上 下
116 / 161
第4章 いばら姫編

116話 二人の会話

しおりを挟む
「私と彼は赤子の姿でこの世界に生を受けました。私はこの世界の物語の主役として、彼は何も書かれていない「白紙の頁」の所有者として……そして物心がつくころには私は王女として、彼は城に使える従者として生きるようになっていった」

 全ての生き物は世界に与えられた役割にふさわしい容姿で生まれてくる。いばら姫の物語は主役であるいばら姫が呪いをかけられる赤ん坊のタイミングから始まる。彼女が赤子の姿で生まれてくるのは当然である一方で役割を持たない「白紙の頁」を持ったシツジが赤子で生まれてくるのは偶然だった。

「年齢が近い事もあって私はシツジとばかり話すようになっていった……最終的に私は100年の眠りから覚めて王子様と結ばれる、それでもそんなずいぶんと未来の相手よりも私は目の前の彼に惹かれていった」

 空から灰色の雪が降る事はなく、彼女も燃えていない。いばら姫が王子様意外に恋をする行為は物語に反していると世界は判断しなかったのだとグリムは推察する。

「どういうところに惹かれていったんだ?」

「私は今でも覚えている……7歳の頃、兵士たちの見張りのもと初めて城の外へと出た、その時私と彼は本で読んだ四葉のクローバーを探していたわ」

「四葉のクローバー……」

「その日結局見つけることは出来なかったわ」

 シツジが話していた内容と彼女の話は一致した。

「本当はお母さまが読み聞かせてくれたお話に出てきた四つ葉のクローバーの本物を見て見たかったのだけれど……父は外出を許してくれなかった。結局現物を見る事は叶いそうにないわね」

 いばら姫はため息を吐いた。目の前のお姫様は今でもその願いを抱いているようだった。
 シツジは今も彼女の為に探しているという事実を伝えかけたが、グリムの口から言うべきではないと思い、続けて彼女の話を聞くことに専念する。

 それから彼女はこの世界について、王様について、王妃について、12番目の魔法使いについて、そしてシツジについて語り始めた。



    ◇◇◇



「あなたは確か……ローズさん?」

「ローズでいいですよ」

細柄な騎士はにこりと笑う。王様から借りている部屋のベッドの上で横になっているとノックと共に一人の男が入ってきた。それが目の前の男だった。

 ローズと名乗った男はそういうと自身の体内から1枚の「頁」を取り出す。

「あなたと同じ「白紙の頁」の所有者です」

「私と同じ……」

「白紙の頁」とは世界から何も役割を与えられなかった人間である。

「どうかされましたか……?」

「あなたはマロリーさんと旅をされているのですよね?」

 そうですよ、とローズは肯定する。

「彼女やグリムは……いえ、なんでもないわ」

 言いかけた言葉をサンドリオンは止める。サンドリオン自身、この世界に共に訪れたグリムについていまだに詳しくは知らないはず……だった。

だった、というのもマロリーの持っていた1冊の本を読んで以降、「白紙の頁」を持って生まれた時とは別の記憶がサンドリオンに付与されたような、思い出したような感覚になったのである。

グリムやマロリーは自身の能力を使うことによっていくつもの世界で人々を救い、救おうとしていた。一方でサンドリオンはアーサー王伝説の世界で何一つ成し遂げることが出来なかった。

「もしかしてあなたは自身に何か負い目でも感じているのですか?」

「!」

「図星ですね」

 ローズはふぅと息を吐く。

「もしよければこれまでのあなたのおい立ちについて教えていただけませんか?」

「時間はたくさんありますよ」と言葉を添えながらローズは近くにあった椅子に腰を掛けて座る。サンドリオンは起き上がりベッドに座するような姿勢になって彼にこれまで経験してきた自身の人生について話し始めた。

