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第2章 赤ずきん編
54話 与えられた役割
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「…………」
今までの男の態度は何だったのか。呆気に取られていたグリムのもとへマロリーは寄ってくる。
「だめですよ、ワーストさん」
落ち着いた声で彼女は口を開く。
「正論が正しい選択にならない時もあるのです」
マロリーは言い終えると元の席に戻った。
彼女が言いたい内容は先ほどの男に対して言うべきセリフの事だった。
グリムの正論を交えた言葉では相手を怒らせるだけだった。マロリーは相手の意思を尊重した台詞によってこの場を収めてみせた。
見た目は赤ずきんと大して変わらない幼い少女であるマロリーだが、諭されるとこれではどちらが年下かわからない……そんな不思議な気分にさせられた。
「ありがとね、グリムさん!」
「あなたがいなかったら何をされていたか……ありがとうグリムさん」
赤ずきんが一言お礼を言うとマロリーに続いて食卓へ戻っていく。赤ずきんの母親も丁寧にお辞儀をしながらお礼をすると開いていた玄関のドアを閉めた。
「さっきの男は……」
「あの男は……オオカミを懲らしめる狩人の役割を与えられた人間よ」
赤ずきんの母親は苦虫をすりつぶしたような顔をして答える。マロリーの発言から想像はついていたが、先ほどの男がこの世界で狩人の役割を与えられた者で間違いないようだった。
狩人。赤ずきんのお話の中で終盤に登場する人物である。
赤ずきんが祖母のもとへお使いに行き、祖母の家で丸呑みにされた後にオオカミの腹から彼女達を救い出し、オオカミをこらしめる役割を持つ。この世界においては赤ずきんに次いで必要不可欠な存在だった。
「どうして彼は少し前までとはまるで別人に……」
「少し前まで?」
話を聞くとあの男は少し前まで先ほどのような横暴な態度はとらずに村の為、人々の為に懸命に狩人としての役割をこなすだけの人間だったらしい。
「ある日突然あの男は態度を一変させた。『自分はこの世界においてなくてはならない人間だ、だから何をやっても許される』……とね」
「……何?」
「そう言い始めてから村の人々、特に女性に対してあの男は最低な行為を始めた」
赤ずきんの母親は両手を抱えて震えながらそう話す。詳細は聞くまでもなかった。
与えられた役割、それは世界によって生まれた時から「頁」に記載されて強制的に決められている。それは誰にも選ぶことは出来ない。
狩人という役割を与えられたあの男はその役割を権力として振りかざし、この世界でやりたい放題しているということだった。
もしも誰かがあの男を殺めた場合、物語の継続が不可能と世界は判断し、人々の「頁」は燃えて全員焼失してしまうだろう。
結果的に死なないようにするために狩人の役割を与えられた男の言いなりになるしかない……というのが今この世界、この村で起きている状況だった。
「物語を進めることは出来ないのか?」
グリムは赤ずきんの母親に尋ねる。シンデレラの世界では舞踏会を開くタイミングを王子様がある程度決められたように、この世界で物語が始まるトリガーはおそらく赤ずきんがお使いに行くタイミングである。それを決められるのはおそらく目の前の母親の役割を与えられた彼女だ。
「実は……もう何度も赤ずきんはおつかいに行ってるのよ」
「何だと……?」
赤ずきんの母親の言葉に思わず聞き返す。話を聞いてみると既に赤ずきんの母親は娘を祖母のもとへ何度もお使いに行かせたようだが、何・も・起・こ・ら・ず・に赤ずきんは無事に家に戻ってきたらしい。
「物語が動き出す条件が整っていないのか……?」
グリムは手を顎に当てて考える。赤ずきんのお話は他の物語と比較しても始まりの部分は赤ずきんがお使いの為に森へと入るといったとてもシンプルな内容である。
「オオカミ達が偶然森の中を歩く赤ずきんを見つけなかったから物語が始まらなかった……のか?」
今日初めてこの世界に来たグリムですら既に何匹ものオオカミと既に遭遇している。あれだけの数のオオカミが森の中にいる中、赤ずきんが偶然、何度も祖母の家に行く時に限ってオオカミに出会わない……果たしてそんなことが起きうるのだろうか?
