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第3章 アーサー王伝説編

97話 揺らぐ謀反

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「ガウェインがランスロットに敗れた」

 マーリンの言葉を聞いて何とも言えないような空気が王の間に流れる。これによって物語は無事に進行する。それは果たして喜ばしい事なのかそれとも悲しい事なのかこの場にいる全員の考えは誰もが違う気がした。

「それとランスロットから蝶々を介して伝言を預かった『明日中に王を俺のもとに連れて来い。さもなくば王妃を殺す』」

「……どういうことだよ」

 意味が分からなかった。そもそもなぜランスロットが急に王妃を連れ出したのかさえ定かではないのに、今度はアーサー王が来なければグィネヴィアを殺すと言い出した。

 この世界に、彼に一体何が起きているのか。

「意図は不明だけど、ランスロットなら本当にやりかねない」

 ただでさえ考える時間がないというのにと、マーリンは言い終えながら愚痴をこぼす。

「アーサー王とランスロットはこの後和解をするんだよな?」

「物語通りに進むならそのはずだよ」

「物語通り……」

 サンドリオンがマーリンの言葉を復唱する。既に筋書きから外れた出来事がいくつも生じている。本当に物語通り進むのか不安なのだとその様子から見て取れた。

「本物のボクは同行することは出来ない、グリムには彼女のサポートをお願いするよ」

「分かってる」

 言葉では彼に同意するが、それが自身の本意ではなかった。
 このまま物語が進めば彼女は消えてしまう。それだけは受け入れがたかった。

「……少し風にあたってくる」

「分かった。一時的に魔法陣を出すから気を付けてね」

 マーリンは言い終えると玉座の目の前に魔法陣が出現する。足を踏み入れると即座に別の場所へと移動した。

「ここは……中庭か」

 辺りを見回すと城の中ではなかった。いつもの場所に移動先を設置すると他の人間に使用されかねないというマーリンなりの配慮かもしれない。

「次!」

 威勢のいい声が聞こえてくる。声のする方を見るとモードレッドが息を荒らげながら兵士と稽古をしていた。

 中庭には死体のように大量の騎士達が転がっている。状況から察するにこの場に倒れている兵士は全て彼一人で倒していたのだろう。

 空は既に暗くなっている。灰色の雪は止む気配を見せなかった。

「こんな時間まで訓練か」

「あなたは……グリムでしたか」

 グリムの声に気が付いたモードレッドは対峙していた兵士を簡単に蹴散らすと剣を鞘に納めてグリムのもとへと向かってくる。

「悪い、邪魔をしたか」

「いいえ、大丈夫です」

 汗をぬぐいながらモードレッドは答える。あれだけの数の兵士を相手にしていて息はきらしておらず、まだまだ余裕そうに感じた。

 こんな化物みたいな騎士を彼女は相手にしなければならないのかと対策を考えるだけ無駄な気がしてしまう。

「その……初めて会ったとき無礼な態度を取ってしまい、申し訳ございませんでした」

 モードレッドはそう言って頭を下げる。グリムは慌てて彼に顔を上げるように話す。

「お父様が……アーサー王が言う言葉は絶対です。それを一瞬でも疑った僕は愚か者です」

「アーサー王の言葉は絶対か……」

 この世界で出会った騎士達やサンドリオンは皆口を揃って同じことを言っている。

 はじめはアーサー王という人間の強烈なまでのカリスマ性ゆえんであり、敬意を抱いたりもしたが、今となってはそのあまりにも強大すぎる思想のようなものに少しばかりの恐怖を感じていた。

「あなたも既に聞いたかもしれませんが……ランスロットが王妃を連れて城から抜け出しました……そして討伐に向かったガウェインは彼に敗れた」

「そうだな」

「アーサー王がキャメロットを出たら、いよいよ僕はお父様に反旗を翻さなければいけません」

 モードレッドの顔を見るとどうにも不安そうな表情をしていた。何度も王の事をお父様と言ってはすぐにアーサー王と言い直していた彼だったが、緊張しているのか直前の会話では言い直しをしていなかった。

「怖いのか?」

「怖くないと言えば……嘘になります」

 モードレッドは正直にそう告げた。

 マーリンの言葉通り、彼には自信がないようだが、今この場で見た限りでも、そして魔術師の言葉通りなら既にモードレッドの実力は物語を進めるうえで申し分ないはずである。

「今のあんたなら……」

 問題なくアーサー王に勝てるよ、と言っていいのだろうか、言いかけて言いよどむ。

 彼が自信をつければよりサンドリオンの勝率は低くなる。それでは物語は完結することは出来ない。そしてなによりも彼女が死ぬ可能性が出てきてしまう。

「なんですか?」

「すまない、騎士たちの戦いに素人の口を挟むべきじゃないな」

 適当な言葉でグリムはごまかす。モードレッドは首をかしげたが追及することなく視線を空に移した。

「昨日から灰色の雪が降り始めましたね……これはやはり僕のせいなのでしょうか?」

「なぜそう思う?」

「僕がいまだにお父様に勝てる可能性がないから……それを世界が察してこの世界は崩壊すると判断したのではないかと思うのです」

「……それは違う」

 不安に押しつぶされそうなモードレッドの顔を見てしまったせいか、咄嗟に言葉が出てしまう。今度は彼もグリムの方を見て「なぜ言いきれるのですか?」と聞いてきた。

 原因は明らかに本物のアーサー王が死んだからである。ただそれを正直に告げるわけにもいかないグリムは他の理由を考える。

「努力をするあんたを見て世界がそんな判断をするとは思えない。そう思っただけだ」

 その言葉を聞いてモードレッドは少しだけ表情をやわらげた。

「ありがとうございます、グリムさんは……優しいですね」

 モードレッドのあどけない顔を見ると他の円卓の騎士と比べてもまだ彼が幼い事をグリムは思い出す。

「あなたに言うのもおかしいですが、お父様の約束に従って僕は全力でアーサー王を討とうと思います」

 先ほどまでの表情が嘘のような決意に満ちた顔でモードレッドはそう言った。グリムの言葉がはっぱをかけたようだった。

 グリムはがんばれと素直な応援の言葉を述べるとその場を離れた。モードレッドもまさか明日いきなりアーサー王が城を出て必然的に反逆をしないといけなくなるとは考えもしないだろう。グリムは魔法陣に乗って彼を見届けた。
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