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第2章 赤ずきん編

58話 グリムと騎士と狩人

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「魔女の姿を解いたのか」

 村への帰り道、初日にマロリーを助けた花畑の近くの道を通りすぎた頃になって初めて鎧の男が話しかけてきた。

「あんたみたいな強い奴に襲われない限りこれで十分だ」

 手に持っていた棍棒を見せながらそう話す。赤ずきんの祖母の家を出てからしばらくしてグリムは自身の体内から魔女の「頁」を取り出して元の姿に戻っていた。

「おれの剣はもう戻らないのか?」

「いや、その剣にかけた魔法は3時間ほどだ、村に着くころには……」

 戻るさ、と言いかけた途中で騎士が持っていた綿が光を放ち始める。輝きが失われると綿の棒はもとの鋼の刃に戻っていた。

「1時間もたっていないが……?」

「……俺も驚いているよ」

 魔女の魔法の発動条件は杖をかざして放った光を当てる事、どんな姿になるかあらかじめ宣言すること、大きい要因はこの二つだけである。

 細かい点で言うと同じものにはなれない、生物を無機物に変えることは出来ないなども存在している。効果継続時間に関しては魔法を放つ際に頭で意識した時間になる……はずだった。

 騎士の剣を綿に変えた時に脳裏で設定した時間は3時間で間違いない。しかし騎士の剣はその時間を大きく縮めていた。

「もしかして、俺が体の中から魔女の「頁」を取り出したからか?」

 考えられる要因としてはそれが最も有力だった。この世界に来て魔女の「頁」の力を借りたのは2回目である。

 1回目の時はほぼ半日以上体内に「頁」を宿していた。それゆえにかけた魔法は時間通りに作用していた。今回は魔法をかけてから間もなくしてグリムは元の姿に戻っている。

 魔法でいくら効果時間を設定したとしても、「頁」を所持した者がいないとなれば魔法も解けてしまうのかもしれない。

「他者の「頁」を使える人間は初めて見た」

「そうなのか?」

 マロリーは元の姿に戻った時に何も言っていなかったこともあり、騎士の言葉に少しだけ驚く。

「俺もマロリーと同じ「頁」を元から持っていない人間なんだけどな」

 グリムの台詞に銀髪の男は「そうなのか」と一言だけ言う。そこで会話は途切れてしまった。

 その淡白な反応からマロリーも自身と同じように他者の「頁」を当てはめることが出来るのか、それとも出来ないのかは分からなかった。

 まるでグリムの能力について知っているような口調で先ほど銀髪の騎士は魔女の姿をと表現したが、どうやら思い違いだったのかもしれない。

 村に戻るまで時間は十分にある為、聞いてもよかったがあまり会話を好みそうにないこの男に対して待ち人の事を聞くのは良くない気がした。

 そこでふとグリムは目の前の鎧の男について初めて出会った人間に対して一番最初に聞くべきことを聞いていない事を思い出す。

「なぁ、あんた名前はなんていうんだ?」

 最初の出会いが戦闘であり、ここまえ互いに自己紹介をする機会がなかった。出会ってからしばらくして聞くのもおかしいかもしれないが、名前は聞いておくべきだと判断した。

「名前はない」

 男は簡単に言い放った。

「名前がないのか?」

「俺には必要ない」

 男はもう一度そう言うとまた無言になってしまう。
 シンデレラの世界で出会ったリオンのように名前を提案する事も出来たが、今の彼に名づけるのは本人の意思をくみ取ったうえで不要だと感じとれた。

「俺の名前はグリム、グリム・ワーストだ。あんたのことは適当に呼ばせてもらう」

「構わない」

 グリムの自己紹介に対しても騎士は表情を変えず、興味を示していなかった。

「…………」

「…………」

「な、なぁ。あんたはどこの世界出身なんだ?」

 沈黙が耐えきれなかったグリムは銀髪の騎士と会話を試みる。

「白紙の頁」の所有者と出会ったことは数回しかないグリムだったが、その時に覚えた会話の広げ方の一つがこの話題だった。

「俺は……俺達はの世界出身だ」

 騎士はそう答えた。

 アーサー王伝説。偉大なる王様の冒険記は他の物語とは異なりとてもではないが一言で説明できるようなものではない。

 一度もその世界に訪れたことがないグリムでも他の世界に比べて物語の、世界の規模が大きい事は知っていた。俺達というのは「頁」を持っていないマロリーの事を示しているのだろうか。

