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第2章 赤ずきん編
55話 物語の始まらない村
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小屋に差し込む朝の陽ざしによってグリムは目を覚ます。
他の家と異なり、人が住めるほどの建築がされていないのか、グリムの寝泊りしている小屋は天井のいくつかの部分がむき出しになっていた。風はある程度しのげても雨や日差しは防げそうになかった。
「さて……」
小屋を出ると近くの井戸まで歩く。幸い誰も並んではいなかったので水を汲んですぐに顔を洗い意識をはっきりとさせることが出来た。
「おはよう、グリムさん!」
後ろから元気な声が聞こえてくる。振り返るとそこには赤いフードをかぶった一人の少女、赤ずきんが立っていた。
「おはよう赤ずきん、今日もおでかけかい?」
グリムの質問に赤ずきんはにこりと笑いながら「そうだよ」と話す。今日も森の中へ村の子供たちと探索へ出かけるようだった。
村の外はオオカミがいるから危険だ、と昨日赤ずきんとその母親には伝えていた。それでも赤ずきんは気にしていないようだった。
昨日の昼間には命の危機に直面した赤ずきんであったが、子供故の無邪気さか、物怖じせずに村の子供たちと共に策の外へと出ていこうとする。
「……ん?」
子供たちを見てグリムはあることに気が付く。昨日と比べると誰かが足りない……もう一度全員を観察するがすぐに誰がいないのかわかった。
「ウルは今日いないのか?」
赤ずきんはこちらを向いて首を横に振る。
「違うの、ウルはいつも森の中で待ち合わせしてるんだ」
「森の中で?」
なぜ村の住人がここで集まらずに森で待ち合わせるのか疑問に思ったグリムに対して子供たちは口を開く。
「あいつは俺たちに比べて活発だからなー」
「朝一番に家を出たつもりでもウルはすでに森の中なのよ」
「狩人よりも早く森にでかけてるんじゃない?」
子供たちは次々と話す。どうやら誰もウルが村を出る姿を見たことは無いようだった。
「みんな、はやくしないと遊ぶ時間がへっちゃうわ。ウルも待ってるだろうし行きましょう」
赤ずきんの言葉に賛同した他の子どもたちは皆一斉に森の方へと向かっていく。
「それじゃ、グリムさん私も行きますね」
「あぁ、気を付けていってらっしゃい」
赤ずきんに手を振ってお別れをする。
◇
オオカミに襲われない主人公、その性質の原因を探るべきである。しかし主人公をひたすらに追いかけまわすのも物語に支障がきたす可能性がないとはいいきれない。
そう考えたグリムはまず他の主要人物に会いに行く事にした。
「赤ずきんの物語で他に主役に関わるのは……」
赤ずきんの母親とはいつでも会話をすることが出来る。
狩人の男はグリムと1対1で話す場合、まともに取り合ってもらえない可能性が高い。オオカミはそもそも人間と会話することなどできはしないだろう……そうなると……
「あら、おはようグリムさん。どうかしたの?」
「赤ずきんの祖母の家までの道を教えてほしい」
グリムは赤ずきんの家の扉をノックして出てきた母親に単刀直入に目的を話す。物語に関わる主要人物でまだ唯一話をしていない相手、それが赤ずきんの祖母である。
赤ずきんの祖母に会いに行く。それが目的だった。
「おばあちゃんの家なら村から森の中の整備された道沿いをずっとまっすぐに進んでいけばたどり着くわ」
赤ずきんの母親が指さした道は昨日最初にこの村に入ってきた場所から続く道だった。
世界が赤ずきんを迷わないように意図したのかは分からない。どうやら道に迷うことはなさそうだった。
「ありがとう、行ってくる」
「あ……よかったらこれ持って行って」
赤ずきんの母親は一度家の中に入って間もなくして玄関前に戻ってくるとグリムに小さな包みを渡してくる。
「赤ずきんの為につくったんだけど、少し余っちゃったからよかったらどこかで食べてね」
