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第3章 アーサー王伝説編
96話 湖と太陽
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「……我はまだ王妃の浮気を咎めていないが、どういうことだ?」
「それが……今朝方、突然ランスロットは円卓の騎士達を急襲し、王妃を連れてキャメロットから出ていきました」
「……な」
ただでさえ灰色の雪が降り始めて人々が混乱していたというのに、ここにきて二人の駆け落ちと言う急展開に状況が追い付けなかった。
「私の弟も……唐突に彼に殺されました」
ガウェインはそう言いながら体を震わせた。彼からは怒りの感情がひしひしと伝わってくる。
「……王よ、どうか彼の討伐を私に一任させていただけないでしょうか?」
「……許可する」
騎士の希望を聞いてサンドリオンは受け入れた。
元々世界が完全に崩壊することを防ぐためにランスロットとグィネヴィア王妃には早くに駆け落ちしてもらう必要があった。その時間が短縮されたと考えれば予期せぬ事態ではあるが見方を変えれば理想的でもあった。
「ありがとうございます」
王の言葉を聞いてガウェインは深々と頭をさげた。
「例え我が弟や同胞が彼に殺されるのが定めだとしても……王との約束を破ってまで不意打ちのような行為をした彼を……私は決して許しはしない」
ガウェインはそれだけ言い残すと入ってきた扉を出て、そのまま塔の上にあるこの場所から勢いよく飛び降りた。
「……は?」
慌ててグリムは彼の後を追いかけて塔の外を見ると下の方からすさまじい音が聞こえてきた。
「どうやら彼、ここまで塔の外壁をよじ登ってきたみたいだね。今の音は彼が地面に着地した音だろう……なに、彼なら大丈夫だよ」
蝶々の姿になったマーリンがグリムの肩に止まり、状況を説明する。
「そんなめちゃくちゃな……」
この高さまで登ってくることも、ここから飛び降りることも何一つ常識の範疇を逸している。
「ガウェインは太陽が出ている間なら、常人をはるかに超えた力を持つからね」
それこそアーサー王やランスロットをしのぐほどさと、マーリンは補足をしてくれる。
与えられた役割によってその人間の能力や強さは変化する。マーリンのような人間は魔法が使えるようになり、魔女の「頁」を当てはめたグリムも魔法が使えるようになるのがそれを証明していた。しかし、そうだとしてもガウェインの行動はあまりにも規格外だった。
「玉座の間に戻ろう」
マーリンの指示に従って玉座の間に戻る。他に人がいないかを確認し終えた彼女は再び兜を取り外し、マーリンは人間の姿に戻った。
「良くも悪くも結果的にこの世界の物語は終幕へ向けて動き始めてしまった。もう考える余裕もほとんど残されていないかもしれない」
「……そうね」
サンドリオンが元気のない声で返答する。
「グリム、君はどこまでこの世界のあらすじを知っている?」
マーリンの問いにグリムは口を開く。
「大まかな流れなら……この後アーサー王がランスロットを追いかけて、その時にキャメロットでモードレットが謀反を起こしてアーサー王と決戦して辛勝したアーサー王が小舟で運ばれるんだったか」
「その通りだよ。詳細を語るとするなら、この後ガウェインはランスロットに決闘を申し込んで大けがを負って敗れるんだ」
「つまり、物語通りならガウェインは今からランスロットに負けに行くのか……まさか」
つい先ほどマーリンから聞いた戦いの約束をグリムは思い出す。
「そう、理由は分からないが王の約束を破ったランスロットに対してガウェインは間違いなく全力で、それこそ殺すつもりで決闘を申し込むだろう」
「もしもランスロットが負けたら……アーサー王の生死に関わらず、この世界は進行不可になって崩壊する」
「うん、そうだね」
サンドリオンは物語に沿ってガウェインが申し出るのを止めるわけにはいかなかった。彼女が気落ちしているのはそのもしもの可能性を考えていたからかもしれなかった。
「なに、この世界のランスロットなら大丈夫さ。あいつはひょうきんな奴に見えて意外とやるときはちゃんとやる男だからね」
「……そんな男がなぜ急に王の約束を破ってまで物語を進め始めたんだ?」
「それは……ごめん、ボクにもわからない」
マーリンは申し訳なさそうに顔をしかめた。
「と、とにかく今は今後について考えよう。アーサー王を演じている君が強くならないとモードレットには勝てないのは変わらないからね」
「……そうね」
サンドリオンは悔しそうに手を剣の鞘に当てた。このままえは実力が足りずに彼女はアーサー王の役割を果たせない。その事実に思い詰めているような表情を浮かべていた。
「…………」
「……どうしたんだいグリム?」
「いや、何でもない」
彼女の表情を見てグリムは言葉を失ってしまう。その顔はシンデレラの世界でリオンが見せた本物のガラスの靴を当てはめようとしていた顔だった。
(本当に……このまま物語が進んでいいのか?)
