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第2章 赤ずきん編
74話 ウルの気持ち
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「どう……かな?」
赤ずきんが心配そうな表情でウルを見つめる。
「……おいしい」
赤ずきんから受け取ったサンドイッチを食べながらウルはそう言った。
「ほんとに!?」
赤ずきんはその言葉を聞いてとても嬉しそうな反応を示す。
「良かった、満月の日までに間に合って!」
赤ずきんはほっとする。あれから日は過ぎ、明日の夜がついに満月の夜だった。
「もし間に合わなかったらどうしようって、本当昨日は怖くて眠れなかったんだから!」
少女はウルに指をさす。はたから見ると少年が少女に説教されているみたいだった。
村の人間をオオカミの姿に変えて以降、グリムは森の中でウルや赤ずきんの祖母と生活をしていた。
毎日赤ずきんがウルへ練習した手料理を振る舞い続けてついに、ウルの舌を納得させる料理を作ることが出来たようだった。
「これでもう思い残すことはないかなー!」
赤ずきんはそう言って村の方へと帰っていった。
彼女はあの日以降も変わらない態度でウルと接していた。
結局、今日この日まで少女はウルの正体を知らされることはなかった。
村人の誰かが少女に彼の正体を明かすことを恐れていたが、魔法使いとしてのいいつけを守ったのか誰も口を割らなかったようだ。
「……いい子だな」
「…………」
少年は無言で少女の背中を眺めていた。
「ウルは赤ずきんが好きか?」
「な!」
ウルは顔を赤くしてグリムを睨みつける。図星のようだった。
「……初めて見たのは村の中観察している時だった。オオカミとして人間を狙ってた、そんな時、あいつを見つけた」
ウルはゆっくりと自身の中に生まれた感情を言葉にしていた。
「あいつと一緒に遊ぶようになってから、おれは毎日楽しかった」
以前は赤ずきんの祖母の家に通って言葉を覚えていたらしいが、グリムという人間と接する時間が増えたのもあって初めて会った頃に比べると随分と言葉を流暢に話せるようになっていた。
「赤ずきんが悲しむの見ると俺も辛くなった。赤ずきんが喜ぶと俺も嬉しくなった」
ウルの知能は明らかに他のオオカミより秀でていた。それこそ普通に人間と同等の感情を持っていた。細柄な騎士は彼を「オオカミ男」と称していた。実際にグリムが彼に「頁」を見せてもらうとそこには「赤ずきんを食べるオオカミ」としか書かれていなかった。騎士の読みは半分だけ的中して半分は外れていた。
「赤ずきんの事を考えると胸が痛くなる、でも血は出ていないんだ」
少年は胸に手を当ててそう言った。
赤ずきんという物語の中に「オオカミ男」という役割を持った人間は存在しない。その点でいえば本来存在しないはずの「魔法使い」をこの世界で名乗ったのはずいぶんと危うい賭けだったとグリムは自身のその場凌ぎの言動を反省する。
「不思議な気持ちになった。この気持ち、なんて表現すればいいかわからない」
少年は自身で説明することが出来ない感情に戸惑っているのが分かった。
「それは……」
恋かもな、とグリムが言いかけたその時だった。
「それはなぁ……肉食動物の本能だよ」
茂みの奥から聞き覚えのある人間が現れた。相変わらず不衛生な衣装に身を包み、異臭を放つ狩人だった。
「お前は与えられた役割通りにあの子を食べてしまいたいだけだ」
「ちが……」
ウルが否定するよりも先に狩人が少年の眉間にナイフを構えた。
「何も違わない。お前は所詮獣で、彼女は人間の主人公だ」
「楽しみだなぁ……お前を殺して、その後はあの子と俺様は幸せに暮らすんだ」
よだれを垂らしながら狩人は笑った。
「混色頭の魔法使い、お前は確か満月の夜までは赤ずきん達に手を出すなといったよなぁ」
狩人は意味深に笑う。その理由は彼の言葉からすぐに察した。
狩人が赤ずきん達を救い出した後の事まではあの時言っていない。赤ずきんの物語は狩人が赤ずきんと祖母を救出した後、幸せに暮らすまで続く。しまったとグリムは後悔する。
「この世界の赤ずきんの結末は3人で幸せに過ごすとしか決められていない、それならババアなんて放っておいて赤ずきんの母親と赤ずきんと俺様の3人で……」
狩人は下品な想像をしているのか顔が歪に歪んで笑っていた。
「明日は満月の夜だ、楽しみにしている」
狩人はそれだけ言うとナイフをしまってその場から離れていった。
ただ物語が進行しただけなら当然オオカミの役割を与えられた人間と主人公である赤ずきんがここまで交わる事など絶対にありえない。
赤ずきんの母親の料理がおいしいことも、赤ずきんが料理の練習をすることも、オオカミの少年が恋をすることもこの世界が定めた本来の「赤ずきん」のお話の中には一切語られていない内容である。
『「頁」に縛られることなく誰かの願いを叶える存在、それがあなたよ』
脳裏にリオンの言葉が思い浮かぶ。
(誰の為に、何をする? この世界で今の俺にいったい何ができる?)