包みの中身を聞こうとする前に家の中にいるマロリーが視界に入る。どうやら彼女は朝食を赤ずきんの家で食べているようだった。机に座っておいしそうにサンドイッチをほおばっている姿から包みの中身は想像がついた。
「昨日から引き続きすまない、助かる」
「何を言ってるのよ。見ず知らずの世界の住人の為に動いてくれる人に何もしてあげられないほうが失礼じゃない」
「……行ってくる」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
赤ずきんの母親に別れの挨拶を告げてグリムは村の外へと歩き出す。目指すのは赤ずきんの祖母が住んでいる森の中の家だった。
◇
「相変わらず森の中は暗いな……」
村から森の中へと入るとすぐに太陽の光は見えなくなり、辺りは静寂が包み込んだ。
手元には昨日から携帯している棍棒がひとつと前髪に留めている金色の髪留めに込められた魔女の「頁」とあばれ馬の「頁」が1枚ずつ。オオカミに遭遇したとしても十分対応可能な装備だった。
赤ずきんの母親に聞いた通りにひたすら整備されている道を歩く。
しばらくするとこの世界で最初にオオカミに遭遇した場所にたどり着いた。
辺りを軽く見回すが昨日と異なり獣の気配はない。念のため当たりの足元を用心深く確認する。しかしガラスの靴は見つからなかった。オオカミが持っていったのはほぼ間違いなかった。
「…………また同じ場所に戻ってくる可能性もあるか」
切り株に腰を下ろしてグリムは赤ずきんの母親から受け取った包を開ける。中には想像通り、サンドイッチが入っていた。
朝食を食べていないこともあって空腹になっていたグリムはこのあたりで腹ごなしをしようと考えた。
「いただきます」
他に誰かがいるわけではないが、両手を合わせて一言、そして太ももの上に乗せた包みからサンドイッチを取り出して喫食する。
「……うまいな」
一つ目に手に取ったサンドイッチの中身はトマトとレタスにハムが入っていた。パンとパンのつなぎの部分にはマヨネーズと少量のからしが塗られており、ピリッとした辛みが野菜の甘みをより引き出している。おなかがすいていた事もあり、一つ目のサンドイッチをあっという間に食べ終えてしまう。
二つ目のサンドイッチを手に取る。先ほどと見た目はほとんど変わらないが、一口かじるとその違いに気がつく。
「こっちはチーズか」
先程の具材に追加でトロトロに溶けたチーズが入っていた。サンドイッチの構造上、一口目の場所にまでチーズをのせてしまうと租借した際にこぼれてしまう可能性が生じる。それを考慮してか少しだけ奥の方にチーズは入っていた。見た目だけでは気が付かなかった。
「一つ目に自然とチーズがないほうを取れるようにしてくれていたのか」
赤ずきんの母親から受け取った包は上側を風呂敷でリボン止めされていた。サンドイッチは上から順番に取れるように作られていた。これならば先にチーズの入ったほうを食べる可能性は低く、味の違いをより楽しむことが出来る。グリムはその作りこみに感心する。
「最後は……肉か」
風呂敷の一番下に入っていたサンドイッチを手に取る。他の二つとは違い、パンとパンの間からお肉が少しはみ出していた。お肉は衣で挙げられている、いわゆるカツレツと呼ばれているものだった。
大きく口を開けて最後のサンドイッチにかぶりつく。肉汁が少しだけ漏れてしまうが、気にせずにそのまま食いちぎる。他のサンドイッチと違い、これだけ野菜がキャベツになっていた。あふれ出る肉汁を吸収し、弁当の中で汁漏れすることを防ぐ目的もあるのだろうとグリムは噛みながら納得する。
「たとえ世界に与えられた役割でも……か」
赤ずきんと赤ずきんの母親は親子ではあるが、それはあくまで世界が定めたものである。二人に世界が「赤ずきん」という役割と「赤ずきんの母親」という役割を与えたに過ぎない。
それでもどのサンドイッチも丁寧に作られており、母親の娘に対する思いが食べるだけで伝わってきた。