「そういえば、赤ずきんがオオカミに襲われないのは普通じゃないって二人は話していたわね?」
赤ずきんの母親が語尾を上げて疑問の形で聞いてくる。その問いに対してグリムは頷いて肯定をする。オオカミに襲われない性質を持つ赤ずきんというのは物語が始まらない事に対して確かに関係しているかもしれない。
「物語が進む為に何か協力できることはあるか?」
グリムの言葉を聞いて赤ずきんの母親は「え?」と声をだす。
オオカミに取られたガラスの靴を見つけるまで元々この世界から離れるつもりはなかった。この村の内情を知ってしまったからには放っておくわけにもいかなかった。
「俺もまだこの世界でやらなければいけない事がある。それに……一飯の恩もあるしな」
グリムは視線を食卓に移す。そこでは母親の作った料理をおいしそうに食べている赤ずきんとその隣の席で座っているマロリーがいた。
「グリムさん、ありがとう」
赤ずきんの母親は嬉しそうにお礼を言う。
「あの……良かったら今日うちにとまります?」
「……遠慮するよ。もしもあの男に知られたら、互いにどうなるかわからない」
グリムの言葉に一瞬肩を落とす赤ずきんの母親だったが、すぐに気を取り戻してご飯だけでも食べていってください、と言うとグリムを席に誘導した。
食べかけになっていたシチューを食べ終えるとグリムは家を出て近くの誰も住んでいない小屋で夜を過ごした。
今までの男の態度は何だったのか。呆気に取られていたグリムのもとへマロリーは寄ってくる。
「だめですよ、ワーストさん」
落ち着いた声で彼女は口を開く。
「正論が正しい選択にならない時もあるのです」
マロリーは言い終えると元の席に戻った。
彼女が言いたい内容は先ほどの男に対して言うべきセリフの事だった。
グリムの正論を交えた言葉では相手を怒らせるだけだった。マロリーは相手の意思を尊重した台詞によってこの場を収めてみせた。
見た目は赤ずきんと大して変わらない幼い少女であるマロリーだが、諭されるとこれではどちらが年下かわからない……そんな不思議な気分にさせられた。
「ありがとね、グリムさん!」
「あなたがいなかったら何をされていたか……ありがとうグリムさん」
赤ずきんが一言お礼を言うとマロリーに続いて食卓へ戻っていく。赤ずきんの母親も丁寧にお辞儀をしながらお礼をすると開いていた玄関のドアを閉めた。
「さっきの男は……」
「あの男は……オオカミを懲らしめる狩人の役割を与えられた人間よ」
赤ずきんの母親は苦虫をすりつぶしたような顔をして答える。マロリーの発言から想像はついていたが、先ほどの男がこの世界で狩人の役割を与えられた者で間違いないようだった。
狩人。赤ずきんのお話の中で終盤に登場する人物である。
赤ずきんが祖母のもとへお使いに行き、祖母の家で丸呑みにされた後にオオカミの腹から彼女達を救い出し、オオカミをこらしめる役割を持つ。この世界においては赤ずきんに次いで必要不可欠な存在だった。
「どうして彼は少し前までとはまるで別人に……」
「少し前まで?」
話を聞くとあの男は少し前まで先ほどのような横暴な態度はとらずに村の為、人々の為に懸命に狩人としての役割をこなすだけの人間だったらしい。
「ある日突然あの男は態度を一変させた。『自分はこの世界においてなくてはならない人間だ、だから何をやっても許される』……とね」
「……何?」
「そう言い始めてから村の人々、特に女性に対してあの男は最低な行為を始めた」
赤ずきんの母親は両手を抱えて震えながらそう話す。詳細は聞くまでもなかった。
与えられた役割、それは世界によって生まれた時から「頁」に記載されて強制的に決められている。それは誰にも選ぶことは出来ない。
狩人という役割を与えられたあの男はその役割を権力として振りかざし、この世界でやりたい放題しているということだった。
もしも誰かがあの男を殺めた場合、物語の継続が不可能と世界は判断し、人々の「頁」は燃えて全員焼失してしまうだろう。
結果的に死なないようにするために狩人の役割を与えられた男の言いなりになるしかない……というのが今この世界、この村で起きている状況だった。
「物語を進めることは出来ないのか?」
グリムは赤ずきんの母親に尋ねる。シンデレラの世界では舞踏会を開くタイミングを王子様がある程度決められたように、この世界で物語が始まるトリガーはおそらく赤ずきんがお使いに行くタイミングである。それを決められるのはおそらく目の前の母親の役割を与えられた彼女だ。
「実は……もう何度も赤ずきんはおつかいに行ってるのよ」
「何だと……?」
赤ずきんの母親の言葉に思わず聞き返す。話を聞いてみると既に赤ずきんの母親は娘を祖母のもとへ何度もお使いに行かせたようだが、何・も・起・こ・ら・ず・に赤ずきんは無事に家に戻ってきたらしい。
「物語が動き出す条件が整っていないのか……?」
グリムは手を顎に当てて考える。赤ずきんのお話は他の物語と比較しても始まりの部分は赤ずきんがお使いの為に森へと入るといったとてもシンプルな内容である。
「オオカミ達が偶然森の中を歩く赤ずきんを見つけなかったから物語が始まらなかった……のか?」
今日初めてこの世界に来たグリムですら既に何匹ものオオカミと既に遭遇している。あれだけの数のオオカミが森の中にいる中、赤ずきんが偶然、何度も祖母の家に行く時に限ってオオカミに出会わない……果たしてそんなことが起きうるのだろうか?
「そういえば、赤ずきんがオオカミに襲われないのは普通じゃないって二人は話していたわね?」
赤ずきんの母親が語尾を上げて疑問の形で聞いてくる。その問いに対してグリムは頷いて肯定をする。オオカミに襲われない性質を持つ赤ずきんというのは物語が始まらない事に対して確かに関係しているかもしれない。
「物語が進む為に何か協力できることはあるか?」
グリムの言葉を聞いて赤ずきんの母親は「え?」と声をだす。
オオカミに取られたガラスの靴を見つけるまで元々この世界から離れるつもりはなかった。この村の内情を知ってしまったからには放っておくわけにもいかなかった。
「俺もまだこの世界でやらなければいけない事がある。それに……一飯の恩もあるしな」
グリムは視線を食卓に移す。そこでは母親の作った料理をおいしそうに食べている赤ずきんとその隣の席で座っているマロリーがいた。
「グリムさん、ありがとう」
赤ずきんの母親は嬉しそうにお礼を言う。
「あの……良かったら今日うちにとまります?」
「……遠慮するよ。もしもあの男に知られたら、互いにどうなるかわからない」
グリムの言葉に一瞬肩を落とす赤ずきんの母親だったが、すぐに気を取り戻してご飯だけでも食べていってください、と言うとグリムを席に誘導した。
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