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橘社長とりっくん~元極道なボディガード×奇抜でビッチな社長~

嘘のような朝の出来事

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 その日、橘はいつに無く機嫌が良かった。
 新商品のお披露目式が終わり、打ち上げの飲み会には好物が出て、ついつい酒も進んだ。
 橘は酒に弱い方ではない。一般的に言うと酒豪の部類に入るだろう。そして、呑めば呑むほど気持ち好くなる体質だった。
 だからこういう夜は呑む。呑みたいだけ呑む。呑んで呑んで、吐くまで呑んで……糸が切れたようにぱたりと倒れ、すやすやと眠る彼を回収するのは、もちろんボディガードたる藤堂の仕事だった。
 毎度毎度、同じ事を繰り返しては怒られている橘だったが、例に漏れずその日も綺麗に意識を失った。
 どうせ藤堂がどうにかしてくれると思っている為でもある。だが、目覚めた時、橘は唖然として隣を見た。
 そこにいたのは藤堂ではなかったからだ。

「え?」

 飛び起きる。と、上掛けが捲れ、二人の体が露になる。二人とも……全裸だ。

「え……そんな、まさか」

 相手の顔は知っていた。否、知らいでか。営業部のエリート社員、今井友治である。

「……うっそ、え……ええええ……?」

 しまった、という顔をして橘は額を押さえる。相手が相手なだけに、一夜の過ちは確定的に思われた。
 とりあえず服を着なければ、と周囲を見回す。部屋はどこぞのホテルの一室ではなく、橘の部屋であった。藤堂の姿は無い。
 橘の衣服は寝台の横に無造作に放り出されていたが、今井の衣はきちんと畳まれて台の上に置いてあった。

 ……お、襲われたのだろうか?

 そんな想像に、ついと己の体を見下ろす。体に違和感は無い。ということは、少なくとも突っ込まれたわけでは無さそうだ。では、突っ込んでしまったのだろうか……。
 もやもやとしたものを抱えつつ、そろりそろりと寝台から降りようとしたら、不意に腰を捕まえられた。

「っ……!?」
「つれないですね、社長。俺を置いて行ってしまうつもりなんですか?」
「い、今井くん……」

 楽しげな表情で見上げられ、橘はらしくもなく狼狽する。その表情が面白かったのか、更に笑い零して、今井は身を起こした。小さく欠伸してから、伸びをする。

「で、御目覚めのキスはしてもらえないんですかね?」
「なっ……し、しないよ!しないしない!っていうか、なんでここに君が……」
「おや、本当に覚えていないんですか?」

 悪戯な目が細められた。

「昨夜のあなたには本当に手を焼かされたんですよ。あんな事を俺にしておいて、忘れたなんて……悪い男ですね、社長」
「だから、俺が何をしたって……」
「教えて欲しいですか?」

 ずい、と身を寄せた今井が橘の頬に手を当てる。そして、ゆっくりと顔を近付けて、至近距離で橘を見詰め。

「……同じ事を、あなたにもして差し上げましょうか……」
「い、今井くん……じょ、冗談はそのあたりで……」

 仰け反った橘がそのまま後ろに倒れそうになり、今井は彼の肩を抑えて覆い被さろうとする。唇が触れるか否かという、その時――

「今井くん、終わったぞ」

 がちゃり。
 扉が開いて、藤堂が姿を現した。

「……り、りっくん?」
「おや残念。お遊びはここまでか」

 何事も無かったかのように身を起こす今井。
 一方で、橘は今度こそ混乱状態に陥ってしまった。

「な、な、な、なんで、君が……」
「なんで?……ここはあんたの部屋だからだろう」

 訝しげに眉根を寄せて、藤堂は部屋の中に入ると、今井に何かを差し出す。今井はそれを受け取り、漸く橘から離れた。

「……一体、どういう事なの、これは……」

 一人取り残されたようになった橘は、衣を身に纏い始める今井を見ながら、呆然と呟く。と、今井と藤堂は同時に顔を見合わせた。

「……覚えていないのか、こいつは」
「そうらしいですよ。そろそろ教えてあげたらどうですか?」

 やれやれと溜息一つ、藤堂はゆっくりと橘に近付き問答無用でその頭を下げさせた。

「っいた、な、なにするのりっくんっ」
「とにかく謝れ。良いから今井くんに謝れ」
「っ!?という事は、やはり俺は酔った勢いで今井くんを無理矢理陵辱……っ」

 その言葉に、今井が吹き出した。

「あははははっ、そうだったらどんなにか、面白かったでしょうに。いや、今度機会があったら是非御願いしたいものです」
「おい橘、ボケだボケだと思ってたが、本当にボケたか。正気で言ってるのか?」

 信じられないものを見るような目で橘を見て、藤堂が言う。そして、彼が先ほど持ってきたもの――今井のズボンと下着だった――を指差した。

「良いか、お前はな……吐いたんだ」
「……は?」

 一瞬、何を言われたのか解らず、橘はぽかんと口を開けた。

「吐いたんだ。せっかくここまでお前を運ぶのを手伝ってくれた今井くんの膝の上に、盛大に。しかも、帰ろうという彼に”まだまだ”だの”もうちょっと”だの、挙句に”もっと”だの”いけず”だの訳の分からない事を口走って抱き付いたまま離さず、布団に引っ張り込んでそのまま寝たんだ。解るか?……とにかく謝れ」
「それは」

 徐々に徐々に、事態が理解出来るにつれて、橘は下から血が上ってくるような気がした。今までの勘違いから何から、すべてが恥ずかしく、顔から火を吹きそうになる。

「……と、とんだ失礼を……」
「いやいや、楽しかったのでかまいませんよ。滅多に出来ない経験をさせてもらったし」

 きちんと身形を整えた今井は、いつも通りの彼だった。

「藤堂さんも、あまり怒らないでやってください。酔っ払いのした事ですし、俺は気にしてません」
「今井くん、本当に御迷惑を御掛けした」
「そんなに詫びたいなら、今度また、一緒に酒でも飲みましょう。もちろん、社長のおごりで。それじゃ、俺はそろそろ失礼します」

 可笑しげに笑ってそう言うと、今井は身を翻し、部屋を出て行く。それを申し訳なさげに見送ってから、藤堂は橘を振り返った。

「あんたのおかげでえらい恥をかいた」
「……はい。まっこと申し訳ありませんでしたー……」

 こればかりはもうどうにもこうにも弁解の仕様が無く、橘は穴があったら入りたい心境で上掛けの中に潜り込む。
 そんな彼を布団の上からぺしりと叩き、藤堂は溜息混じりに告げた。

「まったく、迷惑を掛けるなら俺だけにしておけ。いいな?」

 とはいえ、こんな事で懲りる橘ではない。そして、なんだかんだと言いながらも見捨てられる藤堂でもないわけで。
 今後も同じような事が繰り返される事になるのだが。
 それはまた、別のお話。
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