たとえ世界に与えられた役割だとしても、それでもあの二人は間違いなく親子だとグリムは感じた。
他の家と異なり、人が住めるほどの建築がされていないのか、グリムの寝泊りしている小屋は天井のいくつかの部分がむき出しになっていた。風はある程度しのげても雨や日差しは防げそうになかった。
「さて……」
小屋を出ると近くの井戸まで歩く。幸い誰も並んではいなかったので水を汲んですぐに顔を洗い意識をはっきりとさせることが出来た。
「おはよう、グリムさん!」
後ろから元気な声が聞こえてくる。振り返るとそこには赤いフードをかぶった一人の少女、赤ずきんが立っていた。
「おはよう赤ずきん、今日もおでかけかい?」
グリムの質問に赤ずきんはにこりと笑いながら「そうだよ」と話す。今日も森の中へ村の子供たちと探索へ出かけるようだった。
村の外はオオカミがいるから危険だ、と昨日赤ずきんとその母親には伝えていた。それでも赤ずきんは気にしていないようだった。
昨日の昼間には命の危機に直面した赤ずきんであったが、子供故の無邪気さか、物怖じせずに村の子供たちと共に策の外へと出ていこうとする。
「……ん?」
子供たちを見てグリムはあることに気が付く。昨日と比べると誰かが足りない……もう一度全員を観察するがすぐに誰がいないのかわかった。
「ウルは今日いないのか?」
赤ずきんはこちらを向いて首を横に振る。
「違うの、ウルはいつも森の中で待ち合わせしてるんだ」
「森の中で?」
なぜ村の住人がここで集まらずに森で待ち合わせるのか疑問に思ったグリムに対して子供たちは口を開く。
「あいつは俺たちに比べて活発だからなー」
「朝一番に家を出たつもりでもウルはすでに森の中なのよ」
「狩人よりも早く森にでかけてるんじゃない?」
子供たちは次々と話す。どうやら誰もウルが村を出る姿を見たことは無いようだった。
「みんな、はやくしないと遊ぶ時間がへっちゃうわ。ウルも待ってるだろうし行きましょう」
赤ずきんの言葉に賛同した他の子どもたちは皆一斉に森の方へと向かっていく。
「それじゃ、グリムさん私も行きますね」
「あぁ、気を付けていってらっしゃい」
赤ずきんに手を振ってお別れをする。
◇
オオカミに襲われない主人公、その性質の原因を探るべきである。しかし主人公をひたすらに追いかけまわすのも物語に支障がきたす可能性がないとはいいきれない。
そう考えたグリムはまず他の主要人物に会いに行く事にした。
「赤ずきんの物語で他に主役に関わるのは……」
赤ずきんの母親とはいつでも会話をすることが出来る。
狩人の男はグリムと1対1で話す場合、まともに取り合ってもらえない可能性が高い。オオカミはそもそも人間と会話することなどできはしないだろう……そうなると……
「あら、おはようグリムさん。どうかしたの?」
「赤ずきんの祖母の家までの道を教えてほしい」
グリムは赤ずきんの家の扉をノックして出てきた母親に単刀直入に目的を話す。物語に関わる主要人物でまだ唯一話をしていない相手、それが赤ずきんの祖母である。
赤ずきんの祖母に会いに行く。それが目的だった。
「おばあちゃんの家なら村から森の中の整備された道沿いをずっとまっすぐに進んでいけばたどり着くわ」
赤ずきんの母親が指さした道は昨日最初にこの村に入ってきた場所から続く道だった。
世界が赤ずきんを迷わないように意図したのかは分からない。どうやら道に迷うことはなさそうだった。
「ありがとう、行ってくる」
「あ……よかったらこれ持って行って」
赤ずきんの母親は一度家の中に入って間もなくして玄関前に戻ってくるとグリムに小さな包みを渡してくる。
「赤ずきんの為につくったんだけど、少し余っちゃったからよかったらどこかで食べてね」
包みの中身を聞こうとする前に家の中にいるマロリーが視界に入る。どうやら彼女は朝食を赤ずきんの家で食べているようだった。机に座っておいしそうにサンドイッチをほおばっている姿から包みの中身は想像がついた。