    ◇

「なるほど……あなたはアーサー王伝説の世界でそんなことが」

「……結局私は何もできなかった」

 サンドリオンはアーサー王伝説の世界で起きた出来事を振り返って手に力が込められる。

「いいえ、あなたはアーサー王が死んだ中で懸命にその代わりを担おうとした。それは立派なことです、普通の人間であれば逃げ出すでしょう」

 励ますような彼の言葉を聞いてサンドリオンは少しだけ胸が軽くなった。

「グリムが来てくれなかったらどうなっていたか……」

 サンドリオンは彼の顔を思い浮かべる。グリムがいなければどうなっていたか彼女は正直想像がつかなかった。

「……果たしてそうでしょうか?」

「え?」

 今までやさしい表情でサンドリオンの言葉に相槌を打つようにして聞いていたローズが疑問符を返してきたためサンドリオンも同じように聞き返してしまう。

「彼がいなくてもきっとあなた一人でも物語は完結させていたと思いますよ」

「そんなことは……」

「ないとは言い切れません」

 ない、と言いおるよりも先にローズが言葉を重ねてくる。

「正直に申し上げますと私は彼のことを危険な存在として見ています」

「どうして?」

 それは自然と彼女の口から出てきた疑問だった。

「あなたはマロリーが持っていた本は読みました?」

 彼の言葉にサンドリオンは頷いて肯定する。

「彼はシンデレラの世界で魔女から「頁」を奪いました……その結果、魔女は物語を完結する前に彼によって殺されてしまった」

「それは……意地悪なシンデレラの姉のために……」

 違うとは言い切れなかった。それでもその行為は決して理由のないものではなかった。

「例え理由があったとしても命とも同価値の「頁」を奪うことが許されるはずがありません」

 ローズは断言する。静かな口調ではあったが、熱の籠っているように感じられた。

「赤ずきんの世界では狩人から「頁」を奪いました……しかもこの時は物語の重要な場面、狩人が消えたことでいつ世界が滅んでもおかしくはなかった」

 赤ずきんの本を読んだサンドリオンはグリムが赤ずきんの世界で何をしたのか分かっている。シンデレラの世界とは異なり、彼の言う通りグリムは物語の中で役割を終えていない狩人から「頁」を取り出し、自ら演じて見せていた。

「そしてアーサー王伝説の世界ではアーサー王を演じていたあなたを世界から切り離した……そうですよね?」

「それは……」

 違うとは言い切れなかった。

「そもそもの話ですが……果たしてそのアーサー王伝説の世界は完結したのでしょうか?」

「……え?」

 彼の言葉を聞いた途端サンドリオンは自身の体温が下がるのを感じた。

「彼やあなたを含めて誰もその世界の完結を見届けてはいません……本当に無事に物語は終幕へと導かれたのか定かではありません」

「そ……それは」

 サンドリオンは言葉に詰まってしまう。

「あなたは最初に言いましたよね、私は何のために生まれてきたのかと」

「…………」

「私は役割を与えられた人間と同じようにすべての「白紙の頁」の所有者にも生まれてきた意味はあると思っています」

 ローズはそういうと立ち上がり、こぶしをかざして語り始める。

「マロリーはそんな人々に役割を与える能力を持った選ばれた存在です」

 サンドリオンは彼の言う選ばれた人間という表現が少しだけ気になった。

「この世界で生まれ育ったシツジという少年は消えた魔法使いの役割を担うために、そしてあなたはきっとアーサー王の代わりを務める為に……そういう風に誰かの代わりを担える存在として我々は生きている、いつか来るべき時に役割を果たすために我々は生きているとそう思っています」

 彼の演説めいたしぐさのせいか、それとも何か別に引き寄せるようなものがあるのかサンドリオンは彼から目が離せなかった。

「もしかしたら彼はこの世界でも何かを企んでいるかもしれない……それこそ魔女や狩人の命を奪ったように、」

「そんなことは……」

「ないとは言い切れないですよね」

「あなたは以前、彼は死神ではないと否定されましたよね?」

「本当にそうでしょうか、彼の意思と行為は世界を滅ぶすためではないとしても……ただ何かをなそうとするその結果世界が滅んでいると私はそう考えております」

「…………それ、は……うっ」

 突然ずきんと頭が痛むと同時に記憶が流れ込んでくる。

 頭の中に出てきた記憶はサンドリオンとしてのものではなく、シンデレラの本に出てきたリオンという女性の記憶だった。酒場で彼の口から語られた生まれた故郷では確かに彼によって世界は滅んでいた。

 わからない……それが今の彼女の答えだった。グリムと出会ったのはアーサー王伝説の世界のはずである。しかしこの世界でマロリーが持っていたシンデレラの本を読んで以降、自身の中に白紙の頁の人間として生まれたとき以外の記憶が存在しているような気がした。

 グリムはローズの言うような死神ではないと言い切ったのは本来であれば存在しえない記憶によるものだった。それはシンデレラの世界で意地悪なシンデレラの姉が経験した記憶である。

(わからない……わからないの)

 シンデレラの記憶に触れようと深く考えれば考えるほど頭が痛みを帯びてしまう。

 グリムは悪い人間ではない……そう思えるのは出会って日の浅いサンドリオンとしての記憶ではなく、意地悪なシンデレラの姉としての記憶による思い込みではないのか。

「白紙の頁」を持っているサンドリオンから見れば彼の行いは許されないものではないか……そう考えてしまう程にローズの言葉を聞いてサンドリオンの心は揺らいでいた。

「……時間はあります、また良ければ話を聞きに来ますよ」

 ローズは言い終えると部屋を出ていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

処理中です...