このまま彼女をアーサー王として世界の終幕と共にするのをグリムはいまだに受け入れられずにいたのだった。
◇◇◇
「見つけた!」
キャメロットから飛び出して2時間ほど過ぎた頃、ガウェインはようやく視界にランスロットの姿を捉えた。
馬から降りると剣を抜いて彼目掛けて走る速度を上げる。今の彼の速度では馬に乗るよりもはるかに早く走ることが出来た。
「ランスロットぉおおお!」
咆哮を上げながらガウェインはランスロットに迫る。雄たけびによって追われていることに気が付いたランスロットは馬から降りて剣を抜いた。
剣と剣がぶつかりあい、すさまじい衝撃と交わる剣の音がその場に響く。
「……ずいぶんとお早い到着で」
「貴様……なんだその言い方は!」
ガウェインが込める力をあげて剣を振る。ランスロットはガウェインの薙ぎ払った剣の風圧によって数メートルほどふきとばされる。
休む隙を与えないと言わんばかりにガウェインは再び距離を詰めて剣を縦に振り下ろす。
姿勢を即座に建て直したランスロットはギリギリのところでそれを横に交わした。
「あいにく、俺は生まれついたときからこういう口調なんでね」
「黙れ、そういう意味で言ったのではない!」
力の差が明らかであると察したランスロットはガウェインの剣戟を受けずにひたすらかわし続ける。
「なぜだ……なぜ貴様はアーサー王の約束を破ったのだ!」
言葉を発しながらガウェインが剣をふるう。ガウェインにとっては弟が殺されたことは当然としてアーサー王の定めたただ一つの約束を彼が破ったことが何よりも許せなかった。
「俺はただ物語に沿って王妃と駆け落ちしただけだよ」
「なぜアーサー王を無視してまでそのような行為をした!」
紙一重で攻撃をかわしながらいつもの口調で告げるランスロットにより一層ガウェインは怒りをあらわにする。
「世界に灰色の雪まで降り始めた!これも貴様が勝手な行動をし始めたせいではないのか!」
「……本当に俺のせいだと思うかい?」
「貴様以外に誰のせいだと言える!」
ガウェインの剣がランスロットの頬をかすめる。しかしランスロットは表情一つ変えずに下がるどころか距離をガウェインの目の前にまで詰め寄った。
「…………お前は本当にいい奴だよ」
「……ぐ」
初めてガウェインはランスロットから一撃を受ける。叩きつけるように振るわれたランスロットの剣はガウェインの鎧にあたり、たまらず体制を崩す。
「……ランス…ロットぉおお!」
剣に力を込めてランスロット目掛けて剣を振り下ろす。それに対してランスロットは視線を一瞬目の前の騎士から外したかと思えば避けることはせず、真正面から刃を振り上げて受けて立った。
太陽の加護を持った騎士の振り下ろされた一撃と戦いの中視線を逸らした騎士の振り上げた一撃、それは誰が見ても勝敗がわかりきるようなもののはずだった。
「な……ぜ」
しかし、撃ち合いに負けて剣が吹き飛んだのはガウェインの方だった。
「……空を見るんだな」
ランスロットがそう言うと同時に今度は振りかざした剣をガウェイン目掛けて振り下ろす。強烈な一撃を浴びたガウェインはその場に勢いよく倒れこんだ。
体を動かせなくなったガウェインはランスロットの言ったように視線を空に向ける。そしてなぜ先ほど自分の一撃が撃ち負けたのか理解する。
「あぁ…………」
空には先ほどまで照らしていたはずの太陽はどこにもなく、灰色の雲に覆われていた。
ランスロットは集中を切らして視線を外していたわけではない。空から太陽の姿が消えたことを確認してガウェインの一撃をあえて受けたのだと薄れゆく意識の中、太陽の騎士は理解した。
「…………もうあまり時間はないのかもな」
剣を鞘に納めながらランスロットは空を見上げて一言そうつぶやいたのだった。
「それが……今朝方、突然ランスロットは円卓の騎士達を急襲し、王妃を連れてキャメロットから出ていきました」
「……な」
ただでさえ灰色の雪が降り始めて人々が混乱していたというのに、ここにきて二人の駆け落ちと言う急展開に状況が追い付けなかった。
「私の弟も……唐突に彼に殺されました」
ガウェインはそう言いながら体を震わせた。彼からは怒りの感情がひしひしと伝わってくる。
