』
獣道がいよいよ険しくなってきた頃、茂みに囲まれた場所で、旭は少年のひとりに突き飛ばされた。
木の根っこに足を取られ、尻餅をつく。
『お前ばかり遊んで、気にくわねえ』
一番大柄な少年が、その辺の土や枝を掴んで旭に投げつけながら口火を切った。
『仕事もしないくせに、外に出てくるな』
『親がいないからって可哀想な子のフリすんな!』
次は、小石だった。旭は痛みに呻くが、誰も見ていないということが、彼らの行動に拍車をかける。
(なんで、どうして)
外に出ているのは、そう言いつけられているからだ。仕事も、したくてもできないだけ。
可哀想なフリなんてしていない。ただただ、両親が居なくなって悲しいだけ。その気持ちの持って行き方が、わからないだけ。
まわりから嫌な目で見られていると言うことを、旭はこの日まで全く気がつかなかった。
百合や泰治も、自分のことを迷惑だと感じているのだろうかと思うと、ぼろぼろと涙が零れた。
『お前みたいなのを、穀潰しって言うんだ!とっとと村から出て行け!』
『生きているだけで食い扶持が減るんだ、お前が死んだって誰も悲しまないからな!』
田植えに忙しい時期だった。仕事への精神的な疲労が、爆発したのだろうと今はわかる。
土が目に入った痛みに目を瞑る。頭を守るように小さくなった旭に、次々石や枝が投げつけられる。とげや石の先が、皮膚を薄く割く痛みが走る。
『いたいよ、やめて』
時折旭がそう言っても、誰も止める者は居なかった。むしろ普段の表情が乏しかった分、旭の痛がる声を面白がり、少年たちは誰が一番旭に大きい声を出させるか競い始めたようだった。
少し間が開いたので目を開けると、一番大柄な少年が木の棒を拾って戻ってきたところだった。
『や、やめて……!』
大きく振りかぶった少年に、旭は制止の声を上げる。だが、聞き入れて貰えるはずもない。
(ぶたれる……!)
腕を頭の上で交差させて、再度ぎゅっと目を閉じる。
『――――っ!!!!!』
腕に火花が散ったような痛みが走り、旭は痛みに声も出せなかった。息が詰まって、呼吸ができない。自分に何が起こったのか頭では分かっていても、体の反応が追いつかない。ぶたれたのは、これが初めてだった。
『なんで声出さないんだ!』
正確には声も出ないほど痛かったのだが、旭は痛みに声を出すことが出来ず、少年は益々憤慨したようだった。
(これ以上ぶたれたくない!しろへびさま、たすけて……!)
もし、本当に神様がいるのなら。どうかここから助けて欲しい。
旭は心の底から白蛇様に呼びかけた。
『……?』
来ると思っていた衝撃が中々やって来ず、旭は恐る恐る目を開ける。
少年たちは恐怖に怯えた顔で旭の後ろを見ているようだった。
ガサリ、と背後から茂みをかき分けるような音がした。
『う、うわあああああ!!』
発端は、誰だったか覚えていない。
突然少年たちは大きな悲鳴を上げて、一目散に駆けだしていったのだ。
旭は、ゆっくりと後ろを振り返る。
(――――きれい)
そこに居たのは、大きな白い蛇だった。白い光沢のあるうろこに、美しい赤の瞳。
一目で、その美しい大蛇が”白蛇様”だと旭は理解する。
自分の身長の何倍もある大きな大きな蛇の姿を見て、旭は恐怖よりも感嘆が先に来たのだった。
『……しろへびさまが、助けてくれたのですか?』
尋ねても、返事はない。もしかしたら軽々しく口をきいてはならない存在だったのかもということに思い至り、旭は正座をして手をつき頭を下げた。
『助けてくださって、ありがとうございました。このごおんは、一生わすれません』
旭が頭を下げたままでいると、白い蛇の頭が旭の頭を小突く。
『あっ。もしかして、おれを食べますかっ。ほねとかわだけで、おいしくないかも……』
顔を上げて手で体の泥を払いながらそう言うと、もう一度小突かれた。まるで「違う」と言われてるようで、旭は首をかしげる。
『しろへびさま?……うひゃっ』
シュルリ、と大蛇の舌が伸びてきて、旭の腕を肘から手先に向かって舐め上げた。
『あ、あの、どろがついててきたない、から……ひ!』
もう片方の腕も舐められて、気づく。じんじんと疼いていた腕の痛みが消えている。
大蛇の頭で肩を押され、ころんと転がった旭の顔や足も、傷のついたところは全て舐められた。
『ふふ、く、くすぐったいっ!ふふ、あははっ』
舐められたところから痛みが消えていき、あとに残るのはくすぐったさだけだ。声を上げて笑った旭に満足した様子の大蛇が、旭の体を尻尾で器用に持ち上げた。
旭に意識があったのは、ここまでだった。
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