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多田さんと今井くん~タラシな若手エリート×中年平社員~

本人にとって重大な事が、他人にとってそうであるとは限らない

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「重大な情報を手に入れたんですよ」

 いつも通りの就業後。
 もう人気の無いフロアの施錠を終えてタイムカードを押した私の耳元で声を潜めて言ったのは、先日入社したばかりの今井くんだった。
 こんな時間まで人がいたことにもびっくりしたが、それが彼であったことにも驚く。彼の今日のノルマはとっくに終わっていたはずだったから。

 自分のようないつまで経ってもうだつの上がらない中年の平社員と違い、彼は有能な若手キャリア社員だ。
 業界でも有名な大企業からこのベンチャー企業に飛び込んできた奇特さと、入社から数日で叩きだした驚異の契約件数で、今ではすっかり社内で羨望の眼差しを浴びる有名人である。
 そんな彼の手に入れた『重大な情報』。私の胸は無意識のうちに大きく跳ね上がった。

「じゅ、重大な情報?」
「そう。俺達の今後にとって、とても大切な情報です」
「それは、どんな……」
「本当は誰にも教えたくないんですが……あなたになら特別、教えてもイイ。心して、聞いてくれますか?」

 普段の彼らしくも無い(考えてみれば不自然なほど)真面目な顔でそう言われ、私は戸惑う。
 そんなに重大なことなら、隠されては困る……しかし、彼にとって隠さなくてはならないほど重大なことだとしたら、自分が聞いてはいけないのかもしれない、そんなことも考えて。

「……わ、わかった。君が教えてくれるというのなら、聞こう」
「それじゃ、ちょっとこちらに」

 手招きされて、今井くんの近くに寄る。肩を抱かれ、顔を寄せられて、そんなに秘密にしなければいけない情報なのかと、気を引き締めた。

「その情報というのは?」
「ええ、その情報っていうのは……」

 真剣な目で見詰め合う。至近距離。こんな彼の顔は見たことがない。
 と、次の瞬間、彼の顔が近付いて。

「……その情報っていうのは」

 ――ちゅ、と一瞬、触れる唇。

「俺があんたを、好きだってことさ」

 思わず彼を突き飛ばす。
 それを予期していたのか、今井くんはひょいと身を離し、軽い笑い声を上げた。

「わ、私を騙したのか、君は!?」
「騙してなんかいないだろ?」

 俺達にとっては重大な話、そう言ったじゃないか。
 すっきりしたらしい今井くんは、よろめく私に背を向け、踊るような足取りでフロアの出口へと歩き出す。
 情けなくもへなりとその場にしゃがみこんで、私は額を押さえた。

「……確かに、重大な情報だよ」

 さて、彼はこの情報をどうしろというのか。
 私の苦悩はまだ、始まったばかりである。
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