「……王よ、どうか彼の討伐を私に一任させていただけないでしょうか?」
「……許可する」
騎士の希望を聞いてサンドリオンは受け入れた。
元々世界が完全に崩壊することを防ぐためにランスロットとグィネヴィア王妃には早くに駆け落ちしてもらう必要があった。その時間が短縮されたと考えれば予期せぬ事態ではあるが見方を変えれば理想的でもあった。
「ありがとうございます」
王の言葉を聞いてガウェインは深々と頭をさげた。
「例え我が弟や同胞が彼に殺されるのが定めだとしても……王との約束を破ってまで不意打ちのような行為をした彼を……私は決して許しはしない」
ガウェインはそれだけ言い残すと入ってきた扉を出て、そのまま塔の上にあるこの場所から勢いよく飛び降りた。
「……は?」
慌ててグリムは彼の後を追いかけて塔の外を見ると下の方からすさまじい音が聞こえてきた。
「どうやら彼、ここまで塔の外壁をよじ登ってきたみたいだね。今の音は彼が地面に着地した音だろう……なに、彼なら大丈夫だよ」
蝶々の姿になったマーリンがグリムの肩に止まり、状況を説明する。
「そんなめちゃくちゃな……」
この高さまで登ってくることも、ここから飛び降りることも何一つ常識の範疇を逸している。
「ガウェインは太陽が出ている間なら、常人をはるかに超えた力を持つからね」
それこそアーサー王やランスロットをしのぐほどさと、マーリンは補足をしてくれる。
与えられた役割によってその人間の能力や強さは変化する。マーリンのような人間は魔法が使えるようになり、魔女の「頁」を当てはめたグリムも魔法が使えるようになるのがそれを証明していた。しかし、そうだとしてもガウェインの行動はあまりにも規格外だった。
「玉座の間に戻ろう」
マーリンの指示に従って玉座の間に戻る。他に人がいないかを確認し終えた彼女は再び兜を取り外し、マーリンは人間の姿に戻った。
「良くも悪くも結果的にこの世界の物語は終幕へ向けて動き始めてしまった。もう考える余裕もほとんど残されていないかもしれない」
「……そうね」
サンドリオンが元気のない声で返答する。
「グリム、君はどこまでこの世界のあらすじを知っている?」
マーリンの問いにグリムは口を開く。
「大まかな流れなら……この後アーサー王がランスロットを追いかけて、その時にキャメロットでモードレットが謀反を起こしてアーサー王と決戦して辛勝したアーサー王が小舟で運ばれるんだったか」
「その通りだよ。詳細を語るとするなら、この後ガウェインはランスロットに決闘を申し込んで大けがを負って敗れるんだ」
「つまり、物語通りならガウェインは今からランスロットに負けに行くのか……まさか」
つい先ほどマーリンから聞いた戦いの約束をグリムは思い出す。
「そう、理由は分からないが王の約束を破ったランスロットに対してガウェインは間違いなく全力で、それこそ殺すつもりで決闘を申し込むだろう」
「もしもランスロットが負けたら……アーサー王の生死に関わらず、この世界は進行不可になって崩壊する」
「うん、そうだね」
サンドリオンは物語に沿ってガウェインが申し出るのを止めるわけにはいかなかった。彼女が気落ちしているのはそのもしもの可能性を考えていたからかもしれなかった。
「なに、この世界のランスロットなら大丈夫さ。あいつはひょうきんな奴に見えて意外とやるときはちゃんとやる男だからね」
「……そんな男がなぜ急に王の約束を破ってまで物語を進め始めたんだ?」
「それは……ごめん、ボクにもわからない」
マーリンは申し訳なさそうに顔をしかめた。
「と、とにかく今は今後について考えよう。アーサー王を演じている君が強くならないとモードレットには勝てないのは変わらないからね」
「……そうね」
サンドリオンは悔しそうに手を剣の鞘に当てた。このままえは実力が足りずに彼女はアーサー王の役割を果たせない。その事実に思い詰めているような表情を浮かべていた。
「…………」
「……どうしたんだいグリム?」
「いや、何でもない」
彼女の表情を見てグリムは言葉を失ってしまう。その顔はシンデレラの世界でリオンが見せた本物のガラスの靴を当てはめようとしていた顔だった。
(本当に……このまま物語が進んでいいのか?)