グリムは悔しそうに地面を眺めるウルを見てから空を見上げた。
赤ずきんが心配そうな表情でウルを見つめる。
「……おいしい」
赤ずきんから受け取ったサンドイッチを食べながらウルはそう言った。
「ほんとに!?」
赤ずきんはその言葉を聞いてとても嬉しそうな反応を示す。
「良かった、満月の日までに間に合って!」
赤ずきんはほっとする。あれから日は過ぎ、明日の夜がついに満月の夜だった。
「もし間に合わなかったらどうしようって、本当昨日は怖くて眠れなかったんだから!」
少女はウルに指をさす。はたから見ると少年が少女に説教されているみたいだった。
村の人間をオオカミの姿に変えて以降、グリムは森の中でウルや赤ずきんの祖母と生活をしていた。
毎日赤ずきんがウルへ練習した手料理を振る舞い続けてついに、ウルの舌を納得させる料理を作ることが出来たようだった。
「これでもう思い残すことはないかなー!」
赤ずきんはそう言って村の方へと帰っていった。
彼女はあの日以降も変わらない態度でウルと接していた。
結局、今日この日まで少女はウルの正体を知らされることはなかった。
村人の誰かが少女に彼の正体を明かすことを恐れていたが、魔法使いとしてのいいつけを守ったのか誰も口を割らなかったようだ。
「……いい子だな」
「…………」
少年は無言で少女の背中を眺めていた。
「ウルは赤ずきんが好きか?」
「な!」
ウルは顔を赤くしてグリムを睨みつける。図星のようだった。
「……初めて見たのは村の中観察している時だった。オオカミとして人間を狙ってた、そんな時、あいつを見つけた」
ウルはゆっくりと自身の中に生まれた感情を言葉にしていた。
「あいつと一緒に遊ぶようになってから、おれは毎日楽しかった」
以前は赤ずきんの祖母の家に通って言葉を覚えていたらしいが、グリムという人間と接する時間が増えたのもあって初めて会った頃に比べると随分と言葉を流暢に話せるようになっていた。
「赤ずきんが悲しむの見ると俺も辛くなった。赤ずきんが喜ぶと俺も嬉しくなった」
ウルの知能は明らかに他のオオカミより秀でていた。それこそ普通に人間と同等の感情を持っていた。細柄な騎士は彼を「オオカミ男」と称していた。実際にグリムが彼に「頁」を見せてもらうとそこには「赤ずきんを食べるオオカミ」としか書かれていなかった。騎士の読みは半分だけ的中して半分は外れていた。
「赤ずきんの事を考えると胸が痛くなる、でも血は出ていないんだ」
少年は胸に手を当ててそう言った。
赤ずきんという物語の中に「オオカミ男」という役割を持った人間は存在しない。その点でいえば本来存在しないはずの「魔法使い」をこの世界で名乗ったのはずいぶんと危うい賭けだったとグリムは自身のその場凌ぎの言動を反省する。
「不思議な気持ちになった。この気持ち、なんて表現すればいいかわからない」
少年は自身で説明することが出来ない感情に戸惑っているのが分かった。
「それは……」
恋かもな、とグリムが言いかけたその時だった。
「それはなぁ……肉食動物の本能だよ」
茂みの奥から聞き覚えのある人間が現れた。相変わらず不衛生な衣装に身を包み、異臭を放つ狩人だった。
「お前は与えられた役割通りにあの子を食べてしまいたいだけだ」
「ちが……」
ウルが否定するよりも先に狩人が少年の眉間にナイフを構えた。
「何も違わない。お前は所詮獣で、彼女は人間の主人公だ」
「楽しみだなぁ……お前を殺して、その後はあの子と俺様は幸せに暮らすんだ」
よだれを垂らしながら狩人は笑った。
「混色頭の魔法使い、お前は確か満月の夜までは赤ずきん達に手を出すなといったよなぁ」
狩人は意味深に笑う。その理由は彼の言葉からすぐに察した。
狩人が赤ずきん達を救い出した後の事まではあの時言っていない。赤ずきんの物語は狩人が赤ずきんと祖母を救出した後、幸せに暮らすまで続く。しまったとグリムは後悔する。
「この世界の赤ずきんの結末は3人で幸せに過ごすとしか決められていない、それならババアなんて放っておいて赤ずきんの母親と赤ずきんと俺様の3人で……」
狩人は下品な想像をしているのか顔が歪に歪んで笑っていた。
「明日は満月の夜だ、楽しみにしている」
狩人はそれだけ言うとナイフをしまってその場から離れていった。
ただ物語が進行しただけなら当然オオカミの役割を与えられた人間と主人公である赤ずきんがここまで交わる事など絶対にありえない。
赤ずきんの母親の料理がおいしいことも、赤ずきんが料理の練習をすることも、オオカミの少年が恋をすることもこの世界が定めた本来の「赤ずきん」のお話の中には一切語られていない内容である。
『「頁」に縛られることなく誰かの願いを叶える存在、それがあなたよ』
脳裏にリオンの言葉が思い浮かぶ。
(誰の為に、何をする? この世界で今の俺にいったい何ができる?)
グリムは悔しそうに地面を眺めるウルを見てから空を見上げた。
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