「それであんたは騎士の格好だったのか」

 全身に鎧をまとい、剣を帯刀する人間は色んな世界を旅してきたグリムでもそう多くは見ていない。

 前に訪れたシンデレラの世界の衛兵も槍や剣は持っていたが目の前の男のように全身を重厚な鎧で武装している者はいなかった。

「…………」

「…………」

 再びの沈黙。グリムは会話をすることが得意なタイプではないという自覚はあったが、目の前の騎士はそれ以上だと感じた。

「なぁ、あんたは……」

 言葉の途中で騎士は歩くのをやめて腰を少しだけ落としながら視線を左右に動かす。その行為だけで何かに警戒しているのがわかった。

「オオカミか……?」

「いや、違う……これは人の殺気だ」

「人……?」

 どういうことだと聞こうとする直前に騎士は帯刀していた剣を抜刀し、グリム目掛けて飛んできた弓矢をはじき返した。

「…………な」

 反応できなかった。もし今この騎士がはじいてくれなかったらグリムの頭を矢が貫いていただろう。

「……出てきたらどうだ」

 騎士は矢の飛んできた方向に剣先を向ける。グリムも持っていた棍棒を構えなおし、騎士の視線の先を見る。

「……チッ」

 舌打ちが森の中から聞こえる。鳥たちがバサバサと音を立てて飛び立つと奥の方からゆっくりと大男が現れる。攻撃をしてきた人間の正体は昨日グリムが赤ずきんの家で見たことがある顔だった。

「お前は……狩人か」

「なぜ、この男を狙った?」

 グリムの回答と騎士の問いを無視するかのように狩人はガシガシと乱雑に頭をかきながら近づいてくる。

「それ以上近づくなら容赦はしない」

「くそ……なんでまた一人増えてるんだよ」

 相変わらず人の話を聞いていないようだった。それでも騎士の発言から先には踏み込んでこない。一応言葉は通じているようだった。

「森の中なら偶然死んだって誰も怪しまなかったのによ……」

「な……」

 目の前の男は平然と言ってのけた。まず間違いなくグリムを殺そうとしていた者の台詞である。

「なら、殺される覚悟もあるわけだな」

 騎士はそれだけ言うと素早く狩人に近づき、剣を首へ目掛けて水平に振り払おうとする。

「いいのか、俺はだぞ?」

 ピタリと首の手前で騎士の剣は止まる。狩人が何を言いたいのかその一言だけで騎士には伝わったようだった。

「そうだ、それが正しい反応だよなぁ」

 狩人はにやりと笑う。

「本当に……狩人という与えられた役割を利用しているんだな」

「そうだ、俺様はこの世界ではな人間なのさ」

 狩人の男は両手を広げて自分自身を称えるような仕草をする。

 赤ずきんの母親が言っていた通り、この男はこの世界で変えの利かない唯一無二の「狩人」という「頁」に書かれた役割を誇示していた。

「もっとはやく気付くべきだったがなぁ」

 狩人は空を見上げながらそう言った。そう言えば赤ずきんの母親も言っていた。最初の頃は狩人という役割を利用する男ではなかったと。

「…………村に向かう」

 騎士は狩人の台詞に興味を示さず、向けていた剣をおろすと狩人の横をそのまま歩き始める。

「お、おい、待て」

 目の前の狩人について会話できる機会だと思っていたが、マロリーの事を考えるとこの方向音痴の騎士をそのまま一人で行かせるわけにもいかない。一瞬だけこの場に留まるべきか葛藤したが、前者を選び騎士の後を追いかける。

 騎士を追いかけて横に並んだその時だった。

 キィン、と音が鳴る。それはグリムの髪を勢いよくかすめて騎士の頭に飛んできた弓矢に対して背中を向けながらも騎士が剣ではじき返した衝撃音だった。

「……な」

 この場で二度目の不意。もしも今飛んできていた矢がグリムに向けられていたものだったら間違いなく射抜かれて殺されていた。

「……これも防ぐのかよ」

 狩人は構えていた矢をおろしながら舌打ちする。

「殺気がまだ残っていた」

 騎士はそれだけ言うと剣を鞘に納めて再び歩み始める。剣を収めたということはもう狩人からの攻撃はないと判断したのだろう。

「おい、混色頭の人間」

 狩人の乱暴に吐き捨てられたような言葉が飛ぶ。この場にいる人間の中にその特徴を持つ人間は銀髪と黒色の入り混じったグリムしかいない。無視をしてまた狙われるわけにもいかないと思い振り返り狩人の方を見る。

「……なんだ?」

「もしもまた赤ずきんの家の中に入ったら……今度は確実に殺すからな」

 これは警告だと言わんばかりに狩人はそれだけ言うと森の奥の方へと入っていった。

 昨日の一件でグリムは完全に狩人に目をつけられてしまったようだ。

 ため息をつきながらも騎士の方を見ると既にずいぶんと先にいた。

「……どいつもこいつも人の話を聞かないな」

 グリムは頭を軽く搔くと走って騎士を追いかけた。
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