このまま彼女をアーサー王として世界の終幕と共にするのをグリムはいまだに受け入れられずにいたのだった。
◇◇◇
「見つけた!」
キャメロットから飛び出して2時間ほど過ぎた頃、ガウェインはようやく視界にランスロットの姿を捉えた。
馬から降りると剣を抜いて彼目掛けて走る速度を上げる。今の彼の速度では馬に乗るよりもはるかに早く走ることが出来た。
「ランスロットぉおおお!」
咆哮を上げながらガウェインはランスロットに迫る。雄たけびによって追われていることに気が付いたランスロットは馬から降りて剣を抜いた。
剣と剣がぶつかりあい、すさまじい衝撃と交わる剣の音がその場に響く。
「……ずいぶんとお早い到着で」
「貴様……なんだその言い方は!」
ガウェインが込める力をあげて剣を振る。ランスロットはガウェインの薙ぎ払った剣の風圧によって数メートルほどふきとばされる。
休む隙を与えないと言わんばかりにガウェインは再び距離を詰めて剣を縦に振り下ろす。
姿勢を即座に建て直したランスロットはギリギリのところでそれを横に交わした。
「あいにく、俺は生まれついたときからこういう口調なんでね」
「黙れ、そういう意味で言ったのではない!」
力の差が明らかであると察したランスロットはガウェインの剣戟を受けずにひたすらかわし続ける。
「なぜだ……なぜ貴様はアーサー王の約束を破ったのだ!」
言葉を発しながらガウェインが剣をふるう。ガウェインにとっては弟が殺されたことは当然としてアーサー王の定めたただ一つの約束を彼が破ったことが何よりも許せなかった。
「俺はただ物語に沿って王妃と駆け落ちしただけだよ」
「なぜアーサー王を無視してまでそのような行為をした!」
紙一重で攻撃をかわしながらいつもの口調で告げるランスロットにより一層ガウェインは怒りをあらわにする。
「世界に灰色の雪まで降り始めた!これも貴様が勝手な行動をし始めたせいではないのか!」
「……本当に俺のせいだと思うかい?」
「貴様以外に誰のせいだと言える!」
ガウェインの剣がランスロットの頬をかすめる。しかしランスロットは表情一つ変えずに下がるどころか距離をガウェインの目の前にまで詰め寄った。
「…………お前は本当にいい奴だよ」
「……ぐ」
初めてガウェインはランスロットから一撃を受ける。叩きつけるように振るわれたランスロットの剣はガウェインの鎧にあたり、たまらず体制を崩す。
「……ランス…ロットぉおお!」
剣に力を込めてランスロット目掛けて剣を振り下ろす。それに対してランスロットは視線を一瞬目の前の騎士から外したかと思えば避けることはせず、真正面から刃を振り上げて受けて立った。
太陽の加護を持った騎士の振り下ろされた一撃と戦いの中視線を逸らした騎士の振り上げた一撃、それは誰が見ても勝敗がわかりきるようなもののはずだった。
「な……ぜ」
しかし、撃ち合いに負けて剣が吹き飛んだのはガウェインの方だった。
「……空を見るんだな」
ランスロットがそう言うと同時に今度は振りかざした剣をガウェイン目掛けて振り下ろす。強烈な一撃を浴びたガウェインはその場に勢いよく倒れこんだ。
体を動かせなくなったガウェインはランスロットの言ったように視線を空に向ける。そしてなぜ先ほど自分の一撃が撃ち負けたのか理解する。
「あぁ…………」
空には先ほどまで照らしていたはずの太陽はどこにもなく、灰色の雲に覆われていた。
ランスロットは集中を切らして視線を外していたわけではない。空から太陽の姿が消えたことを確認してガウェインの一撃をあえて受けたのだと薄れゆく意識の中、太陽の騎士は理解した。
「…………もうあまり時間はないのかもな」
剣を鞘に納めながらランスロットは空を見上げて一言そうつぶやいたのだった。
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