「昨日から引き続きすまない、助かる」
「何を言ってるのよ。見ず知らずの世界の住人の為に動いてくれる人に何もしてあげられないほうが失礼じゃない」
「……行ってくる」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
赤ずきんの母親に別れの挨拶を告げてグリムは村の外へと歩き出す。目指すのは赤ずきんの祖母が住んでいる森の中の家だった。
◇
「相変わらず森の中は暗いな……」
村から森の中へと入るとすぐに太陽の光は見えなくなり、辺りは静寂が包み込んだ。
手元には昨日から携帯している棍棒がひとつと前髪に留めている金色の髪留めに込められた魔女の「頁」とあばれ馬の「頁」が1枚ずつ。オオカミに遭遇したとしても十分対応可能な装備だった。
赤ずきんの母親に聞いた通りにひたすら整備されている道を歩く。
しばらくするとこの世界で最初にオオカミに遭遇した場所にたどり着いた。
辺りを軽く見回すが昨日と異なり獣の気配はない。念のため当たりの足元を用心深く確認する。しかしガラスの靴は見つからなかった。オオカミが持っていったのはほぼ間違いなかった。
「…………また同じ場所に戻ってくる可能性もあるか」
切り株に腰を下ろしてグリムは赤ずきんの母親から受け取った包を開ける。中には想像通り、サンドイッチが入っていた。
朝食を食べていないこともあって空腹になっていたグリムはこのあたりで腹ごなしをしようと考えた。
「いただきます」
他に誰かがいるわけではないが、両手を合わせて一言、そして太ももの上に乗せた包みからサンドイッチを取り出して喫食する。
「……うまいな」
一つ目に手に取ったサンドイッチの中身はトマトとレタスにハムが入っていた。パンとパンのつなぎの部分にはマヨネーズと少量のからしが塗られており、ピリッとした辛みが野菜の甘みをより引き出している。おなかがすいていた事もあり、一つ目のサンドイッチをあっという間に食べ終えてしまう。
二つ目のサンドイッチを手に取る。先ほどと見た目はほとんど変わらないが、一口かじるとその違いに気がつく。
「こっちはチーズか」
先程の具材に追加でトロトロに溶けたチーズが入っていた。サンドイッチの構造上、一口目の場所にまでチーズをのせてしまうと租借した際にこぼれてしまう可能性が生じる。それを考慮してか少しだけ奥の方にチーズは入っていた。見た目だけでは気が付かなかった。
「一つ目に自然とチーズがないほうを取れるようにしてくれていたのか」
赤ずきんの母親から受け取った包は上側を風呂敷でリボン止めされていた。サンドイッチは上から順番に取れるように作られていた。これならば先にチーズの入ったほうを食べる可能性は低く、味の違いをより楽しむことが出来る。グリムはその作りこみに感心する。
「最後は……肉か」
風呂敷の一番下に入っていたサンドイッチを手に取る。他の二つとは違い、パンとパンの間からお肉が少しはみ出していた。お肉は衣で挙げられている、いわゆるカツレツと呼ばれているものだった。
大きく口を開けて最後のサンドイッチにかぶりつく。肉汁が少しだけ漏れてしまうが、気にせずにそのまま食いちぎる。他のサンドイッチと違い、これだけ野菜がキャベツになっていた。あふれ出る肉汁を吸収し、弁当の中で汁漏れすることを防ぐ目的もあるのだろうとグリムは噛みながら納得する。
「たとえ世界に与えられた役割でも……か」
赤ずきんと赤ずきんの母親は親子ではあるが、それはあくまで世界が定めたものである。二人に世界が「赤ずきん」という役割と「赤ずきんの母親」という役割を与えたに過ぎない。
それでもどのサンドイッチも丁寧に作られており、母親の娘に対する思いが食べるだけで伝わってきた。
たとえ世界に与えられた役割だとしても、それでもあの二人は間違いなく親子だとグリムは感じた。
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